第13話 遠征 in 『魔境群馬』ー1 浅間山ダンジョン

 「あら、来たわね。話題の配信者さん」


「なんだよ、その嫌味な言い方」


 個人初の配信を終え、次の日の夕方。

 まりんさんに呼ばれていた俺は、学校帰りに彼女のバーに寄っていた。


 と思えば開口一番にこの言い草だ。

 まあ彼女っぽいと言えば彼女っぽいけど。


「人気が出て、すっかり浮かれちゃったんじゃないのかと思って」


「そ、そんなわけないだろ」


「本多美玖とも順調なようだし。あら失礼、呼び名は“美玖”だったかしら?」


「なっ! なんで知ってんの!?」


「お姉さんに知らないことはないのよ。ふふ」


「うっそだろ、おい……こわ」


 もはや恐ろしいとすら思えるまりんさんの情報力に驚きながらも、会議室に入る。


 まあいい、そんなことより今は要件だ。

 まりんさんの対面に腰かけた俺は尋ねた。


「で、本題はなに」


「この話もうおしまい? まったく、お子ちゃまはノリが悪いわね。はいじゃあ、これよ」


「! ……なるほど、早速か」

 

 目の前に出されたのは、いくつかの資料。

 ダンジョン庁の檀上だんじょうさんからの依頼資料だ。


 資料にはそれぞれ、配信してほしい高難易度ダンジョンと報酬が載っている。

 その中から一つを選んで、今週の土日にも配信してほしいのだそう。


「ふむふむ」


 所々、留意してほしい点はいくつか書いてあるが基本は自由。

 生配信の後、解説や編集なども混ぜて分かりやすくした切り抜き動画バージョンも出されるようなので、気軽にやってくれとのことだった。


 高難易度ダンジョンを気軽に、なんて俺も信頼を得たもんだ、とは思ったけど。


「特に差異はないな」


「まあ、そうね」


 報酬や細かい点に違いはない。

 攻略中に俺が獲得した物は持ち帰ってもいいし、壊れた機材や装備なども補償してくれる。


 その上、配信自体に一企業ではありえない金額の報酬が提示されている。

 あやか関係の報酬の他に、だ。

 

