第8話 本多美玖とコラボ配信ー3 恐怖の『中層』

 俺は本多さんが落ちてしまった穴に飛び込んだ。

 穴からは、長い滑り台のような道が伸びている。


 そうして、


「──! よりによってこのタイプかよ!」


 その途中で両サイドに足を伸ばして急ブレーキをかけた。

 複数本の分かれ道が見えたからだ。


 『ダンジョントラップ』にも様々な形があるが、中でも厄介なものを引いてしまったらしい。

 途中で枝分かれする滑り台方式の落とし穴となれば、本多さんがどこに落ちたのか分からない。


 さらに、落とし穴トラップは強制的に下層へと移動させられるため、非常に危険だ。


「ここしかないか!」

 

 俺は頭を最大限働かせた上で、一番右・・・の穴に滑り込んだ。

 それが、最善の選択だったからだ。






<三人称視点>


「あいたたた……」


 美玖はぶつけたお尻を抑えながら、周りに目を向けた。


「ここは……?」


 落とし穴に入ったかと思えば、それなりの時間滑り台のような道を下って、気が付けばここに出ていた美玖。

 分かれ道で彼女が落ちたのは、一番左・・・の道だった。


「どうしよう」


 落ちてきた穴を覗くも、とても戻れそうにはない。


 ダンジョントラップの存在は美玖も知っている。

 まったのは初めてだが、先程より深い層に来てしまっていることは分かっていた。


 さらに、今は自分一人。

 ダンジョン仮面がいるから、とスタッフを置いてきたのが裏目に出てしまった。


「……」

 

 不安でいっぱいになりそうだった美玖。

 だが、それ・・を目にして少し安心を覚える。


《美玖ちゃん大丈夫!?》

《しばらく映らなかったけど無事なの!?》

《画面暗くて怖かったー!》

《よかった、姿がある!》

《ダンジョン仮面はどこだ?》


「あ……」


 彼女の飛行型カメラ、そしてそこに映る配信のコメント欄。

 飛行型カメラは自動追従機能で、落とし穴に落ちた彼女をも追って来ていた。

 しかし落とし穴の中は暗く、配信にはうまく映ってなかったようだ。

 

 彼女の全てとも言える配信が、彼女の心を奮い立たせる。


(私は配信者の本多美玖なんだ! 私の元気がなくてどうするの!)


 美玖は、いつもの配信者としての顔を取り戻す。


「みんな大丈夫だよ! ちょっと落とし穴に落っこちちゃっただけ。てへっ」


《落とし穴!?》

《大丈夫なの!?》

《ってことは第7層??》

《美玖ちゃん一人で?》

《それってまさか……》

《さすがにやばいんじゃないか……》


 だが、コメント欄にはバッと心配の声が上がる。

 視聴者も嫌な事を理解してしまったからだ。


 美玖も笑顔を取り繕っているが、コメント欄と同じような気持ちなのは間違いない。

 

 ここは第7層。

 第4層~第6層を指す『上層』をさらに抜けた、『中層』と呼ばれる域だ。


 それはもはや、国内でも数えるほどしかいないであろう上級探索者が探索をする域であった。


 中級探索者に足をつっこんだ程度の美玖は、当然潜ったことがない。

 しかも、ここには美玖一人。


(……それでも!)


 それでも希望はあった。


「大丈夫。ダンジョン仮面がきっと来てくれる」


 自分で解決する実力は持ち合わせていないが、彼の事を信じていた。

 あの時、駆けつけてくれたように。


 ずっと前からファンだったダンジョン仮面。

 配信を始めるきっかけとなったダンジョン仮面が駆けつけてくれるのを、美玖は信じていた。


 しかし、


《美玖ちゃん後ろ!》

《逃げて!》

《やべええええ》

《でかい!》

《なんだあれ!?》


「え!?」


 コメント欄に反応して後ろを振り返る美玖。

 

