第17話 遠征 in 『魔境群馬』ー終 とっておき

 浅間山ダンジョン攻略配信、二日目。 


「──はああっ!」

「──やああっ!」


 俺とちい子が最後の一振りをかます。


「ゴオオオォォッ……! レムッ……!」


 息の合った(俺が合わせた)連携、二人の破壊力。

 二人で『中層』のラスボス【ギガントゴーレム】を見事討伐した。


《うおおおお》

《どりゃああああ》

《すっげえええ》

《見てるこっちが汗かいた》

《ゴーレムの断末魔w》

《ゴー!レム!は草》

《ちい子ちゃんつえええ!!》

《やっぱダンジョン仮面よ!》


 高難易度ダンジョン、その『中層』の攻略。

 かなり上級の探索者なら出来ないこともないが、それを配信・・したのはおそらく世界初なのでは。


 それは視聴者数50万人という前代未聞の数字が証明していた。

 だが、今日はこれだけでは終わらない。


「ねえ。本当に行くのかしら?」


「ああ、俺は一人でも行くよ。ちい子は無理をしなくていい」


「はっ! 舐められたもんね。あたしも行くわ!」


「それはありがたいな」


「べ、別にあんたの為なんかじゃ、ないんだからねっ!」


「じゃあ何の為なんだよ……」


 相変わらずツンデレのテンプレみたいな口調のちい子。

 もうイラつきも何も感じず、ただひたすらに年下の女の子にしか見えない。


 すでに共通認識。

 俺たちが話しているのは【スチールドラゴン】、つまりこれより深い『下層』についてだ。


 そんな会話をしていればコメント欄もざわつく。


《何の話をしてるんだ?》

《あれ?『中層』終わったよね》

《今日の配信ってここまでのはずじゃ》

《おつー。って感じじゃない?》

《いやさすがにもうないだろ》


 そりゃそうだ。

 俺の配信予定としては、今日は『中層』までと告知してあったのだから。


 だけど、予定が変わった。


「サプラーイズ! 実はこのまま『下層』に潜っちゃいます!」


 俺は取りつくろった笑顔でカメラに目を向けた。


《!?》

《うそだろ!!》

《こいつらやばすぎて草》

《きたああああ》

《豪華すぎwww》

《全然疲れてねえじゃんw》

《だから遠足気分やめてww》


 俺の発言にコメントは大いに盛り上がった。

 だけど同時に、心配の声も上がる。


《大丈夫?》

《え、ぶっ続けで?》

《冗談だろ?》

《さすがにきついのでは》

《次回持ち越しとかでもいいんじゃないか?》

《無理すんな》


 まあ、そうだろうな。

 心配のコメントをくれる人は、『下層』というものを知っているのだろう。


 『下層』は『中層』を抜けた第10層~を指す。

 『中層』でも上級探索者しか潜らないというのに、そのさらに深い層となればまるで話が違う。


 一言で言えば、新世界、グルメ界、暗黒大陸……そんなとこだろうか。


 正直、俺とちい子がどんなに強いとは言っても、そんなところに二人で潜ろうとするバカはいない。

 

 けど、俺のデュアルブレードは崩壊寸前らしい。

 俺が見ても分からなかったし鍛治師かじしなりの表現なのだろうけど、危ないことには変わりない。


 さすがの代物だから『中層』はかろうじて抜けられたが、『下層』はどうだろう。


「……でもなあ」


 それでも、日を改めるのは嫌だった。

 上級探索者を連れてきて、さあ一緒に潜りましょう、とはしたくなかったのだ。

 

 ぶっちゃけ、上級探索者あいつらって行動遅いからなあ。


 企業とかの関係もあるのかもしれないけど、やれ事務所の許可だの、やれお偉いさんの許可だの言って早くても一か月前には伝えておく必要がある。

 

 あと、単純にめんどくさい奴らが多いからヤダ。

 プライド高いんだもん、あいつら。


 それならまだ、隣でバカやってるちい子の方が断然かわいく見える。

 だから俺は行く、今日こいつと二人で。


「本気です」


 俺は決意を固めて、『下層』の扉を開く。

 前回来て、途中で断念したのは一年ほど前だったか。


 その時からはかなりパワーアップした。

 さあ、リベンジマッチといこうか。








<三人称視点>



「ちい子、大丈夫か!」


「余裕よ!」


 ちい子はそう返事するが、緋色には彼女が強がって見えている。

 いつものツン・・が足りないからだ。


「キシャアアアア!」


 二人の前には大きな蛇の魔物。

 まさに大蛇と呼ぶにふさわしいだろう。


《やべええよおおお!》

《出てくる魔物が神話じゃん》

《中層で恐竜とかいたからな》

《二人とも頑張れ!》

《怖い》

《死なないで;;》


 どうせならということで、配信をつけたまま。

 イチイチ確認する余裕はないが、視聴者のためにもこんなところでやられるわけにはいかない。


「来るぞ!」


「わかってるわ!」


「──シャアァァァ!」


 その場から跳び、魔物の吐いた猛毒を交わす。

 だが、あまりにも量が多い。

 紫のプールだと言われても二人は信じるだろう。


 魔物自体も強い上、『下層』はさらに暗い・・

 そのプレッシャーも相まって、ちい子は特に心身共に疲労している。


 だが、


「あたしにも責任があるんだから! たああッ!」


「!」


 ちい子が斧を振るい、大蛇の魔物を破壊する。


 ちい子の言う責任とは、彼女が斧でデュエルブレードに傷つけてしまったこと。

 それは緋色も分かっている。


(そうか、ちい子もちい子なりのプライドを持って付いて来てくれたんだな)


