第7話 本多美玖とコラボ配信ー2 『魅せプ作戦』

 俺と本多さんは、いよいよダンジョンに足を踏み入れた。


 潜るのは中難易度ダンジョンの『上層』。

 『上層』とは第4層~第6層までのことで、第1層~第3層までを指す『表層』を抜けた先にある層の総称だ。


 中級以上の探索者が潜る『上層』は、本多さんも何度かしか訪れたことがないそう。

 低難易度ダンジョンの『表層』を突破した探索者は、少し難易度を上げたダンジョンの『表層』に潜るためだ。


 危険じゃないかなとは思うけど、


(ダメ! 絶対ここって決めたんだから!)


 と言って聞かなかった本多さん自身の意向らしい。


 ちなみに、今日このダンジョンには誰もいない。

 本多さんの事務所の力で抑えたんだとか……恐ろしや事務所という権力。


 一度登録した階層に飛ぶことができる転移装置ポータルを使い、入口から第4層に転移すれば、いよいよ探索開始だ。


「じゃあ張り切っていくよー! ダンジョン仮面も元気にいこう!」


「お、おー……?」


《顔w》

《まだ緊張してるw》

《草》

《微妙に上がりきってない右手かわいい》

《ダンジョン仮面ノッテけー?》


「こらこら、ダンジョン仮面をいじめないのっ!」


《はーい》

《ごめん美玖ちゃん》

《ごめんなさい》

《かわいいからなあw》

《噂とのギャップがすごい》

《この顔であの臭いセリフ言ってたの想像したらおもろい》


「うぐっ!」


 最後に流れたコメントを見て、俺は心臓にグサっと刺さるものを感じる。

 顔バレした今になって、俺が放ってきた様々な痛いセリフを後悔したのだ。


 現在の視聴者数は30万人を超えている。

 そんな人数にニヤニヤされていると思うと、中々くるものがある。


「だからいじめなーい!」


 そんな感じで、賑わうコメント欄ともやり取りをしながら俺たちは進んで行く。



 そうして少しもすれば、


「ダンジョン仮面!」


「うん」


 本多さんとほぼ同時に魔物の気配を察知した。

 緩んでいた顔もキリッと変え、武器を構える。

 

「グウゥゥ……」


 喉を鳴らすような低い声でこちらをにらむのは、複数体の【ダークウルフ】。

 二足歩行のオオカミ型の魔物で、長い手足と鋭利な爪を持つ。

 殺傷能力と速さに優れた凶悪な魔物の上、集団で行動するという厄介さもあわせ持つ。


「ダンジョン仮面、ここは──」


「いや」


 前に出ようとする本多さんを俺が制止する。

 サポートを請け負うつもりだったのだろう。


「一人でやるよ」


「え、でも!」


「大丈夫」


 ここは考えてきた作戦を実行するチャンスだからだ。

 しかし、


《おいおい、大丈夫か?》

《集団のダークウルフに単騎で?》

《こーれ死にました》

《見栄張るなー?》

《いじっぱり乙》


 チラっと見たコメント欄にはこんな感じの声がずらり。

 と同時に、


《でもゴブリンキング一人で倒してたし……》

《てかこいつ、本当に強いの?》

《戦闘シーンってあんま見ないよな》


 俺を疑うようなコメントが並んだ。


 思った通りだ。

 『ダンジョン仮面』、その奇っ怪な名前が一人歩きして、実際にどれだけ強いのかは世間によく伝わっていない。

 

 ダンジョン仮面はほとんど都市伝説的な扱いだった為、話が広まるにつれて盛られていったというのもあるだろう。


 ならばちょうどいい。

 ここで俺の実力を見せる!


「グルアアァァァ!」


 こいつはいつも狩ってる、雑魚の部類だ……!


「──はあッ!」


 俺は両手のブレードをぐっと構えて、一直線にダークウルフの集団に向かった。


「グルォッ……!」


「よっ!」


 ダークウルフが俺の突進にびくっとして、咄嗟とっさに右腕を前に出す。

 それを俺は跳ぶことでかわす。


 横のダンジョン壁を蹴り、そのまま着地したのは集団のド真ん中。

 そして、


「──!」

 

 二本のブレードを左右に広げ、体をひねらせて一回転しながら舞った。

 『スピニングラッシュ』(俺命名)だ。


「「「グァッ……!」」」


 格好をつけて姿勢を落とした周囲には、ボトボトッとダークウルフの首が落ちてくる。

 俺は『スピニングラッシュ』で集団全員の首を一瞬で刈り取ったのだ。


「うそ……!」


 本多さんが思わず出した声にニヤけるのを我慢しながら、俺はブレードを無駄にブンブン回して背中のさやに収めた。


「言ったでしょ、大丈夫だって」


《うおおおお》

《うおおおおお!?》

《やべえええ!》

《かっこよすぎだろ!!》

《どりゃあああああ》

《つっよ》

《今のやばすぎない??》

 

