第10話 思いもよらない案件依頼
「そうきたか」
「ええ、よっぽど本多美玖との配信で信頼を得たようね」
今まで数々の依頼・案件をダンジョン仮面としてこなしてきた俺も、これは一際目を引くものだった。
なにしろ、
「俺もさすがに驚きだよ」
案件の依頼主は『ダンジョン庁』。
“庁”という言葉からも察せられる通り、これは国の公的機関。
ある時を境に、世界中で突如として出現し始めたダンジョン。
ダンジョン庁は、その混乱を抑えるべく国が設立した行政機関だ。
つまりこれは、“日本政府からのお呼び出し”に等しい。
「……」
正直、俺は本多さんとの配信を終えた時のことは考えてなかった。
彼女に連絡したら「明日ね!」とすぐに言われたし、考える時間もなかったからだ。
ダンジョン仮面が俺だと身バレして、俺の動画はバズりにバズった。
コラボ配信も【超神回】として大成功を収めており、配信の盛り上がりは本当に気持ちが良かった。
コラボ配信が終わったら、ダンジョン配信を始めるのもいいかもしれない。
そう思ったのは事実だ。
けど、やはり引っ掛かるのは妹のあやかのこと。
あやかは唯一の家族である俺が危険に身を投じるのを嫌がるため、ダンジョンへ行くことに反対している。
次にあやかが目覚めるのは一週間半先だけど、彼女を差し置いて俺が楽しそうに配信をしてて良いのだろうか。
そんな気持ちが心のどこかに残る。
けど、だからこそ、この案件なのか。
「……なるほどな」
周りの状況を整理して、今一度案件の資料に目を落とす。
俺の視線を掴んで離さないのは、一番下に書かれた報酬の欄。
そこに書いてあった報酬というのが、
・「東条あやか」の入院費を全期間全額補償する
・国最高の医師を集め、全力を以て「東条あやか」の未知の病気を解明する
俺が一番望むものだった。
さすがはお国様だな、全て把握してますということらしい。
ふう、と息を吐いて再度前に座る女性に目を向ける。
「まりんさん……」
「なにかしら?」
「あなたって本当に恐ろしい人ですね」
「……さあ、なんのことかしら? 私は自分に金が入ればそれでいいのよ」
まりんさんは自然に俺から目を逸らした。
本当に相変わらずだな。
まりんさんはこんな事を言ってるけど、俺は分かっている。
政府からの案件には間違いないが、彼女がどこかしらでこの案件をこぎつけるために関わっていることを。
俺があやかの事でコラボ配信を迷っていた時、まりんさんは「私が何か考えておくわ」と言った。
その結果がこの案件なのだろう。
まりんさんはそういう人なのだ。
金だ金だ、なんて言いつつも、いつも俺とあやかの事を考えてくれる。
どういう権力を持っていて、どういう繋がりがあるのかは知らないけど、彼女は本当に頼れる存在だ。
まりんさんは少し口角を上げて、立ち上がる。
「じゃあ、その資料を持ってそろそろ出なさい」
「え?」
「そろそろ政府の車が表に到着するはずだわ」
「ちょっ、いきなり!?」
今の今まで良い人だったのに、ここで急に投げ出す!?
こんなところも、どこかこの人らしいなと思ってしまう。
「私も開業の時間なのよ。詳しくはダンジョン庁で話を聞きなさい」
「ダンジョン庁で!?」
ほらさっさと、なんて口にしながら、まりんさんに背中を押されて会議室から出される。
しかも開業って!