 緋色のブレードを心配してか、ここにきてさらにちい子は積極的に前に出ていた。


(そういうことなら!)


 緋色ももう遠慮などしない。


「進むぞ」


「言われなくても!」


 二人は『下層』を共に進み続ける。




 そして、

 

「出やがったな……!」


「──ヴオオオオッッ!!」


 馬鹿でかい咆哮ほうこうを上げ、上空から二人を見下げる、否、見くだす魔物。

 

 白銀でできた鋼鉄の皮膚。

 今までのどの魔物より大きな体躯たいく

 

 王たる巨大な翼と、一つの武器と化した尻尾を持った生命の頂上種。


 ドラゴンの名を冠した【スチールドラゴン】だ。


(思ったより早かったな)


 ここまで順調すぎたがゆえ、逆に心の準備が出来ていなかった緋色。

 それを今ここでぐっと引き締める。

 

「これはちょっと……やばいんじゃないの?」


「ちい子がそう言うのは珍しいな」


「あたしだって『下層』は初めてなんだから!」


「そうだったのか」


《ドラゴン、ガチかよ》

《本当にやるきか?》

《現実とは思えない》

《そんなこと言ったら今までもだろ》

《これが下層……》

《大丈夫なのか?》


 先程まで、かろうじてにぎわっていたコメント欄から「草」や「w」が消える。

 まさに「草も生えない」状態と言えるだろう。


 現代のネットでこれはかなり異常と言える。


「ちい子、いけるか」


「今さらよっ!」


 二人の構えに応じるよう、ドラゴンもまた咆哮を上げた。


「──ヴオオオオオオオォォッ!!」


 開戦の合図だ。





「たああああっ!」


 ガィンッ!


「まじでかったいわねぇ!」


 ちい子の斧で傷が付かない。

 それだけでスチールドラゴンの硬さがうかがえる。


 すでに戦い続けること十分。

 特に攻撃が効いた様子はない。


「──ヴオオアッ!」


「ぐっ!」


 その間、もちろんドラゴンからの反撃はある。

 むしろ猛攻をしのぎ、かろうじて反撃しているのが緋色とちい子の方だ。


 そんな中、


──ガギィンッ!


「……!」


 緋色のブレードから怪しい音は響き渡った。

 鍛冶素人の緋色でも分かる、いよいよ本格的に限界寸前だ。

 

「どうすんのよこれ!」


「……」

 

(ちい子の破壊力でも苦戦するのか。やっぱつええな、下層以降の魔物は)


 ちい子が取り乱し始める中、緋色は静かに決意を固めた。


「ちい子、離れてろ」


「は?」


「自分の身だけ守っていてくれ」


「なにを──」


(本当は使いたくなかったんだけどなあ。配信に映っちゃうし。いやまあ、政府公認配信者だし情報は開示するべきか)


 緋色は一息つき、体の力を抜いた。


「ちい子。『深層』って知ってるか?」


「! 聞いたことならあるわ。『下層』のさらに深くにある幻の層だとか……」


「そう。“特定のダンジョンにのみ存在する”『深層』。そこの魔石を取り込むとどうなるかは?」


「し、知らないわよ! 普通にパワーアップするんじゃないの! てか本当に『深層』なんて──」


「存在するよ。じゃあ教える。『深層』の魔石を取り込めばパワーアップするんじゃない。“スキルを覚える“んだ」


「は?」


「百個、二百個……なんて数が必要だけどな」


「あんあた、まさかスキルそれを……?」


 緋色は軽く頷いた。

 

 それと同時に思考がクリアになり、少しばかり変なことを考えていた。


 ゲームや漫画とかでよくある、最後までとっておきを隠しておく主人公。

 今なら、なんとなくその気持ちが分かる緋色。


 あれは隠していたんじゃなくて、追い詰められていた・・・・・・・・・んじゃないか。


 もしとっておきが通用しなかったら、その時点で敗北は確定する。

 今と同じように。


「深層スキル【身体強化】」


 緋色は特に変わった様子はない。

 だが傍にいたちい子は感じていた。


(なによ、これ……)


 緋色がさらけ出すそのオーラは、


(まるで魔物そのものじゃない……!)


