第24話 兄妹愛

<緋色視点>


 美玖に二度も元気づけられた俺は、今日も高難易度ダンジョン配信を行なっていた。


 四日目、高難易度『八王子ダンジョン』。


「ちい子! 頼む!」


「まっかせなさーい!」


 ちい子が、巨大な斧を魔物の頭部に思いっきり振り下ろす。


「ギャオオオオォォ!」


 会心の一撃が入ったかのような快音が鳴り響き、そのまま魔物は倒れた。

 これでこのダンジョンも『下層』まで突破だ。


「ナイス!」

「あんたこそ!」


 思わずちい子とハイタッチ。


《うおおおおお!》

《連携かっけええええ》

《ダンジョン仮面のサポートうめえや》

《ちい子ちゃんナイス!》

《相変わらずぶっとんでるなあw》

《頭パッカーンでわろたwww》

《ちい子強くて草》


 俺の配信のコメント欄も盛り上がる。


 今日はちい子が協力くれる形でのコラボ配信。


 また、ちい子も自分のカメラで配信をしている。

 彼女の方も盛り上がっているみたいだ。


「ありがとうございました。また次回の配信で!」


《おつ》

《コラボもやっぱいいな》

《四日連続だけど大丈夫?》

《楽しかったぞ!》

《無理しないでね》

《また待ってるよー!》


 応援と心配、反応は様々だ。

 でも、今日は予定より早く終わったため、昨日までよりも幾分か楽だった。


 上級探索者でもあり、一番連携しやすいちい子と一緒だったからな。

 やっぱり探索者としては本当に頼りになる。


 そんなちい子も同タイミングで配信を閉じる。


「ふんっ! 次回も見なさいよね!」


「……」


 そんな閉じ方でいいのか。

 見ていてついそう思ってしまったが、


《今日もツンツン締め》

《ツン助かる》

《デレてくれ》

《いや今日何回かデレただろ》

《ダンジョン仮面と一緒だもんな~》

《かわいい》

《ツンデレすこ》


 ちゃんとそういう需要があるらしい。

 まだまだ奥が深いな、配信。


 っと、そうだ。

 今日は感心している場合じゃないのだった。


「早く帰らないと!」


「どうしたのよ」


「いや、ちょっと。今日はありがとうな。今度またご飯でも行こう」


「なんなのよー!」


 なんとなく誤魔化しつつ、急いでダンジョンを脱出する。


 今日は二週に一度、あやかが目覚める日なんだ。

 前までこの日だけは休みを取っていたけど、時間がないと思った俺は今日も配信を入れていた。


 それでも、せっかくあやかと話せる機会を無駄にするわけにはいかない。


「……」


 少し、足取りは重いけれど。







 配信を終え、今は病室の前。

 『東条あやか』と書かれた札を見て固まる。

 

「……」


 ここに来る前、俺にメッセージが来た。


『話、してくれるよね?』


 あやかからのメッセージだ。


 他には特に何もなく、ただその一言だけ。

 それがかえって怖く見えた。


「……ふぅ」


 前回あやかが目覚めたのは二週間前。


 つまり、世間にダンジョン仮面の正体が俺だということがばれていない時だ。

 そして、あやかは再びコールドスリーブにつき、その日に正体がばれた。


 思い返せば、本当に濃い二週間だった。


 美玖を助け、正体がばれ、ダンジョン庁から依頼を受けて配信者になった。

 俺は今もなおバズり続けており、陰でコソコソ探索していた時とは環境が大違いだ。


 ダンジョンに潜ることすら嫌がっていたあやか。

 彼女が今の俺を見てどう思うだろう。

 

「……でも」


 いつまでも不安になっていてもしょうがない。


 とにかく向き合おう。

 あやかは敵なんかじゃない。

 たった一人の大切な家族なのだから。


 コンコンとノックをし、返事の後に部屋に入る。


「あやか」


「お兄ちゃん」


 見えたのは、どことなく普通の顔。

 コールドスリーブの影響で顔は少し痩せ細っているけど、そこにいたのはいつも通りの顔をしたあやかだった。


 でも、それが逆に怖い。

 何かを思っていて、それを取りつくろっているのではないかと考えてしまう。


「……」

「……」


 何を言えば良いか分からず、沈黙してしまう。

 やがて、あやかがため息混じりに口を開いた。

 

