第28話 大規模作戦ー4 いつの間にか日本の未来を託されてました

 ≪ワタシと遊びましょっ。お子ちゃま・・・・・さん≫


 俺をもてあそぶような言葉。

 それと共に、俺とちい子がやっとの思いで倒したスチールドラゴンが出現する。


「「「──ヴオオオオッッ!!」」」


 三体同時・・・・にだ。


「……ッ!!」


 きらびやかな白銀でできた鋼鉄の皮膚。

 体長10メートルを超すであろう大きな体躯たいく

 それを支え、宙で浮遊させるほどの力を持つ巨大な翼に、凶悪な破壊力を持つ尻尾。

 

「……やべえな」


 思わず不安の声がれてしまうほどの、圧倒的な存在。

 気のせいだと信じたいが、どう見ても前回ちい子と戦ったやつよりも強い。

 大きさも二回りほど大きいじゃないか。


 それが三体同時。

 ふざけるのも大概にしてほしいものだ。


 そんな態度に、ふいにキュアが笑い出す。


≪うふふふふっ≫


「なんだよ」


≪いいえ~? やっぱり人間って面白いわねぇって思って≫


「馬鹿にしているのか?」


≪まっさか~。むしろここまで辿り着いてくれてすごいって思ってるのよ?≫


「何が言いたいんだ」


≪んー。ま、いっか≫


 キュアは考えた素振りを見せ、うふふっと笑う。

 その口から飛び出したのは、


≪妹の東条あやかちゃん。あの子の病気はね、ワタシが贈った・・・の。ワタシの羽根で病気が治るってのもそういうことよ。ワタシが作った病気だもん≫


「……は?」


 俺をバカにしているような言葉。

 混乱するあまり、俺の口は自然と聞き返す。


「本気で言っているのか? 何の、ために……」


≪うーん、暇だから?≫


「なんだと!」


≪ワタシって強すぎるの。だから、たまーにこうして遊ぶ・・んだけど。今回は壮大なストーリーも付け加えちゃったりして♪≫


「何を……言っているんだ」


 怒りを通り越して呆れ、うまく言葉にできない。

 しかもたまに・・・、だと?


≪“すたんぴーど”、って人間たちは言うんだっけ。あれ、全部ワタシのおかげなんだあ≫


「……!!」


 その言葉に、ギリっとブレードを握り直す。

 もう許してはおけない。

 

「覚悟はできているんだろうな」


≪ちょっとちょっと、もう少し待ちなさいって! せっかく、ドラゴンちゃん達をおとなしくさせてるんだから!≫


「まだ何かあるのか」


≪こういうのは盛り上げないと! 君も配信者なんでしょっ?≫


 そう言うと、キュアはばっと両手を広げた。

 その瞬間、


「……!」


《ふざけんなよ!》

《助けて!》

《おかあーん!》

《俺たちを巻き込むんじゃねーよ!》

《この事態、ダンジョン仮面のせいってまじ?》

《なんだよお前のせいなのかよ》


「コメント……?」


 漫画の“ふきだし”のようになった言葉が、フィールドを囲むように出現する。

 どこかで見た、VTuberの空間にコメントが直接流れるみたいなものだ。


 その吹き出しに加えて、所々に点在する画面は、全国の避難所を映しているみたいだ。


 とにもかくにも、フィールドにはふきだしとなったコメント、避難をしている多くの人々が映し出されている。


 それに、気になるのは


《何が妹だよ》

《そんなの知らねーよ》

《避難させやがって》

《こっちは家族と離れてんだぞ》

《てめえの都合に巻き込むな!》

《そうだそうだ!》


「……」


 俺を批判するようなコメントの数々。

 

 キュアと俺の会話も中継していたのだろう。

 俺は自分の都合でキュアと敵対し、結果的に日本中が混乱している。

 その責任を俺にぶつけたいのかもしれない。


≪なんだかお怒りみたい。人間って本当に愚かよね。うふふふふっ≫


「……どうしてこんな真似を」


 人は動揺した時、誰かに責任を求めて押し付けたくなる。

 それも、批判して良いと感じた者には特に積極的に批判をする。


 今ここでキュアに批判をすれば、キュアはすぐに魔物を解放するかもしれない。

 だから、行き場を失った怒りを俺にぶつける。

 そういうことなのだろう。


 でもこれは、キュアの戦略。

 こんなことで負けたりはしない。


≪さっ、始めましょ?≫


「「「──ヴオオオオッッ!!」」」


「言われなくても!」


 やるしかない。

 ここで立ち止まっていれば、日本が終わる。

 何を言われても俺が守らなければ!


