第29話 大規模作戦ー終 あやかの目覚め

 みんなの応援で湧いた、最後の力。


「──はあッ!」


 その想いのブレードが、スチールドラゴン三体全てを同時に真っ二つにする。


≪うそっ!≫


 次に見るのは、声を上げた妖精だ。


 たった今切り裂いたドラゴンの体をり、無理やり方向転換。

 スキル【身体強化】と【高速移動】を使っている俺の体は、人間では不可能にも思える動きも可能にする。


≪……!≫


「捕らえたぞ!」


 羽根の生えた小さな体。

 それをわしづかみにして壁に叩きつける。


 可愛らしい容姿だが、この事態を起こした凶悪な魔物だ。

 ここまでくれば容赦ようしゃはしない。


 左手でキュアを捕らえ、右手に持つブレードを構えたまま、俺は問う。


「この事態を今すぐ収拾しろ。魔物を解放しないと誓え」


≪……≫


 ブレードを突きつけたまま、数秒。

 やがてキュアが口を開いたかと思えば


≪……ふ、ふふ。うふふふふっ≫


 突然笑い始める。

 笑いはどこか嬉しそうで、不気味さを感じる。


≪こんなの初めてだわっ!≫


「何を言って──」


≪……≫


「!?」


 なんだ、今のは……。

 今の一瞬だけ走った悪寒おかん


 捕えているのは俺のはずなのに、得体の知れない不気味さに心臓を直接掴まれている感覚だった。


「はっ!」


 同時に、自分の失態に気づく。


 一瞬だけ見せたキュアの本性。

 それが垣間見えた瞬間、俺は手を離してしまっていた。

 

「くそっ!」


 俺はもう一度捕らえようと構えを取るが、


≪その必要はないわ≫


「?」


 キュアはその場から動かない。

 戸惑っていると、キュアは嬉しそうにわらった。


≪やりなさい≫


 そうして、キュアは両手を広げた。


「……ッ」


 見た限りでは完全に隙だらけ。

 だけど、このいさぎよい姿が逆に俺を躊躇ためらわせる。


 このまま斬ってもいいのか。

 何か罠でも仕掛けているんじゃないのか。


 ここまで、数々のありえないことをいとも容易くおこなってきたキュア。

 だからこそ、余計に警戒し過ぎてしまう。


≪何してるのよ≫


「それは……」


 俺が一歩踏み込めないでいると、歓声がかかる。


《ダンジョン仮面!》

《お願い!》

《やっちまえ!》

《そいつを倒して!》

《頑張れ!!》

《みんなを救ってくれ!》

《俺たちの希望なんだ!》


「……!」


 その歓声が俺の背中を押す。

 

 大丈夫だ。

 この距離で避けられるわけがない。

 

 スキルの効果ももうほとんど残っていない。

 ならばやるしかないんだ!


 俺は一歩踏み込み、


「うあああああッ!」


 キュアを斬った──。


 感触はあった。

 完全に真っ二つにした感触。


 そして、ふいに聞こえたのはキュアの声。


≪これで一応、おあつらえ向き・・・・・・・の討伐にはなったかしら?≫


「!!」


≪さっきも言ったでしょう。こんなの初めてだって≫


「どういう意味だ」


 だけど、不思議な感覚だ。


 俺とキュア以外は、まるで世界が止まっているかのよう。

 俺の体も動かず、ほんの少し前まで聞こえていた歓声も聞こえない。


 これはキュアが意識のみを共有しているのか?

 そんな疑問をぬぐうことなくキュアは続ける。 


≪私は負けたことがなかったわ。だからこそ、あなたたちの言う“スタンピード”は今まで起こってきた。でも≫


「でも?」


≪今回、初めて敗北したわ! それなのに、ああ、こんなに楽しいなんて!≫


 キュアの不気味な笑い声が響く。


≪だからもっと・・・遊びたいわ! この場は収めてあげる。魔物を解き放ちもしない。また私と遊びましょっ。お子ちゃま・・・・・さん♪≫


 その言葉を最後に、時はまた動き始める。


「……!」


 ブレードがキュアを貫通し、キュアは光の結晶となって消え去った。

 次の瞬間には、跡形もなくキュアは姿を消した。


「おっとと」


 急に動き始めた体の勢いを抑えながら着地。

 後ろを振り返ってみても、やはりキュアの姿は消えている。


 俺は勝ったのだろうか。


 最後の不思議な会話のせいで、イマイチその実感が湧かない。


 だけど、


《うおおおおおおおお》

《倒した!》

《倒したぞ!》

《どりゃああああああ》

《ダンジョンかめーーーん!》

《やっぱりお前が最強だ!》

《ダンジョン仮面最強! ダンジョン仮面最強!》

《ありがとう!》

《日本を救ってくれた!》


「みんな……」

 

