第16話 遠征 in 『魔境群馬』ー4 強さの根源

<緋色視点>


 目をハートの形にして、すっかり動かなくなってしまったちい子。

 彼女が正気を取り戻したのは、浅間山ダンジョン前の警備を出てからだった。


「はっ!」


「あ、やっと目覚めた」


 俺がお姫様だっこみたいにしている腕の中で、ちい子は目を覚ます。


「え! あれ、あたし……」


 ちい子は周りをきょろきょろ。

 そして、俺の腕の中にいると分かった途端、見る見るうちに顔を赤くしていく。


 やがて限界がきたらしい彼女は俺の腕から飛び出した。


「な、なにやってんのよ、この破廉恥はれんちー!」


「……」


 めちゃくちゃだなあ。

 

 あんな姿をさらされた後じゃ、この言い様もあわれにすら見えてくる。

 見た目は子ども、中身も子ども、年齢だけかろうじて大人だ。


「でも」


「?」


 そんなちい子が、口を尖らせて恥ずかしそうに俺を見てつぶやいた。


「助けてくれたのは……ありがと」


「ふふっ。どういたしまして」


 頬をちょっとだけぷっくらさせながらも、ちい子は感謝をしてくれる。

 やっぱり悪い子ではないんだよなあ。


 っと、そうだ。


「そういえば、教えて欲しいことがあるんだ」


「なに?」


 ちい子と話している時、彼女がここの地元民だということが分かった。


 ならばと思い“あの事”を尋ねてみる。

 俺は彼女にスマホを見せ、ある場所を指した。


「ここ、知らないかな?」


 そこは今から俺が向かう目的地。

 俺はここに訪れるために、まりんさんにも言われてこの『魔境群馬』を選んだのだ。


「えっ」


 返ってきたのは全く予想だにしない答え。

 

「この家、あたしのじいちゃんち・・・・・・だけど。しかも今から向かう」


「……へ?」


 ちい子との縁はまだ続くらしい。







「ここよ」


 ちい子に案内され、山道を登ること一時間ほど。

 ようやく目的地であるに辿り着いたようだ。


 俺は苦労を噛みしめるように後ろを振り返った。


「すげえなあ」


 目の前に広がる景色は山、山、……一面の山だ。


 歩いた時間は一時間とは言っても、俺たちは上級の探索者。

 一般人ならもっとかかるに違いない。


 いくつか山を乗り越えて、ようやく辿り着くことができたこの家。

 完全にポツンと一軒家だ。

 そういう番組に紹介されてもおかしくはない。


 だけど電波は届く。

 素晴らしき現代文明かな。


 ちなみに、この辺は『グンマー』という地名だそうだ。

 何の名残なごりかは知らない。


「ちい子はここに住んでるの?」


「まさか。こんなド田舎にずっと居られないわよ。探索者としての収入があるから、関東圏に住んでるわ。たまにこうして帰ってくるけどね」


「なるほど」


 なんて会話をしていると、目的地の家の扉がガラっと開く。

 中から出てきたのは、一人の年配のおじいさん。


「ちい子! 帰ったか! って、貴様はぁ!」


「──!?」


 俺は咄嗟とっさに目の前に迫ったものをかわす。

 振り返ってそれを確認すると、なんと


 家の中から出てきたおじいさんが、いきなりとんでもない物を投げつけてきた。

 いや、どういうこと!?

 

