第20話 もやもや美玖ちゃん

 放課後。


『少しお話できないかな?』


 昼休みに届いた美玖からのメッセージを受けて、俺は約束通り呼ばれた屋上に顔を出した。


「ごめん! ちょっと遅れた」


 俺に気づいて振り返った美玖は、ふふっと笑う。


「ううん、全然。気遣ってくれたんでしょっ?」


「いや、まあ」


 美玖と一緒に屋上に行くのはさすがにまずいかと思い、俺はタイミングをずらしてここに来た。

 色々と噂されても面倒だしな。

 

「それで何の用なの?」


 美玖も予定があるだろうし、俺から切り出す。

 だけど彼女は、不敵な笑みを浮かべる。


「さあ」


「へ?」


 俺をおちょくるような表情のまま、俺に近づいて来る美玖。


「何のことだと思う?」


「え、えっとー、俺にはさっぱり……」


「ふーん。自覚、ないんだ?」


「ちょ、ちょっと!?」


 彼女の前進は止まることを知らず、距離を保っていると段々と柵の方に追い詰められてしまう。

 もうそろそろ逃げ場がない。


「あの、近くないかな!?」


 両手を前に美玖を抑えようとするも、彼女は俺の方に近づき続けてくる。


 容姿のおかげで全く怖さはない(どころか可愛い)けど、このままじゃ俺の両手が彼女の豊満なお胸さんに当たってしまいそうだ。

 それはさすがに問題だろう。


 そうして彼女の口から飛び出したのは、なんとも意外な言葉。


「あの人、もっと近かったもんっ」


「?」


 あの人? もっと近かった?

 一体なんの話をしているんだ?


「わたしも、浅間山の配信見てたんだからね。昨日の会見の記事も見た」


「……あ、あー」


 それを聞いて、ようやくに落ちる。

 落ちたけど……あれ、そんなことある?


「もしかして、ちい子の事を言ってる?」


「ふーんだ。自分で考えてみればっ」


「……なるほど」


 推測は合っているよう。


 何がどうなってこうなったかはさっぱりだが、美玖はちい子に嫉妬しっとしている?

 正確には、俺とちい子の関係に、かな?


 いやいや、関係って言っても何もないんだけど。


「あの子だれなの? 配信者みたいだけど」


 普段は天使のような彼女の声は、どこか低く聞こえる。

 気のせい……ではないな。


「本当に、最初はたまたま会っただけだよ! 浅間山ダンジョン内で!」


「それは見てたけど。それにしては随分と仲良さげに見えたのは気のせいかな」


「あ、うーん」


 ちい子とあれだけ仲良くなったのは、間違いなくじい子さんとの事も経てだ。

 一日目の配信を終えて、じい子さんの家でも話していたから親しくなったと言える。


「なんだかサプライズとか言って『下層』に潜る時も、あの子は分かってたみたいだし?」


「あ~」


 もうダメだ、これ以上は言い逃れ出来ない。


「わかったわかった、話すよ」


 かくかくしかじか。

 俺は、ちい子の祖父じい子さんが俺の武器を作ってくれた鍛冶師かじしだったことから、スチールドラゴンを倒すに至るまでの経緯を話す。

 

 それで、ようやく美玖は納得してくれたみたいだった。


「ふーん。そういうことだったんだ」


「あの、わかってくれた?」


「んー。一応」


 美玖は後ろで手を組んで俺に背を向けている。

 彼女の顔が少し赤く映るのは、夕日のせいか?


「じゃあさ」


 恥ずかしそうにしながら、横目をこちらに向けて彼女は言った。


「安心して、いいんだね?」


「?」


 安心?

 今、安心って言った?