 歓声が実感を持たせてくれる。

 そうか、俺は勝ったのか。


「……」


 ふと上の方を見た。


 最後の不思議な会話は、おそらく俺にしか聞こえていないだろう。

 理屈は分からないけど、あの会話は俺とキュアだけのものだったはずだ。


 それでも、キュアは負けを認めた。

 また“遊び”に付き合わされるかもしれない。

 次はもっと大変かもしれない。


 だけど、


《ありがとう!!》

《信じてた!》

《かっこよかったよ!》

《泣いた》

《本当にありがとう》

《やっぱダンジョン仮面よ》

《お前がナンバーワンだ》


 今はこの勝ちをみしめよう。

 歓声を聞いてそう心から思った。


 そうして帰ろうとした時、


「これは」


 光り輝くキュアの羽根が落ちていた。


 俺たちが探し求めていた『ヒールフェザー』だ。

 しかも、前に拾った物とは明らかに違う。


「なんだよこれ」


 輝き、重さ、不思議と感じ取れる得体の知れないエネルギー……。

 前回の物とは全ての質が異なっていた。


 俺は確信する。

 これならば、あやかの病気は治る。

 

 おそらくだけど、これは前のように偶々たまたま落としたものじゃない。

 これはキュアがあえて・・・落としていった物だと思う。


 何を考えているか分からない凶悪な魔物だけど、最後の態度といい、勝負には潔く見えた。


 これは俺の勝利の報酬として受け取ったものだ。

 そう解釈した。

 

「って、あ、あれ……」


 戦いを終え、あやかのことで安心すると同時に、疲労がおそってくる。


 そうだった。

 俺はスキルを同時発動という相当な無茶をしたんだった。


「これは、まずいなあ……」


 ギリギリ転移装置ポータルに手を触れ、視界が閉じていく。 

 いよいよ限界みたいだ。


「緋色君!」


 最後に心を安らげるような声が聞こえ、俺は意識を手放した──。







「……あれ」


 ふと気が付き、目を覚ます。

 知らない天井……などではなく、知ってる天井。

 なんならお世話になっている病院の天井だ。


「えっと……」

 

 どうしてここにいるんだっけ。

 そう考えながら体を起こそうとすると、病室の扉が開く。


「緋色君!」

「あんた!」

「東条君!」


「!」


 俺を一斉に呼ぶ声がして、びっくりしながら横を振り向く。

 駆け寄ってきたのは美玖、ちい子、檀上さんだ。


「心配したんだから!」


「ぐえっ!」


「あ! ごめんなさい!」


「だ、大丈夫……」


 俺にダイブしてきたのは美玖。

 状況から察するに病人なので、ちょっとは考えてくれても。

 それだけ心配してくれたってことなのかな。


「ちい子君は行かなくて良いのかい?」


「だ、誰があんな恥知らずなこと!」


 檀上さんに一言に、ちい子は反発した。

 ちい子も変わらないな。

 でも、そろそろ状況を把握しないと。


「檀上さん。俺は一体」


「安心しなさい。そんなに時間は経っていない。君がキュアを討伐してくれたのも、ほんの三時間ほど前だ」


「三時間ですか」


 おそらく、浅間山ダンジョンで倒れ、この病院で少し眠っていただけか。

 それだけでも体の疲労が薄れている。


「でも安静にしていなさい。今はまだスキルの複数使用で体がハイ・・になっているだけみたいだ。じきに反動が返ってくるだろう」


「なるほど……」


 確かに楽になったけど、体は全く動かない。

 実際、今も起き上がることすらできないし。

 これは反動が怖いなあ。


 そして、冷静になって思い当たる。


「あやかはどうなりましたか」


「「「!!」」」


「ん?」


 俺が尋ねると、三人が一斉に目を見開く。

 