 スキル【身体強化】発動。

 最初から出し惜しみはしない。


「!!」


 心臓がドクンと大きな音を立てるような感覚。

 その後におそってくるのは、ハイテンションとあふれ出る力。


「ヴオオオオッ!」


 まずは様子見。

 近づいて遠のいて、三体の攻撃の隙を探る。




「……ふぅ」


 そうして、何度かの攻防で突破口を見つけ出す。


 これならいける。

 様子見のターンは終わりだ。

 確信を持って一体のドラゴンに急接近する。


「はああっ!」


 向かう先にドラゴンの尻尾が迫る。

 当たれば致命傷でも、その分大きく見やすい。

 だが、


「!?」


 それをかわした先、尻尾は勢いを殺すことなく他のドラゴンに激突。

 尻尾が当たったドラゴンは吹っ飛ばされる。


「こいつら……!」


 それぞれが生命の頂点たる種族。

 つまり、誇りはあっても仲間意識はない。

 目的は、ただ俺を喰らうことのみ。


「こっちの方がよっぽど厄介だよ」


 まだ仲間意識があってくれた方が良かった。


 巨大な体はフィールド内では返って邪魔になる。

 その隙をつこうとしたのだが、話は振り出しだ。


 ならば、


「早々に奥の手を切るとは」


 第二のスキル【高速移動】を発動させる。

 できれば解放したくなかったが、突破口を開くには無理をするしかない。


 【身体強化】が身体能力を高めるのに特化したスキルとするなら、【高速移動】は移動・・に特化したスキル。

 その分、【身体強化】を使用した時よりも遥かに移動速度が上がる。


「……ぐっ!」


 だが、もちろんデメリットはある。


 ただでさえ負担が大きすぎる深層スキルの発動。

 それは、エナジードリンクを十本ぐらい同時に飲むような感覚だ。


 それを二つ同時なんて、正気の沙汰じゃない。

 それでも。

 

「やるしかないんだ!」


 最初はあやかの為の大規模作戦。

 だが、いつの間にか日本の未来を託されていたらしい。


「うおおおおお!」


 自分でもドラゴンかよって思う程の雄叫びを上げて、地面を蹴り出す。


「──はあッ!」


「ヴオオッ!?」


 威力とは、力と速さのかけ算。

 【身体強化】と【高速移動】、人ならざるスキルという力を二つ込めた俺のブレードが、一撃で尻尾を切断する。


「落ちろおおお!」


「ヴ、オオッ!」


 ひるんだ隙を見逃さず、すぐさまとどめを刺す。

 尻尾を失ったドラゴンは、地に堕ちた。

 

 あと二体……!


 キッと目線を変え、次なるターゲットへ。

 そこには、

 

「!」


「ヴオオオオッ!」


 ブレスを溜めているドラゴン。

 それに対抗するよう、二本のブレードを合わせて上段に構える。


「──ヴオオオオオオオッッ!!」


「うおおっ!」


 デュアルブレードとドラゴンブレスが交わり、お互いが拮抗きっこうする。


「ぐ、ぐうう……!」


 前にちい子とぶった斬ったものよりも、遥かに強力だ。

 それでも!