「ちょっとじいちゃん、やめてよ!」


「そんなことを言ってられるか! こやつめ! よくもわしのちい子を!」


「じいちゃんのアホッ!」


「ぐおっ!」


 ちい子が頭を思いっきりチョップ。

 騒がしいじいさんはようやく静まった。


「……」


 なんか似てるなあ。

 破天荒さというか雰囲気というか。


 じいちゃんという呼び名に、なんとなくちい子っぽさを感じるぶっとび具合。

 言われなくてもわかる。

 この人はちい子のおじいちゃん、祖父だ。


 しかも、


「だってこやつ、わしのちい子を──」


「そんなのになった覚えはない!」


「ぐおっ!」


 かなりの親バカ、いや祖父バカと見た。

 またチョップされてるし。

 てか、ちい子のチョップ喰らって平気とかタフなおじいさんだなあ。


「あの、そろそろ話を……」


「ちっ。まったく仕方ないのう。ほれ、入るがよい」


「気にしなくていいからね」


「お、お邪魔しまーす……」


 やりにくいなあ、とは思いながらも家に上がらせてもらった。

 俺はどうしても尋ねなければならない件があるからな。





「ほー」


 中は予想通り、大体和式。

 けれど小汚い感じはなく、なぜかむしろ綺麗だ。


「あたしが帰ってくるのに、小汚いなんてありえないわ」


「なるほど」


 ちい子の探索者収入でなんとかしたらしい。

 彼女も上級だからな。


「まあ座れ。要件は分かっておるがの」


「失礼します」


 俺は促されるまま、その辺に腰かける。

 口を開いたのはじいさんからだった。


「お主はダンジョン仮面、で合っておるな?」


「はい、そうです」


「わしは『じい子』。このちい子の祖父にあたる」


「……! ダンジョン仮面、改め東条緋色です」


 俺は、やばい! と思って咄嗟とっさに頭を下げた。

 思わず口が緩んでしまったからだ。


 いやだって、“じい子”はずるだろ!?

 ちい子とじい子って!

 狙ってんのか!?


「今、わろうたな?」


「いえ全くそのようなことはございません」


 俺は斜め上を見ながら顔を取り繕う。

 ていうか、気になったことがある。


「ちい子って本名なの? ハンドルネームとかじゃなくて?」


「そうよ。小子と書いてちい子よ! 笑ったらはっ倒す!」


「いやいや、人の名前を聞いて笑うとか最低だから」


 あぶねえ……心底そう思った。

 では自己紹介も済んだところで、早速本題といこうじゃないか。


「これを送ってきたのはあなたですね?」


 俺が凄腕探偵ばりに見せたのは、スマホの中のとあるメッセージ。

 普段はまりんさんが管理している、俺へのDMダイレクトメッセージだ。


 これが今回、まりんさんに提示されたもの。

 俺が配信をこの地に決定した要因となったものだった。


 メッセージに書いてあるのは、


『デュアルブレード』


 の一言のみ。


「どうして、この名称を知っているのでしょうか」


 『デュアルブレード』。

 俺の二本のブレードの正式名称・・・・だ。


 俺が使うこの二本の相棒は、実は“亡き父から譲り受けた物”。

 父の遺書に場所が記されていた場所にあった大切な物なのだ。


 正式名称を知っているのは、今となっては俺と一部の人間のみのはず。


 だから、このDMを送ってきた人物をまりんさんが怪しんだ。

 名称を知っていることもだが、述語も目的もないただの一言なのが奇妙。


 ちょっとずるいようだが、政府の協力の元、発信先のアドレスを特定。

 そのアドレスがこの家だったというわけだ。

 

「どういう意味のメッセージなのでしょうか」


 俺はハッキリと聞く。

 すると、


「ほう。ほうほうほう!」


「!?」


 じい子さんは眼鏡を額の方に上げ、スマホに顔をぐっと近づけてくる。


「いやはや現代文明はすごいのう!」


「えっと?」


「実はのう──」


 じい子さんは経緯を説明をしてくれた。


 まず、これは全く意味深なメッセージなどではなく、メッセージを書いている途中で送ってしまっただけとのこと。

 さらに、追加でメッセージを送る“やり方が分からなかった”だけらしい。


「はい?」


 俺はその答えに思わず拍子抜けしてしまった。

 つまり、ただのスマホ音痴・・・・・だったのだ。


 それでも、いくつか疑問は残る。


「じゃあそもそも、どうして俺にメッセージを飛ばそうと思ったんですか」


「ああ。ちい子がここで、お主の配信とやらを見ておっての。可愛い子と一緒にダンジョンに潜っておったみたいだったが」


 美玖とのコラボ配信のことか。


「それで見つけたのじゃ。お主がデュアルブレードを使っておるのをな」


「はあ」


「そこで嬉しくなっての。メッセージの送り方をちい子に習ったんじゃが、文の途中で送ってしまったんじゃ」


 それで、さっきの説明の行動になるわけか。


「追加でメッセージを送る時、ちい子には聞かなかったんですか?」


「それが、わしが送るのがあまりにも遅いからその間に帰ってしまったんじゃ」


「てへっ」


「……なるほど」


 なんか慌ただしい家族だなあ。

 それを容易に想像できてしまうのも怖い。


「しかし懐かしい・・・・のう。このデュアルブレード」


「!」


 というか、それだよそれ!

 一番聞きたかった事!