 なんだ、何か良くないことがあったのだろうか。

 俺は不安になりながら、回答を待つ。


 すると、


「東条緋色君」


「は、はい」


「単刀直入に言おう」


「……」


 壇上さんの真剣な顔に、ごくりと唾を飲んだ。


「あやか君の病気は治る」


「え!」


 檀上さんの答え。

 それは俺が一番欲しかった答えだった。


「本当ですか! いってて」


「動いちゃダメだ! まったく、言ったそばから」


「す、すみません」


 思わず起こそうとした体が悲鳴を上げる。

 でもそれほどに嬉しい言葉だった。


「今さっき、君が持ち帰った『ヒールフェザー』の報告があったところだ。君から回収してすぐに検証に取り掛かってくれてね」


「それで、本当に……」


「ああ。じきにに詳細は出るが、まず間違いなく助かるそうだ」


「……!」


 その言葉に、一気に目頭が熱くなる。

 そして、涙は目をうるおしきってすぐにあふれ出た。


「君が頑張ったからだよ、緋色君」


「美玖……」


「君があやかちゃんを救ったんだよ」


 体を動かせないことをいいことに、美玖は目一杯俺を抱きしめる。

 それが一層、俺に涙を流させる。


 そうして、


「良かったわね」


「えっ」


 思わず耳を疑ってしまうような優しい声。

 いや、普通の言葉なんだけど、まさかちい子からそんなセリフを聞くとは。


「なによ! あたしだってそれぐらい言うわよ!」


「ははっ。悪い悪い、ちょっと意外でさ」


「ふーんだ」


「ごめんって」


 ちい子は腕を組んでまた顔を逸らしてしまう。


 でも分かってる。

 ちい子も自らの体で、死ぬ気で探索に付いて来てくれたんだ。 

 気持ちは伝わっているよ。


「それで、檀上さん」


「なにかな」


「あやかはいつ頃、目を覚ましますか」


「予定では明日だ。それまでじっくり休んでいなさい」


「……分かりました」


 壇上さんの優しい声と共に、眠気が襲ってくる。

 体がまた休憩を求めているのだろう。


「緋色君、ゆっくり休んで」


「うん。ありがとう」


 そうして、俺は再び目を閉じた。




 



「体が……痛すぎる……」


「本当に大丈夫? 緋色君」


「な、なんとかね。はは……」


 次の日。

 俺は杖をつき、美玖に支えられながらなんとか病室の廊下を歩く。


 まだ絶対安静なのだけど、今日は自分の目で見届けなければ。


「もうすぐだね」


「ああ」


 あやかが目覚める。


 研究者さん達が、一刻も早くヒールフェザーを使えるように夜通し検証をしてくれた。

 その甲斐かいあって、今からあやかが目覚めるのだ。


「……」


 色々あったなあ。

 

 あやかの病気を治す為、入院費をまかなう為、俺は仮面を被って探索者をしていた。

 