「うおおおおおおあッ!」

 

 ブレスを押し返し、正面から叩き割る。

 勢いのまま押し勝ち、そのままドラゴンを縦に真っ二つにした。

 

「ハァ、ハァ……」


 あと一体。


 体はすでに限界。

 いや限界なんて軽く超えている。


 全身が悲鳴を上げる中、スキルの効能で無理やり動かしているような感覚だ。

 これが終わったら、どうなってるか分からない。


「……ハァ」


 だがそれもあと一体で終わる。

 

 行くぞ。

 そう覚悟を決めて最後の力を振り絞った時、


≪え~いっ♪≫


「……は?」


 キュアがきらりんと口ずさみながら、光をもたらす。

 そこには、


「「「──ヴオオオオッッ!!」」」


 新しく、さらに強力にすら見えるスチールドラゴンが三体。

 

 まさか、また出現させたってのか……?


「……っ」


 言葉が出ない。

 疲労困憊こんぱいの中、やっと見えた討伐。

 それを「何の意味もない」と否定された上に、より強いドラゴンが出てくるなんて。


 心臓がズキリと痛む。

 体に加えて、心が折れかける。


 と同時に、見たくないものが目に映ってしまう。


《ざけんなよ!》

《何が妹のためだよ》

《大規模作戦なんか立てんじゃねーよ》

《おかげで巻き込まれてんだよ!》

《巻き込むだけ巻き込みやがって!》

《まじで最悪》

《だから嫌いなんだよ》

《早く倒せよ!》

《ここから解放しろ!》


「あ、あぁ……」


 今までは戦闘に集中していた。

 キュアが俺を惑わす作戦なんだと、心を切り替えていた。


 でも、


《どうしてくれんだよ》

《何が最強だよ》

《危険にさらすだけ晒しておいてさ》

《あーあ、雑魚のせいで日本終わり》

《普通にこいつ嫌いだったわ》

《調子乗ってたよな》


 画面に映る人々がそう言っているように見える。

 俺を罵倒ばとうしているんだと分かってしまう。


「……」


 力が抜けていく。

 最後の力を振り絞って握ったブレードが、俺の手から離れていく。


 俺はなんの為に戦っていたんだ。

 みんなを守る為に戦っていたのに。


 どうせ死ぬ気で立ち上がったって、待っているのは批判じゃないか。

 もう体も動かないし、動かす気も起きない。


 カラン、と音を立て、ブレードが地面に落ちた。

 もう握る力も残っていない。


「「「「──ヴオオオオオオオッッ!!」」


 うるさいはずの咆哮ほうこうはまるで気にならない。

 これが、心が折れるということなのか。


「ふっ」


 きっとひどいを顔をしているだろう。

 魔物を前にして、全てを諦めたような顔だ。


 俺は、自分のことを強いと思ってたんだろうな。

 でもまあ、それもここで終わり。

 

 俺に日本を背負うなんて、無理だったんだ。


 そっと目を閉じて、諦め──ようとした瞬間、


『緋色君!』


「!」


 声が聞こえた。

 

「ヴオオッ!」


「ぐっ!」


 それに反応して、俺の体はドラゴンの突進を避けていたらしい・・・

 気づいたのは体が反応した後だった。

 

 それにしても今の声は……美玖?

 彼女の声は続く。


『何やってんのよ! ばかっ!』


「!」


『死んじゃうところだったじゃない!』


 初めて聞いた、美玖の怒っている声。

 いつもの天使の声より若干低く、訴えかけてくるような声だ。


『緋色君! 君は、あやかちゃんの為に頑張っていたんじゃないの!』


「……!」


『君が死んじゃったら、誰があやかちゃんを見てあげられるのよ!』


 美玖の声で死んでいた目が少し覚める。

 そうか、俺はあやかの為にここまで来たんじゃないか。


 ……でも。


《ふざけんな!》

《俺たちを巻き込むんじゃねえよ!》

《てめえらだけの問題だろうがよ》

《こんなところに追い込みやがって》

《よそでやってろよまじ》


 みんなを巻き込んでしまったのは事実だ。

 

 あやかは助ける、その目的は思い出した。

 けれど、今の俺には批判を受け止め切ることができない。

 心が折れてしまったんだ。


 そうして、また心が沈みかける時、


『それと! 皆さんに伝えたいことがあります!」


 彼女の声が響く。


「?」


 でも、なぜだろう。

 なんだか美玖の声が遠い。

 