「座って」


「あ、ああ」


 ベッドの隣の丸椅子に座る。

 ほんの二週間前までは待ち焦がれていたこの席が、今はなんだか遠く感じる。


 あやかは窓の方を向いた。


「色々、あったんだってね」


「……そうだな」


 俺とは目は合わさず、窓の外の夕日を見ながらゆっくりと続ける。

 俺も無理に話させることはしない。


「ダンジョン、怖くない?」


「意外とね。ペットもできたぐらいだし」


「あの恐竜みたいなやつ?」


「そうだな」


 まるでこの空間だけゆっくりと時間が流れているような、そんな会話が続く。

 でも、それはすぐに破られた。


「……」


「あやか?」


 突然、あやかの口が止まった。


「!」


 かと思えば、あやかの手が震えている。

 俺は手を重ねながら、はっとした。


 そうだ、まずやるべきことをやっていなかった。


「あやか。ごめんな」


 最初に、秘密でダンジョンに潜っていたことを謝るべきだった。

 待っていたのかは分からないけど、それを聞いてあやかがようやく俺の方を振り向く。


「お兄、ちゃん……!」


 あやかの顔は涙でボロボロだった。

 相当、心配をかけてしまったのだろう。


「!」


 そのまま、こちらに倒れかかるように態勢を傾けたあやかを支える。

 俺の首元にあやかの顔がすっぽりとハマると、あやかはようやく思いを吐き出した。


「怖かった!」


 あやかがは、間を置きながら言葉を吐き出す。


「最後の家族のお兄ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって!」


「……」


 それを俺は、背中をさすりながら黙って聞く。


「ダンジョン仮面がお兄ちゃんだと知って不安になった。配信も見た。余裕そうに見せてても、最近の配信はボロボロになってるのは私には分かった!」


「……ああ」


 普通の上級者でも、三日もかけて攻略できれば早いであろう高難易度ダンジョン。

 それを俺は、配信をしながら一日で攻略して、また次の日も繰り返す。


 一日目から疲労を感じていたけど、俺には時間が無いと思った。

 俺にしかできないことだと思って、なんとか続けてきた。

 

 あやかにはお見通しだったか。

 さすが、俺の唯一の家族だな。


「最初に気づいた時はね、怒りたかった。ううん、本当に怒ってた。初めてお兄ちゃんにこんな感情を抱いた。どうして、私に嘘ついてまでこんな事してるんだろうって」


「うん」


「でも、まりんさんが教えてくれたの。私の病気の事も、お兄ちゃんがこうまでしてダンジョン配信をする理由も。全部、全部……」


「うん」


 あやかが俺の服をぎゅっと掴む。

 そして、今までで一番はっきりと言葉にする。


「私、何にも知らなかった……!」


 震える頭を撫でると、あやかは鼻を鳴らす。


 俺は次の言葉を待った。

 そして、少し間を置いて、あやかがかすれそうな声で口にする。


「私のせいで今までごめんね。ありがとう」


「……!」


 今の感情をうまく言葉にできない。

 あやかの言葉を聞いて、何と返せばいいか分からない。


 でも、良かった。

 今まで頑張ってきて良かった。


 あやかを心配させないために貫いてきた仮面。

 どれだけバズっても、どこかであやかに後ろめたさがあった。

 