 それが隣にいる彼女と一件あって、正体がばれ、流れで配信まで行うこととなった。


 期間で言えば一ヶ月もない。

 だけど激動で、忙しくて、無理もして、本当に色々なことがあった期間だった。


 配信でバズったのは嬉しい。

 でも辛いこと、大変だったことももちろんある。


 それでも頑張れたのは、この瞬間を待ち望んでいたから。

 美玖やちい子、色んな人に支えられながらも、この瞬間を目指してきたからだ。


「東条君」


「院長先生……」


「やり遂げたわね」


「はい」


 院長先生、この人にもお世話になった。

 俺が正体バレする前から、俺がダンジョン仮面だと知っており、あやかの面倒を見てくれた人だ。


 本当はもう一人。

 俺とあやかによくしてくれた金髪のお姉さんがいるのだけど、今はいない。


 でもきっと、誰の協力がなくてもここまで辿り着くことは出来なかった。


 コールドスリープ室に入り、あやかのカプセルをのぞく。


「あやか」


「なんだか笑っているみたいだね」


「かもな」


 美玖の言葉の通りだ。

 何度かこの状態を見せてもらったことがあるけど、今までにない晴れた顔だ。


「待たせてしまったな」


 俺も笑顔を返し、院長先生から『ヒールフェザー』を受け取る。


「カプセルを開けるわ。それを彼女にあてて」


「はい」


 俺は『ヒールフェザー』をあやかに向けた。

 途端、羽根かられ出るように出ていたまばゆい光があやかを満たしていく。


「ふわあ……」


「すげえ……」


 今まで見たどんな現象よりも幻想的。

 ダンジョンが出現した今となっても、信じられないような非日常が目の前に現れた。


 そうして、ふと頭に響くあの声・・・


≪ついでに贈り物よ♪≫


「!?」


 キュアの声だ。

 だけど、敵意は感じられなかった。


「緋色君?」


「い、いや、なんでも!」


 やはり俺にしか聞こえてないよう。


「目を覚ますよ」


「だな」


 美玖に言われ、あやかに意識を戻した。

 やがて眩い光は収まっていき、あやかに吸収されていく。


 そして、


「お兄ちゃん」


「……!」


 あやかが目を覚ました。


「あやか!」


「お兄ちゃん!」


 思わず抱き合う。


 コールドスリープのせいか、体は冷たい。

 それでも関係ない。

 今は離すことができなかった。


「ちょっと、苦しいよ」


「いいだろ、今ぐらい。それよりどこか痛いところとかないか?」


「うん。今まで重たかった体も、すっごく軽いの」


「そうか!」


 さっき頭に響いたキュアの声。

 “贈り物”という単語に嫌な予感を覚えてが、おそらく大丈夫だろう。

 

「こほん。東条君、あやかちゃん、一旦離れてくれるかしら」


「「あ」」


 院長先生に言われ、ぱっと離れる。

 そういえば、コールドスリープ後はすぐに近づかないでって言われていたんだった。


「まあ、問題はなさそうだけどね。でも一応医師としては、検診をする義務があるわ」


「よろしくお願いします院長先生」


「ええ。これで最後でしょうけどね」


 そうして、俺と美玖は部屋を出る。

 すると、

 

「よがっだよお……」


「!?」


 美玖がむせび泣いていた。

 どうやら部屋内では気を遣って声を堪えていたみたいだ。


 俺は自然と口にしていた。


「ありがとう」


「え? わたしに?」


「うん。美玖がいなければ、俺はあの時立ち上がることはできなかった」


「そ、そうかな」


「そうだよ」


 あの逆境で、美玖の言葉がなければ俺は折れたままだったんだ。

 その時もその前も、美玖が俺を救ってくれたおかげで今がある。


「美玖……」


「緋色君……」


 お互いに見つめ合った。

 何も考えることができない。

 なのに、自然と顔が近づいていく気がする。


 え、あれ、この流れってもしかして……。


「あーーー!」


「「!?」」


 その時、廊下の向こう側からよく聞く声がする。

 振り向くまでもなく、ちい子だ。


「あんた達こんなとこで何しようとしてるのよ!」


「な、何でもないよ?」


「そ、そうだぞー? ちい子」


「ふん! 本当にそうだったらね!」


 そうだった。

 ちい子にもあやかを目覚めせる時間は伝えてあったのに、忘れてしまってた。


 さらに、


「そうだよー? お兄ちゃん?」


「あやかも!? 早っ!!」


 部屋からあやかまでもが出てきた。

 検診がこうも早く終わるとは。


「これはしっかり話を聞かないとねー。ですよね、ちい子さんっ」


「そうね! 覚悟してなさい二人とも!」


「「えええー!」」


 あやかの後ろから出てきた院長先生も乗っかってくる。


「あらあら。これは大変ねえ、東条君。修羅場ってやつかしら」


「ちょっ、先生!?」


 そんな、いつもみたいな会話で迎えたあやかの目覚め。


 いつもみたいな会話に、あやかが加わっただけで俺は嬉しい。

 俺はこの為に頑張って来たのだから。


 俺はこんな日がずっと続くことを願う。

 これからは一層、あやかと、みんなとの時間を大切にしていこう。





───────────────────────

本日はもう一話投稿しております!

次が最終話です!

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