『皆さん! どうか敵を間違えないで!』


「!」


 その言葉で、ようやく美玖が声を向けている人たちが分かった。


 彼女は今、全国の人々に向けて声を上げている。

 美玖の声は、フィールドに映った避難所の画面超しに聞こえている。


『確かに今回の作戦は皆さんに関係ありません! 皆さんは巻き込まれてしまったのは事実です!』


《そうだろうがよ》

《そいつが作戦なんか立てなければな》

《妹とかどうでもいいんだわ》

《それよりデータ返せ》

《家に帰らせろ》


『でも、それは彼も予期していなかった!』


《……》

《でもよ》

《ちっ、ガキがよ》

《何が言いてえんだよ》

《可愛いからって調子乗るなよ?》


 美玖がここ一番に大きな声を上げる。


『だから! だからどうか、今の彼を見てあげてください!』


 声を枯らしながら美玖が続ける。


『ダンジョン仮面も、予期していなかった! 巻き込まれたのは彼も同じなんです! でも、それでも、彼はみんなの為に、日本を守ろうと戦っているんです!』


『今の彼を見て! こんなに懸命に戦ってるのは、みんなの為なんです!』


《……》

《でもよ》

《だからって》


 ふきだしが流れが遅くなる。


 みんな、黙っているんだ。

 美玖の言葉を聞いて、何かを考えて。


 そして、


『だから、だからどうか彼を応援してください!』


 美玖が締める。


『……はっ、はっ』


 それと同時に、息が切れたのがマイクに入る。

 相当に気合いを入れたのだろう。


 次のコメントが流れたのは、十数秒後。


《がんばれー! ダンジョン仮面!》

《ちょっと、やめなさい!》


 最初に響いたのは小さな子とその親。

 小さな子が声を上げ、親が咄嗟とっさに止めた。


 それがきっかけとなる。

 親子に続いたのは、

 

《私も応援する!》

《ダンジョン仮面好きだもん!》

《僕も!》

《ダンジョン仮面はヒーローなんだよ!》

《がんばってー!》


 子ども、


《美玖ちゃんを泣かせるな! 俺は応援するぞ!》

《彼女が言うなら!》

《美玖ちゃんの生声……ヘヘ》

《美玖ちゃんを泣かせるやつは許さん!》


 美玖のファンらしき人々、


《俺は最初から応援してたぞ!》

《雰囲気で言えなかったけど私も!》

《ドラゴンぶっ倒せ!》

《見せてくれよ! いつものかっけえ姿!》

《実はちょっとわくわくしてる》

《ダンジョン仮面なら出来る!》


 応援してくれていた人、でもそれが言えなかった人々。

 色んな人に波及していく。


 やがて、


「……!」


《がんばれ!》

《救ってくれ!》

《任せた!》

《日本を頼む!》

《ダンジョン仮面!》

《信じてるよ!》

《絶対勝てる!》


 360°に広がるのは俺を応援する声。


 さっきまでとは一転。

 鼓舞する声がフィールド全体を包み、さらにあふれ、フィールドを埋め尽くしていく。


「……ッ! みんな……!」


 熱くなる目頭をぐっとこらえる。

 地面に落ちたデュアルブレードを強く握り、俺は立ち上がる。


「ありがとう」


 応援というのは、いつでも力を生む。

 今のこの状況も、今までの配信でも。


 なんだかんだで、俺はコメントに支えられていたんだな。

 応援してくれるコメント、いじってくるコメント、草を生やすコメント、色々なものに支えられて今の俺がある。


「……ふぅ」

 

 疲労はまるで感じない。

 体の悲鳴はどこかへ消えた。

 気持ちが楽だ。


 批判していた人と、今応援してくれる人が同じとは限らない。

 でもやっぱり、応援は元気が出る。

 

「みんな、ありがとう」


 体が軽い。

 だから跳ぶ瞬間も、力は入れなかった。

 

 入れたのは最後の一瞬だけ。


「──はぁッ!」


 声にもならない、吐息のような声。

 それと共に放った、大きな大きな横ぎ。


 それは、スチールドラゴン三体全てを同時に真っ二つにした──。

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