「国、やべえな」


 様々な案件を受けて来たけど、これには俺も小並の感想しか出てこない。

 それぐらいの神待遇だった。


「けどまあ、とりあえず行ったことがあるダンジョンが良いかな」


 俺も初の試みなので、一旦は少しでも情報があるダンジョンが良い。

 そう考えて資料を分けていると、まりんさんが一枚の資料を指す。


「ここじゃ、ダメかしら?」


「ん?」


 まりんさんが珍しく俺の動向に指示を出す。

 基本はサポート態勢で口出しをしてこない彼女だったから、少しびっくりした。


「これ? そうだなあ……まあ、この中だと行きやすいかな」


「そ。じゃあここに行く事をおすすめするわ」


「分かったけど、どうして急に?」


「実はね──」


「……!」


 まりんさんがした話。

 それは、俺の強さの根幹・・に関わる話だった。


 それも含め、俺は土日に配信を行う高難易度ダンジョンを決定する。


「俺が行くのは、『魔境群馬』だ!」







「おー、久しぶりに来たな」


 俺は向こうの山を遠目に見ながらつぶやく。


 土曜日のお昼過ぎ。

 俺は配信を決定した高難易度ダンジョン近くに訪れていた。


 高難易度ダンジョン。

 数多くのダンジョンが出現している現代でも、特に攻略が難しいと言われるダンジョンの総称だ。


 そこに探索者が迂闊うかつに入ってはただ犠牲が増えるだけの為、気軽に入れる通常のダンジョンと違って、政府によって入口が封鎖されている。

 潜れるのは認可をもらった上級の探索者だけだ。


「うん。相変わらずデッコボコ」


 少し山を登った所から見えるのは、色んなダンジョンの入口。

 ダンジョンは洞窟や落とし穴など、入口すらも様々な形をしている。

 それらが集まり、まるで月のクレーターのようになっている。


 『魔境群馬』。

 そんな光景をしたこの地は、畏怖と敬意を込めてそう呼ばれている。


 今や群馬と言えばダンジョン、ダンジョンと言えば群馬だ。

 あ、県民の皆さん、バカにしているわけではありません、決して。


 そして、


「さらにデカくなってないか……?」


 その中でも一際大きな暗い入口。

 向こうに見える山を、根元から大きくくり抜いたかのような暗く巨大な入口が今回の高難易度ダンジョンの入口。


 通称『浅間山ダンジョン』の入口だ。

 このように高難易度ダンジョンには、通常ダンジョンと区別するために特別な名前がつく。


「さて、行くか」


 久しぶりに訪れた『魔境群馬』の風景を遠目から十分に楽しんだ俺は、ようやく足を進めた。





「む、止まれ」


 浅間山ダンジョン付近に近づくと、警察っぽいけど微妙に違う格好をした人に呼び止められる。

 閉じた門の前にいるし、警備の人だろう。


「認可は持っているか」


「これで」


「……! まさか!」


 俺は上級と認められた探索者に送られる認可も持っているが、わざわざ檀上さんからもらった認可証を出す。

 さらに帽子も取り、ドヤ顔というオマケつきだ。


「ダ、ダンジョン仮面! こ、これは失礼いたしました!」


「いえいえ、警備お疲れ様です」


「あの……」


「ん?」


 だが急に、警備さんがもじもじし始める。 

 この流れは何度も見たな。


「サインだけでも……。幼い息子がファンなものでして」


「一枚でいいですか?」


「できれば……三枚」


「いや多いな」


 息子さん用、自分用、奥様用かな?

 俺はここ数日ですっかり身に付いた対応をした。

 慣れというのは本当に恐ろしいものだ。


「では、お気を付けて!」


「ありがとうございます」


 俺は開門された警備から奥へと進み、巨大な入口の前に立つ。

 いよいよ『浅間山ダンジョン』の目の前だ。


「やっぱでけえ……」


 ひい、ふう、みい……縦横共に十メートルぐらいはあるんじゃないか?

 分からんけど。


 まるでブラックホールのような見た目をした入口を前にして一息つく。


「じゃあ行きますか」


 と、意気込んだところでふと思い出した。


「あ、配信!」


 久しぶりに高難易度ダンジョンに来たので、つい胸を躍らせてしまっていた。

 どうやら俺は思っていたよりずっと戦闘民族だったらしい。

 

「やべっ!」


 配信の予約枠を覗くと、コメント欄が若干荒れていることに気づく。

 予定していた時間から5分ほど遅れてしまっていたからだ。


 サインとか求められることを加味していなかった!


