第29話
「わたし、読唇術で見ちゃったんですよね。森本くんが土屋さんに告白されてるところを」
「ま、まさかそんなことあるわけないだろ?」
「ちなみにその時の映像もあります。見ますか?」
「…………」
そう言って、松本さんはポケットからスマートフォンを取り出そうとした。
その自信満々の態度から、松本さんが嘘をついているようには思えなかったので、映像を見せてもらうのは遠慮した。
自分が告白されている時の間抜けな顔なんて、見たくないしな。
しかし、まさか土屋さんに告白されている場面を誰かに見られていたとはな……。
俺たちは小さな声で話していたし、誰にもバレていないと思っていたが、読唇術を持ち出されてしまえばどうしようもない。
……というか、なぜ松本さんはそんな場面を録画していたのだろう。
「別にこれを使って脅そう、ってわけじゃあないんです。別に土屋さんの好きな人が誰だとか、そういうことはわたし、あんまり興味ないので」
「……じゃあ、なにが目的だって言うんだ」
「1つだけ、わたしのお願いを聞いて欲しいだけなんです」
「それを世間では脅すって言うんじゃないか?」
お願いだなんて、可愛い言い方をされても俺は誤魔化されないぞ。
そんな証拠まで押さえられてしまっては、俺に選択権などないではないか。
今、土屋さんに告白されたことを皆にバラされるのはまずかった。
そんな事実がファンクラブ会員に伝わったらと考えたら背筋が凍ったし、俺も今はまだそんな状況を望んではいなかった。
だから、松本さんにはそのことを黙っていて欲しくて。
まずは、松本さんの要求を聞いてみるしかなかった。
一体、松本さんがなにを言い出すのかと、俺が身構えていると。
「わたしも、勉強会に参加させて欲しいんです」
求められた要求は、意外なものだった。
もっとお金とか、定期テストの問題を職員室から盗んでこいとか、そういうことを言われるかと思っていた。
にしても……。
「……勉強会をするってことも、知っているのか」
「はい、全部見ていたので」
どうやら松本さんは、本当に読唇術とやらをマスターしているらしい。
今後一切、松本さんの前では内緒話はしないと誓おう。
それから、なぜ勉強会に参加したいのか、その理由を松本さんに聞いてみた。
「わたしが不登校気味なのは知っていますよね?」
「ああ」
「だからわたし、あんまり学校の授業についていけてなくて。それで誰かに勉強を教わりたいと思っていたんですけど、親しい友人もいなくて。それでたまたま土屋さんが告白している場面を見かけて、勉強会をするらしいっていうのも分かって。わたしも頭のいい土屋さんに勉強を教えてもらえたらなあって思って、それで森本くんに話しかけさせてもらった次第です……」
そういうことだったのか。
まあ、学校の授業についていけていなかったり、友達がいなくて頼れる人がいなかったり、その状況については俺もつい先日まではまったく同じだった。
だからその松本さんの悩みには、どこか俺も共感してしまう部分があって。
「で、でも! もしわたしがお邪魔でしたら、ぜんぜん断って頂いて構いません! ……ただ、その教わった内容を後でわたしにも教えていただいたりできればなあ、と。ほら、人に教えることが1番の勉強になるって、よく言いますよね?」
「たしかに、聞いたことはあるな」
聞いたことはあっても、実践したことはなかったが。
一連の松本さんの発言から察するに、松本さんは本当に俺を脅すつもりはないらしい。たまたま勉強会があることを知って、それに参加したいと考えただけのようだった。
不登校の彼女を心配できるほど、俺も充実した高校生活を送れているわけではない。
だがそれでも、困っている彼女の力になってあげたいという思いが、どこからか湧いてきていた。
松本さんは俺たちを気遣って、後でわたしに勉強を教えてくれるだけでいいとも言ったが、正直、それは無理な話だった。
おそらくこの2週間、俺は自分のためだけの勉強に精一杯になるだろうし、松本さんに勉強を教える時間を確保できるような気がしていなかったのだ。
だから……。
「今から一緒に、土屋さんの家に行こうか」
「え!? い、いいんですか?」
「ああ。一緒に勉強を教えてもらえるように、土屋さんにお願いしに行こう」
「あ、ありがとうございます!」
「別に俺がお礼を言われることじゃないけどな……。やっぱりこういう時って、なにかお土産とか買って行ったほうがいいかな?」
「そ、そうですね! それがマナーってものなのかもしれません!」
「じゃあ駅前のデパートに寄ってから、土屋さんの家へ行こうか」
「そ、そうしましょう!」
そうして俺は、松本さんと土屋さんの家へ向かうことにした。
下校途中に、駅前のデパートでお土産のドーナッツを買い、手紙に書かれていた土屋さんの家を目指した。
そして約束の時間ちょうどくらいに、土屋さんの家へと辿り着いた。
土屋さんの家は立派な一軒家で、外から見ただけでも分かるほどに洒落た家だった。
この家の飼い犬になれたら、きっと幸せに過ごせるんだろうな……。
ピンポーン、とインターホンを鳴らし、しばらくして玄関の扉が開いた。
玄関から出てきた土屋さんは、私服姿だった。
深緑色のシンプルな柄のトップスに、黒色の丈の長いスカートをはいていて、それはまるで雑誌のモデルのようだった。
校則では禁止されている、きらびやかなイヤリングも両耳につけていて、土屋さんは完全装備と言わんばかりの姿だった。
そんな土屋さんは俺たちを視界に捉えると、一気に顔をしかませた。
「…………森本くん。どうして、女の子と一緒にいるわけ?」
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