「それってどういう──」


「じゃ、それだけだからっ!」


「えぇ!?」


 俺が真意を聞き返そうとした瞬間に、美玖は俺の横を走り抜けていく。

 咄嗟とっさのことで止めることも出来ず、彼女は屋上から走り去ってしまった。


「な、なんだったんだ一体……」


 謎の行動は分からない。

 でも、最後にチラっと見えた彼女の横顔が穏やかだったのでなんとなく良しとした。







<三人称視点>


「……はぁ」


 大きな事務所内。

 その中で一番輝く美少女は、少し憂鬱ゆううつな顔を浮かべている。

 言わずと知れた超人気美少女配信者、美玖だ。


「珍しいわね。美玖ちゃんが溜息だなんて」


 美玖に話しかけるのは彼女の専属マネージャー『長谷川はせがわ』だ。

 美玖自身の配信者としての力はもちろんだが、彼女の支えがあってこそ、美玖は今の地位にいるとも言える優秀なマネージャーである。


「わたしだって色々あるんですー」


「へえ?」


 長谷川はニッと笑って尋ねた。


「それはダンジョン仮面のことかしら?」


「!」


「本当分かりやすいわね~」


「もうっ! かからわないでくださいよー!」


「美玖ちゃんは素直だからね〜。可愛いんだから」


 長谷川は大人の余裕を見せつつ、美玖をかからう。

 信頼関係あってこそのやり取りだ。


「美玖ちゃん」


「なんですか」


 美玖は少しご機嫌ななめを装って長谷川の方を振り向く。


「またコラボ配信したいの?」


「……したいはしたいですけど」


「大変そうで誘えない?」


「……そうですね」


 緋色の個人配信、浅間山ダンジョン、スキルについての発表等々。

 世間に存在が知られるにつれて、怒涛どとうの勢いで様々な事をやってのける緋色。


 今ではもはや、一緒にコラボ配信をした事が懐かしく思えるほどだ。

 これからは一層、忙しくなるに違いないだろうと美玖は思う。


 彼が成功している。

 それは嬉しいようで、どこか遠くへ行ってしまったような寂しさも感じていた。


 それほどに、かつてからのファンであったダンジョン仮面とコラボ配信が出来たことは美玖にとって嬉しかったのだ。

 

「わたしのものってわけでも、ないんだけどね」


「女子高生なんだもの。あなたは私の物! ぐらいでいいじゃない」


「良くないですよ。今では彼も人気ですし、わたしもファンがいますので」


「本当に、切なくなるぐらいに分かってるのね」


 なんとなくやるせない思いを浮かべる美玖。

 その気持ちの中には、もちろん自分を見てくれるファンのことも含まれている。


 美玖の視聴者は男性が多い。

 そんな中で、自分がダンジョン仮面に夢中になっていれば面白く思わない人もいる、それは自覚している美玖だった。

 

 前回のコラボ配信は「彼が本物だと証明するため」という名目。

 そこに、ただ一緒に配信がしたいという私情は含まれているものの、筋は通っていたように思える。


 だが、こんな短期間しか空けていないのにもう一度コラボとなると、思わぬ憶測が飛び交ってしまうだろう。

 これまで、案件以外ではほとんどコラボをしてこなかった美玖ならなおさらだ。


 美玖の配信者としての勘がそうささやいていた。


「お年頃ね」


「そういうわけじゃ」


「いいのよ。女は恋を知って成長するの」


「……」


 歯が浮くような長谷川の言葉に、美玖はしばし固まる。

 それでも“恋”というワードは心に残り続けた。


「大変ねえ。アイドル配信者も」


「他人事みたいに言わないでくださいよー」


 若干動揺はしているが、それを必死に隠す美玖。

 もちろん大人の女性である長谷川には、美玖が緋色にそういう心情を持っているのはバレバレだが。


(美玖ちゃんはダンジョン仮面、いえ東条君のことが好きなのね)


 長谷川ほど美玖に親しい者なら、それは明らか。

 人気アイドル配信者ゆえに一歩踏み出せない美玖に、同情しそうにもなる。


 だが彼女も「配信者 本多美玖」のマネージャー。

 そう安易と男とコラボしてもらうのも困る立場だった。


 しかし、目の前のいたいけな少女がお仕事に身が入りそうにないのも事実。

 そこで長谷川は荒療治をすることを決める。


「今週中」


「え」


「今週中に東条君をデートに誘いなさい」


「ええっ!? 長谷川さん!?」


 突然変な事を言い出したマネージャーに対して、美玖は勢いよく振り返る。

 とてもアイドル配信者のマネージャーとは思えぬ発言だったからだ。


「どういうことですか?」


「どうもこうも、見てられないわ。これで仕事を続けられてもパフォーマンスも下がるものよ」


「だからって──」


「とにかく! いいわね、今週中よ。向こうの都合が悪いなら仕方ないけど、なるべく今週中にとりつけるのよ。あっちも本格的に忙しくなる前に」


「でも、わたしなんかの誘いじゃ緋色君も!」


「それは大丈夫。あなたに誘われて断る男なんて存在しないわ。じゃあそういうことで、今日のスケジューリングは終了ね」


「そんなあ〜」


 もはやスケジューリングのスの文字もないが、美玖はデートに誘う事を強要させられた。


(受けてくれるかなあ……)


 もちろん美玖も、勇気がないだけでまんざらではない。





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