 本多さんの後方で様子を捉えてくれていた飛行型カメラに目を向けて、そこに映るコメント欄が一気に盛り上がったのを確認する。


 これはうまくいったかな。


 いつもはただ、仏頂面ぶっちょうづらで淡々と倒して行く魔物。

 今回は大胆に、必殺技風の技で倒すことで強さを演出した。


 名付けて『魅せプ作戦』。

 これが俺が考えてきた作戦だった。


 魅せプというのは“魅せプレイ”、見ている人を魅了するようなプレイ・戦闘行動のこと。


 俺の普段の戦闘は、良くも悪くも単純だ。

 近づき、攻撃を最小の動きでかわして、カウンターでグサリ、といった感じ。


 これは、相手の特徴を知り、自分の持ち味を理解して、基礎ができて初めてできることなのだが、それでは視聴者に強さが伝わらない。


 つまり、ある程度実力が無いと「何をしてるか分からない」状態になってしまう。

 素人がプロのスポーツ選手を見て、何がすごいのかイマイチ分からないみたいなものだ。


 そして今回は、そんな状態を回避するための『魅せプ作戦』。

 それが功を奏したみたいだった。


「す、すごいすごいっ!」


 コメント欄に負けず劣らず(?)、本多さんがぴょんぴょん跳ねながら俺の方に駆け寄ってきた。


「何今のっ! ぴょーんって跳んで、ズバっ! ズババッ! かっこよかったー!」


「はは、ありがとう」


 そうして俺は、かっこつけながらドヤ顔で言い放った。


「ちなみに今のは『スピニングラッシュ』と言う。俺の必殺技の一の型だ」


《?》

《???》

《ええ……?》

《滑ってますよ》

《ダッサ》

《か、かっこいいぞー(棒)》

《評判悪くて草》


 なにっ!?

 さっきまで盛り上がっていたコメント欄は、俺が満を持して必殺技名を発表した瞬間に疑問の声を上げる。


「み、みんな!?」


 どうしてだよ、めちゃくちゃかっこいいだろ!?

 俺は同意を求めるように、本多さんの顔をバッと振り返る。


 だが本多さんは、俺からそーっと目を逸らす。


「え、えっと……うん、かっこいいと思う、よ? じゃ、じゃあ先に進もっか!」


《美玖ちゃん困ってて草》

《フォローしてあげてて優しい》

《もうやめたげてよぉ!》

《彼も高校生なんです》

《中二の間違いでは?》


 バカな!

 どうやら本当に俺のセンスが無かったらしい。


 だが、


「コホン。そうだね、進もうか本多さん」


 俺は上級探索者の切り替えの早さで冷静さを取り戻す。

 目の前の事にいちいちショックを受けていては探索者は成り立たないのだ。


 今に見てろよ、コメント欄。

 俺が用意してきた必殺技はこれだけじゃないんだからな!


 今度こそかっこいいと思わせてやる。

 そう意気込んで俺たちは再び進む。





「──おおっ!」


 ザンッ! と風を切る音が聞こえてくるような斬撃『瞬刃』。


「せいっ!」


 ブレードを魔物に向かって投げつけるという常識外れな攻撃『投ブレード』。


 本多さんと共に進んでいく中、【百本トゲネズミ】や【ヤミコウモリ】といった凶悪な魔物をわざわざ命名した必殺技で魅せプレイ風に倒して行く。


《どりゃあああああ》

《強すぎて草》

《これは本物だな》

《ガチのバケモン》

《くそかっけーや!》

《俺も探索者目指そうかな》


 その度にコメント欄が湧くのがめちゃくちゃ気持ち良い。


「すごい! 本当にすごいよ、ダンジョン仮面!」


 さらに本多さんも太陽のように明るい笑顔で褒めてくれる。

 しかし、


「今のは『投ブレード』だ。これが俺の常識外れの必殺技。これを開発するにあたって俺は──」


《もういいぞー》

《おけ》

《なるほど》

《相変わらずで草》

《センス皆無》

《ここまでくるともはや微笑ましい》

《やっぱ探索者目指すのやめるわ》


「これもダメ!?」


 必殺技を解説する度にこの反応。


 ここまで、俺のかっこいい倒し方で盛り上がっては、必殺技を発表した途端イジられるという流れを繰り返していた。

 もはや、この配信の様式美と化したほどに。


「あははっ! 今までで一番良くないかも!」


「ついに本多さんまでっ!?」


《美玖ちゃん天然だからw》

《悪気はないんです》

《笑顔で刺してて草》

《俺も罵倒してほしい》


 俺のセンスが認められないのは不思議だが、なんとなく気持ち良くもなっていた。

 ウケているのが単純に嬉しかったからだ。


 正体を隠してきたわけだけど、こうしてみんなに見られるのも悪くないかな、そう思い始めていた。


 だからこそ有頂天になっていたのだろう。

 俺は次なる必殺技を頭の中で浮かべ、普段なら気づくはずのそれに気づかなかった。


「よーし。この調子でどんどん──きゃっ!」


「──!?」


 本多さんの上げた声に反応して、俺はバッと後ろを振り返る。


 そして直観した。

 しまった……!


 今の今まで俺の後ろを歩いていたはずの本多さんの姿がない。

 代わりにあったのは、人が入りそうな穴。


 『ダンジョントラップ』に気づかなかったのだ。


「本多さん! 本多さーん!」


 彼女が落ちたと思われる穴を覗き込み、大声を上げる。

 けれど、返事はない。


 飛行型カメラもどうやら本多さんを追っていったようで、周囲に見当たらない。


「──くそっ!」


 俺は自分の油断に悔しい思いをしながら、本多さんを追って穴に飛び込んだ。


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