「まりんさん付いてこないの!? 国のお呼び出しだよ!?」
「私はただのしがないバーテンダーよ。ほら、見えたわよ」
まりんさんはわざとらしくお酒に手を付けながら、店の入り口に目をやる。
そこには、上下黒スーツに黒いサングラスという、政府関係者かヤ〇ザの二択のような人が立っていた。
だけど、お辞儀と共に光らせた胸のバッチで確信する。
どうやら、本当に政府のお迎えらしい。
「じゃあ、よろしくやってね~」
「そんなあー!」
俺は政府の要人が乗るような長い黒塗りの車に案内され、渋々一人で乗った。
★
「どうぞ」
俺がコンコンと鳴らした扉の向こうから返事が聞こえたのを確認して、そーっと扉を開く。
「し、失礼します」
「よく来てくれたね。東条緋色君」
「あ、はい……」
うわ、すっげえ。
部屋に入って、最初に感じたのはそんな小並の感想。
ここは、“ダンジョン庁会議室”。
俺は黒塗りの車に乗せられ、今や政府でも大きな発言力を持つダンジョン庁本部に招かれていた。
「はは、そんなに緊張しなくてもいい。と言っても、高校生には少々無理があったかな」
「は、はあ……」
にっこりとした人は、柔らかい表情のまま自己紹介をしてくれた。
「私は『
白髪に白いあご
この人が依頼主の檀上さんか。
ダンジョン庁の檀上さん。
なんとなく覚えやすくはあるな、うん。
「それで東条君、読んでくれたかな。私たちダンジョン庁からの条件は」
「! はい、読みました」
優しそうな目をキリっと変え、檀上さんは尋ねてくる。
「引き受けてくれるだろうか?」
そう言って、檀上さんは再度説明をしてくれる。
ダンジョン庁があやか関連の事で、俺たちの面倒を見てくれる。
その条件は、「俺がダンジョン配信をすること」だった。
ダンジョン仮面の正体として、世に知られることになった俺の存在。
今や世間は大盛り上がりだと、ダンジョン庁からも認められた。
ただし、俺にしてほしいというのは
それ以外するな、なんて厳しい制限はないけど、頼まれたのは楽な配信ではない。
俺が請け負うのは、“高難易度ダンジョンの攻略配信”。
及び、“『初出ダンジョン』の潜入配信”だ。
「東条君、君が最適なんだ」
力強い言葉と共に、檀上さんは続ける。
高難易度ダンジョンは、読んでそのままの意味。
現代において、ダンジョンから採れる魔石などの発掘物は、国内外で今最も需要が高い物と言えるだろう。
さらに、高難易度ダンジョンからは、より貴重な発掘物が採れる。
それを、俺がノウハウを伝えながら配信をすることで、高難易度ダンジョンに潜れる者が増えるだろう、と檀上さんは言う。
そして、“『初出ダンジョン』の潜入配信”。
初出ダンジョンというのは、新たに出現して
誰も探索していないということは、当然危険がつきまとう。
罠が多いダンジョン、魔物が強いダンジョン、未知のダンジョンなど。
情報がないというのは、探索には致命的なのだ。
これまで初出ダンジョンは、『先行隊』と呼ばれる初出ダンジョン専門の探索者集団が請け負っていた。
だけど、先行隊の情報は映像として公開されない。
理由は単純。
配信しながら初出ダンジョンなんて、無理だからだ。
今までの先行隊の力も借りつつ、俺が先導して配信をしてほしいと言うのだ。
俺の「実力」と、今や世に大きく知れ渡った「知名度」を評価されて、檀上さんは依頼をしてきたということだ。
「東条君、君がどうしてそんなに強いのかは言及しない。だけど、君なら出来る。いや、君にしか出来ないと思う。日本のダンジョン界隈がさらに活性化するかは、君にかかっている」
檀上さんは、真っ直ぐに俺の目を見て伝えてくる。
優しそうな目の中に、確かな熱意があった。
「まだ高校生の君にこんなことを言うのは酷かもしれない。だが──」
「檀上さん」
「!」
檀上さんが申し訳なさそうに話すのを、俺はあえてぶった切った。
これ以上聞かなくても、もう俺の心は決まっていたからだ。
「配信。やらせていただきます」
「東条君……!」
檀上さんの目が見開いた。
それに応えるよう、俺も自分の思いを伝える。
「だから、どうかあやかの事をよろしくお願いいたします」
「ああ、ああ……! 必ず君に良い報告ができると約束しよう!」
立ち上がった檀上さんと握手を交わす。
今ここに、“配信者ダンジョン仮面”が誕生した瞬間であった。
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