《おーい、まだ?》

《おっそ》

《みんなせっかちすぎ》

《【悲報】今日の配信中止》

《顔が見たいよー》

《ダンジョン仮面〇んじゃった;;》


 それにもかかわらず視聴者数は10万人。

 それだけ、俺に期待してくれているのだろう。


 何しろ今回は『高難易度ダンジョン攻略配信』という名前で配信を予約している。


 混乱を防ぐため場所は伝えてないが、それなりに注目度もあるはずだ。

 SNSでも、どの高難易度ダンジョンか考察がされているほどだった。


 アーカイブ(配信記録)に残す際は、しっかりと『浅間山ダンジョン』攻略であることを書いておくので、繰り返し見てもらえるようにもなっている。


「配信、開始!」


 檀上さんから支給された現最高性能の配信機材を操作して、俺はやっと配信を開始した。


「すみません、配信開始が遅れました!」


《お、きたか!》

《やあ》

《謝ったから許す》

《しょうがねえな》

《やっとか》

《待ってたよ!》

《みんな心配してただけだよ》


 本当は警備を抜けてから配信を開始するつもりだったから申し訳ない気持ちがあるけど、それなりに好意的で嬉しい。


 次からはもっと気を付けなければ。

 俺はもう配信者なのだから。


 と同時に、


《ってびっくりしたー!》

《後ろこええ》

《待って後ろこわっ!》

《それどこだ?》


 慌てて配信を開始したから、背景がいきなりダンジョン入口になってしまった。


「すみません! 驚かせちゃったかもしれないです!」


 俺は後方の入口をバッと振り返り、しまった、と思った。


《本当だ》

《真っ暗……》

《吸い込まれそう》

《こっわ》

《ブラックホールじゃん》

《いかにもって感じ》


 だけど意外にも、視聴者さんも耐性はあるようだった。

 ダンジョン配信がかなり活発になって来て、怖い風景も見慣れてきたのかもしれない。


 そして早速、


《見たことある》

《なんだっけ、ここ》

《これ浅間山か?》

《本当だ、浅間山ダンジョン》


 ちらほらと名前が出てくる。

 すごいな、見ただけで分かる視聴者もいるのか。


 それに応じるよう、俺も間を開けず発表する。


「そうです。今日は『魔境群馬』に来てます。その中の浅間山ダンジョン攻略の様子を配信します!」


 それと同時に、コメント欄が一気に湧く。


《まじか!?》

《群馬きたああああ》

《魔境!?》

《『魔境群馬』!?》

《魔境どりゃああああ》

《群馬人気すごくて草》


「──ふぶっ! あはははっ!」


 意外と言ったら失礼だが、群馬が大人気過ぎて思わず吹き出して大笑いしてしまう。

 これが本日最初のやらかし。

 

《てか、ソロま?w》

《高難易度行くのに緊張感ないなw》

《相変わらずで草》

《底が見えねえ》

《今から遠足でも行くのかww》


「~~~!」


 ずらりと並ぶコメントに若干恥ずかしくなる。

 

「じゃ、じゃあ進みますね!」


 やらかしたー、思いながら、俺は赤面を隠すようにダンジョンに足を向ける。


 暗く巨大な入口には、透明な見えない膜のようなものがある。

 そこに体が触れると、目の前の光景がぐわんと揺れ、視界が暗転したような感じがした。


 まるでどこかにワープするかのような、不思議な感覚だ。


「……ん」


 そして目を開ければ、浅間山ダンジョンの中。

 ああ、こんな感じだったなあ、と思い出す。


 ここに来たのは三度目だ。

 一度目は遊び、二度目は助っ人、そして今回。


 高難易度といっても色んな方向性の難しさがあるが、このダンジョンは至極単純。


 “強い魔物がたくさん出る”。


 それを証明するかのように、早速お出ましだ。


「グルゥアアアアァァッ……!」


「……ッ!!」


 騒音抑制ノイズキャンセル機能により、配信内で聞こえる咆哮ほうこうの音量は抑制されているが、リアルで聞いた時の音量はハンパない。


 開口一番に俺を威嚇してくるのは、大きな熊のような魔物。


 【ダークベア】。

 元々、地上では最強として知られていたホッキョクグマよりもさらに大きい体をしており、破壊力ならば最上位にあたる魔物だ。


 そんな魔物が『表層』から出現する。


《なんだあれ!》

《やばすぎだろ!》

《こええええ》

《初っ端からあんなの出んの!?》

《開幕からボスじゃねえか》

《だ、大丈夫だよね……?》


 このダンジョンの恐ろしさを実感したのか、コメント欄にも不安な様子が浮かぶ。

 だが、


「大丈夫。こんなのには負けないから」


《これも余裕なのか》

《かっけえ》

《ガチっぽいから安心する》

《惚れた》

《濡れた》

《きゃっ(〃ノдノ)》


 余裕を見せてコメント欄を安心させる。

 一部卑猥ひわいなコメントもあるけど……。


 この発言は自信過剰じゃない。

 というのも、この先にはダークベアよりも凶悪な魔物がたくさん出る。

 こんなところで苦戦しているようじゃ、攻略なんて夢のまた夢だからな。

 

 俺は背中のさやから二本のブレードを取り出す。


「はじめますか! 攻略配信!」


 俺は地面を蹴り出し、間合いを詰めた──。

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