 ずしん、ずしん……と大きな足音を立てて近づいてくる大きな魔物。


「嘘でしょ……」


 暗いダンジョンの奥から姿を現した魔物は、大きな目玉をギロリと美玖に合わせ、よだれを垂らす。

 体長は5メートル程もある姿はまさに恐竜。


「ガルルル……」


 【コモドティラノ】。

 ティラノサウルスと言えば、誰もが聞いたことあるであろう恐竜の王。

 その子どものような、少し小さな個体の魔物だ。


 それでも5メートル程の体躯を持った、凶暴な魔物には変わりない。


 一匹を除けば・・・・・・、中層の頂点に君臨する魔物であった。


「──ガルアアァァァ!」


《逃げて!!》

《走れ!!》

《Miku! Run! Run!》

《美玖ちゃん!》

《逃げろー!!》


「──ッ!」


 美玖は勇気を振り絞って走り出す。





「ハァ、ハァ……!」


「──ガルアアッ!」


 暗いダンジョンの中、美玖は声を上げながら追ってくるコモドティラノから必死に逃げ続ける。


「ホロロロロ……」

「シャアァッ!」

「ヴオオオオッ!」


 さらに、コモドティラノの大きな足音は他の魔物も寄せ付けてしまっていた。


《これガチでやばくない??》

《放送事故も視野か》

《美玖ちゃん!》

《やだよ! 死なないでー!》

《ダンジョン仮面はまだかよ!》


 コメント欄も荒れに荒れている。

 みんな心配なのだ。


 しかし、


「──! そんな……」


 辿り着いたのはこれ以上進む事が出来ない壁。

 無情にも、そこは行き止まりだった。

 

「──ガルアアァァァ!」


 コモドティラノは咆哮を飛ばす。


「ハァ……ハァ……」


 ただでさえ限界だった美玖の足は、絶望を前にしてとうとう動かない。


「ホロロロロ……」

「シャアァッ!」

「ヴオオオオッ!」


 コモドティラノの周りには他の魔物もいる。

 それでもコモドティラノが狙うのは美玖。


 理由は特にない。

 しいて言うなら、最初に見つけたからだろう。


 コモドティラノにとっては、美玖も他の魔物も等しく獲物に変わりない。

 ゆえに、遅かれ早かれ順に蹂躙じゅうりんするつもりである。


「ガルルル……」


「……ハァ、ハァ」


 ゆっくりと顔を近づけるコモドティラノに、動くことができない美玖。

 恐怖に染まりきった心の中に、少しだけ残っているのはかすかな希望だけだった。 


「助けて、ダンジョン仮面……」


 言葉は自然に漏れ出てきた。

 分かれ道で彼女と一番遠くを選んだダンジョン仮面、改め緋色。


 彼が駆けつけるにはダンジョンの壁を突破しなければならなく、人には不可能。

 ──の、はずだった。


 ドゴッ! ドガッ!


「!?」


 ふいに遠くの方から聞こえる、壁を破壊するような音。

 距離のせいか、まだ音は控えめだ。


 ドゴオッ!


 だが、その音は確実に美玖の方へ近づいてくる。

 音がするのは美玖とコモドティラノの横からだ。


 そして、


 ──ドガアアアッ!!


「え!?」


 コモドティラノのすぐ横の壁が破壊される。

 現れたのはダンジョン仮面……ではなく、

 

「──グルアアアアアッ!!」


 コモドティラノよりさらに大きな恐竜の魔物。

 非常に似た見た目をしているが、今現れたのはコモドティラノより一際大きい。

 

 そして、その体躯が物語っていた。


 【ガチティラノ】。

 『中層』に住まう全ての魔物、コモドティラノをも従える正真正銘の『中層』の王。


 コモドティラノは一匹を除いて・・・・・・中層のトップに君臨するが、その一匹というのがこの魔物。

 

 その微妙なネーミングセンスの魔物は、センスのない仮面を被ったある男が発見した“激レア魔物”。


「もう大丈夫」


「……!」


 その『中層』の王ガチティラノすらも従え、頭部からひょっこりと姿を現した男。  

 その姿に、配信は今日一番の盛り上がりを見せる。


《まじかあああ!!》

《きたあああああ》

《間に合ったあああああ》

《どこ行ってたんだよお前ー!!》

《リアル「私が来た」じゃねえかああ!!》

《泣いた;;》

《映画化決定だろ》

《待たせすぎなんだよ!》


「ダンジョン、仮面……!」


「遅くなったね、本多さん」


 6メートルはあろうかというガチティラノの頭部から、すたっと着地した緋色。


「さて、どいつから相手しようか」


 そのヒーローは、いつもと変わらぬ表情で美玖の前に立ち、いつもと変わらぬ二本のブレードを構えた。


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