 人間のそれとは思えなかった。

 と同時に、緋色に変化が起こる。


「あ~! なんかハイになってきたなあ!」


 緋色はデュアルブレードを強く握り直す。


「行くぜえ!」


「──ヴオオオオオオッ!!」


 再びスチールドラゴンに向かう緋色。

 今度は、


──ザンッ!


 確かな傷がついた。


「うそ……」


「ヴオオオッ!?」


 先ほどまで苦戦、どころか完全に追い詰められていた緋色。

 それが今は一転、まさに圧倒していた。


「おrrrrrらあ!」


「ギャオオッ!」


 【身体強化】を使った緋色の力。

 それは実力、破壊力、全てにおいてスチールドラゴンを上回る。


「いけ! ダンジョン仮面!」

 

 だが、勝ってないものがたった一つだけあった。


「──ヴオオオオオッ!!」


「これで終わりだああ!」


 緋色が最後のつもりで振るったブレード。


 バギィッ!


「!」


 それがついに折れてしまった。


 スチールドラゴンに勝っていなかったのは、デュアルブレードの耐久性。

 二年間振り続けたその二本のブレードが、ここにきてついに根を上げてしまった。


 ──はずだった。


≪うふふふふっ≫

 

「!?」


 どこからともなく聞こえてきたのは、幼き少女のような声。

 まるで時が止まったかのような時間の流れの中で、緋色はたしかにその声を聞いた。


≪その剣、もう少し頑張れそう≫


(一体何を……って、なっ!?)


 そして時は進み出す。

 そして何故か緋色の手には、折れていない・・・・・・デュアルブレードが握られていた。


「!!」


 混乱から、一度ドラゴンから離れ、体制を整えようとする緋色。


(何が起きた……?)


 まるで状況を理解できない。

 そして確認するよう、ちい子の方を向いた。


「今、俺のブレードが折れなかったか!?」


「折れてないわよ! 嫌な音はしたけどね!」


「!?」


 どうやら、ブレードが折れていたことがなかったこと・・・・・・になっているらしい。


 奇っ怪な目でブレードを見つめる緋色。

 だが、そんな暇をドラゴンは与えてくれない。


「──オオオオオアアッ……!」


「!!」


 スチールドラゴンがガバッと口を開け、エネルギーを集めていく。


 ドラゴンの代名詞であるブレスだ。

 それが今、周りからエネルギーを溜めて解き放たれようとしている。


(あれが放たれれば、終わりだ!)


 緋色は直観した。

 下手をすれば、全てが崩落するおそれがある。


「……!」


 緋色はデュアルブレードを握った。


 何が起こったかは現状理解できない。

 だが、ここまで自分を強くしてくれた相棒を最後に信じることにした。


(色々と考えるのは後でいい!)


 スキルの多大なる反動も起こる中で、緋色は一歩踏み出す。

 その様子を見て彼女も横に並んだ。


「あたしも行くわ」


「ちい子!」


「破壊力が必要なんでしょ!」


「ああ! 頼む!」


 これで勝負が決まる。

 それは誰もが予感していた。


「──はああっ!」

「──やああっ!」


「──ヴオオオオオオオッッ!!」


 二人の交差する武器が、ブレスをぶった斬る。


 この日、緋色とちい子は『ドラゴンスレイヤー』の称号を得たのだった。







<緋色視点>


 あれから数日。


 じい子さんには褒め称えられたが、ダンジョン庁の壇上さんにはめっちゃくちゃに怒られた。

 もっと命を大切にしろ、と。


「はぁ」


 そして結局、謎の声の正体はドラゴンを討伐しても現れぬままとなった。

 だけど、あの声の主に助けられたのは確かだ。


 あれは一体なんだったのだろうか。

 剣を治す、いや癒した・・・ように見えた。


 そして、その声の主はある痕跡を残していった。

 “神聖な羽根”だ。


 黄緑色っぽく綺麗に光るそれは、ピーターパンに出てくる妖精の羽のような形をしていた。


 それは壇上さんへ提出。

 俺は調べることに関してはド素人だからな。


 ダンジョン研究家から、壇上さんが集めた医師まで、角界の色んな人達が関わっているという話だ。


 今日その報告が来るという話なのだけど……あ、来た来た。

 俺はスマホを取り出す。


「もしもし」


「東条緋色君、元気にしてたかな」


「ええ、まあ」


 相手は壇上さん。

 最後に会ったのが怒られた時だから、若干緊張する。


「早速だが、鑑定結果が出た。例の羽根だ」


「!」


 いつもは軽い冗談をもっと挟んでくる壇上さんだけど、なんだか様子が違う。

 それほどの大発見したということなのだろうか。


「心して聞いてほしい」


「はい」


 一息つき、壇上さんが言葉にした。


「あれは、東条あやか君の病気を治す可能性を秘めている」


「!!」


 心臓がビクンと跳ねたような感覚がした。


 俺は状況を整理するように、ここ数日の事を思い返す。

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