「だから、どうしてその事を知ってるんですか!」


「察しが悪いのう」


「?」


「わしじゃよ。これを作った鍛冶師かじしは」


「な、なにいいいーー!?」


 驚くと同時に、全てがに落ちた。


 謎のメッセージ、この正式名称を知る理由。

 そして、俺とちい子が高校生ながらに強い理由。


 俺は二年前、父の遺書に書かれていた秘密の倉庫にて、この『デュアルブレード』を手に入れる。

 死期を悟ったらしい父が最後に託したものだ。


 両親の遺産も底をついて、俺があやかの入院費を稼がなければならなかった。

 だから俺は探索者になることを決心する。


 そして、デュアルブレードは強かった。

 俺の探索者としての異常な才能と、デュアルブレードの性能。

 それが合わさり、俺はどんどんと魔石を取り込み、どんどんと主要探索地を深く深くしていく。


 そうして、今に至る。

 つまり、強さの根源はデュアルブレードにある。

 

 ちい子も同じなのだろう。

 彼女の武器を見た時、明らかに売っているものではないのが分かった。


 ちい子もこのじいさんに武器を作ってもらい、どんどんと強くなり、浅間山という高難易度で通用するまでになった、と。


「……」


 俺はこの人に感謝しなければならない。

 この人のおかげで、今の俺があると言っても過言ではない。


 話を聞いた俺は、自然に頭を下げていた。


「ありがとうございます」


「む? はっはっは! 若いもんがどうした。それに、今のお主があるのはお主自身の力じゃ。お前さんの父は、その武器を使えなかったのであろう?」


「まあ」


 隠してあったとは言え、倉庫に放置してたわけだしなあ。


「はっは、あやつは探索者としての才能はまるでなかったからのう。もしかしたら、お主に才能を見出していたのかもしれんな」


「父が……」


 なんとなく幼い頃の記憶を辿り、目頭が熱くなる。


 だが、そんな古い武器ゆえに問題は発生していたようで。

 じいさんはデュアルブレードを撫でながらつぶやいた。


「この武器。もう崩壊寸前じゃな」


「なっ!?」 


「お主も無理をしたんじゃろう。相当なダメージが蓄積ちくせきされておる。それに、直近に受けた傷が決定打となっておるな」


「直近に受けた傷?」


「そうじゃ。例えば、さっき潜ってきたダンジョンでとんでもなく重い一撃を受けたとか、何かあるのではないか?」


 とんでもなく重い一撃?

 俺は思い出そうと、周りをぐるーりと見渡した。


 そして、


「あ」

「え」


 彼女と目が合い、ようやく思い当たった。

 ダンジョンで一番重かった攻撃は、間違いなくちい子の斧だ。


「おい。目を逸らすな、目を」


「あ、あたしのせいじゃないわ!」


 そんなちい子に、あのじい子さんまでもが目を見開く。


「まさかちい子、お前の斧を当てたのか?」


「だ、だって!」


「アホかぁ!」


「いだぁっ!」


 じいさんはちい子に拳骨げんこつを浴びせた。

 あ、チョップとか拳骨ってこの家の伝統なんだ。

 めっちゃ痛そう。


「あれはわしの最高傑作・・・・の一つじゃ! 逆に、あの古さでよく持ちこたえたものよ! 相当に受ける側の技術があったから壊れなかっただけじゃ!」


「受ける側って、ダンジョン仮面が?」


「そうじゃ! そうでないと今頃粉々じゃわ!」


 横で聞いていると、まじかよ、という感想しか出てこない。


 俺、まじで危なかったじゃん。

 下手したら今ごろ命ないじゃん。


 ちい子と武器を交えた時、魔物を斬っても鳴らなかったような音が鳴ったのは、悲鳴を上げていたからなのか。


「で、でも! だからこうして傷が分かったんじゃない! ほらあんたも何か言いなさいよ!」


「んん~~……むぁあね(まあね)?」


 否定か肯定か悩んで、かろうじて肯定した。

 そうだけど……素直に頷くことはできないなあ。


 蓄積されたダメージも見抜いていたし、どっちにしろじい子さんなら分かっていたような気がする。


「俺のデュアルブレードはどうすれば?」


「そうじゃな。直すことはできる」


「本当ですか!」


「うむ。わしの力にかかればな」


 まじか! さすが製作者! じい子万歳!


「じゃが素材が要る。魔物の素材じゃ」


「どんな奴でも獲ってきます!」


 俺が軽快に返事をするも、じい子さんの表情は硬い。

 そして、一呼吸おいて答えた。


「では【スチールドラゴン】の素材を持ってきてもらおうか」


「……!」


 俺は若干顔をしかめた。

 じい子さんの口から出たそいつは、前回断念した魔物・・・・・・・・であり、『中層』のさらに深い『下層』の魔物だったからだ。




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余談ですが、総合ランキング週間TOP40に入ってました!嬉しい!

これも全て皆様の応援おかげです!

本当にありがとうございます!!

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