 報われた。

 あやかに「ありがとう」を言われて初めて、心の底からそう感じた。


 そう思うと、やっと俺の口は開く。


「俺の方こそありがとうな」


「どうして、お兄ちゃんがありがとうなの……?」


 返ってくるのは、今にも掠れそうな声。

 まだ泣いているのが伝わってくるような声だ。


「ダメか?」


「そうじゃないけど……変だよ」


「かもな」


 俺の頬にも一筋のしずくの跡ができる。

 俺とあやかはしばらく、二人で抱き合ったまま泣き笑っていた。




 そうして、数分後。


「良いかしら」


 コンコンと病室の外からノックする音と共に声が聞こえてくる。

 まりんさんの声だ。


「どうぞ」


 あやかと離れて返事をすると、まりんさんが病室の扉を開ける。

 だけど、


「私、からも、話が……ぐすん」


「!?」


 明らかに様子がおかしい。

 口は震えていて、目元から下に向けて化粧が崩れた跡がある。


 あれ、泣いてる?

 てことはもしかして……聞かれていた!?

 

「あの、まりんさん?」


「なによぅ」


「なんで泣いてるんですか?」


「だってぇ~。あなたたちが!」


「!?」


 まりんさんは、目元に溜まっていた涙が崩壊すると同時に両手を広げて迫ってきた。

 俺もあやかもまりんさんに包まれる。


「ちょっ! まりんさん!?」


「あなたたち、本当に良い兄妹ね……!」


 まりんさんは俺たち二人を抱き込んで離さない。

 やっぱり会話は聞かれていたらしい。


「〜〜〜!」


 そう思うと急に恥ずかしくなってきた。


 しかも、


「なあっ!?」


 開いたままの病室から見えた二人の影。


「う、うぅ……」

「なんで私がこんなことで泣いて……」


 美玖とちい子だ。

 二人もまりんさんに負けず劣らず、見事に大号泣している。

 

 まさか、二人も会話を聞いて……?


 俺が二人に目をパチパチさせていると、まりんさんが口を開く。


「私が来た時には、あの二人もいたわよ」


「えぇ?」


「でも、あなたとあやかちゃんの雰囲気に中々踏み出せなかったみたいで。私も含めて三人で廊下で話を聞いていたわ」


「……」


 恥ずかしさがさらに込み上げてくる。

 俺のプライバシーさんはどこへ?

 

 美玖ならまだしも、どうしてちい子まで。

 まさか配信の後、俺を追ってきたのか。


「……ふふっ」


 俺が呆然としていると、まりんさんに抱かれているあやかが笑った。

 泣き跡は残るも、すっかり元通りの顔だ。


「あやか?」


「面白い人たちだね。お兄ちゃんの友達だよね?」


「ああ、そうだよ」


 あやかの笑顔に俺も自然と微笑んで返す。

 やっぱり、あやかは笑っている顔が一番だ。


 だが、爆弾は唐突に飛んでくる。


「それとも、どちらかが将来のお嫁さん?」


「──ぶっ!」


「えっ!?」

「はあ!?」


 俺が噴き出したのとほぼ同タイミングで、美玖とちい子も反応した。


「お、おい、あやか!?」


「ふふっ」


 そうだった。

 あやかはたまにこうしてぶっこんでくるのだ。

 

「あわわわわ……」

「ふ、ふざけんじゃないわよ、このガキんちょ!」


 美玖は口を開けたまま小刻みに震え、ちい子は顔を逸らして言い放つ。

 態度は真反対なのに、なんとなく同じ感情のリアクションに見えるのはどうしてだろう。


「……ふっ。あははっ!」


 そんな二人を見ていたら俺まで笑えてくる。


 あやかはダンジョンを怖がるばかりに、ダンジョン配信者を見るのも避けていた。

 こうして、会話まで出来るようになるなんてな。


 それが嬉しくてつい笑ってしまった。


 あやか、美玖、ちい子、三人は良い友達になれそうだなあとも思う。

 学校が行けてなくて友達がいないあやかにも、こうして話せる人が増えるのは嬉しいことだな。


 将来のお嫁さんかどうかは……知らないが。




 そうして、あやかのぶっこみでしんみりしていた空気が変わった。


 話はまりんさんが持ってきた本題に入る。

 それはようやくというべきか、みんなの協力を得た結果だった。


「キュアの目撃情報を入手したわ」


 俺たちの探索はここから加速する。





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