森本 司の続・体育祭
第25話
「私、森本くんのこと好きだから。他の誰にも、あなたを譲るつもりはない」
そう言った土屋さんの頬は、少し紅く染まっていた。
それでもこちらをじっくりと見ている彼女の目は、実に真剣なもので、そんな彼女の佇まいに俺は圧倒されてしまった。
土屋さんの告白は、なにかタチの悪い罰ゲームや冗談、というわけではなさそうだ。
そう考えることも失礼に思えてしまうくらいに、土屋さんの告白からは本気だった。
……土屋さんは、俺のことが好き。
そう心の中でもう一度唱えてみても、いまいち実感が湧いてこない。
「別に、今すぐこの告白の返事を求めてるわけじゃないのよ。森本くんをびっくりさせちゃったと思うし、きっと今の森本くんは混乱していると思うから。だから、私という人間を森本くんが知ってくれてから、告白の返事はその時でいい。……ただ、森本くんには私の気持ちを知っておいて欲しかったの」
「あ、ああ」
俺はそんな生返事を返すことしかできなかった。
俺は今までの人生で、誰かに告白されたことなど、一度もなかった。
だからこういう時、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
無論、誰かに好かれる、ということはとても嬉しいことだ。
相手は勇気を持って告白までしてくれて、嬉しくないはずがない。
ただやはり、返事を今すぐにとはいかなかった。
俺の恋愛経験が浅いのもそうであるし、土屋さんの告白が俺でも分かるくらいに本気だったからこそ、俺も本気でその告白に応えたいと思ったのだ。
冴えない一般高校生の俺がなに偉そうなことを言っているんだ、と自分にツッコミをいれながらも、その気持ちがブレることはなかった。
だから土屋さんの言葉に甘えて、告白の返事は少し待ってもらおうと思う。
ただ、俺には1つ、土屋さんに質問があった。
「……1つだけ、聞いてもいいかな」
「なにかしら?」
「どうして、俺なんだ?」
まさかそんなセリフを、俺の人生で言う瞬間がくるとは思わなかった。
と、そんなふざけたことを言っている場合ではなくて。
俺と土屋さんは今日はじめて喋ったし、接点だって今日までほぼなかったはずだ。なのにどうして、土屋さんは俺のことを好きになってくれたのか。
あまり接点のない人を好きになる理由として、考えられるのはまず一目惚れだろう。
しかし土屋さんが俺に一目惚れしてくれたという可能性は、限りなく低い。
俺の容姿は、飛び抜けていいものではなかったし、見た目を意識して何か努力をしているわけでもなかったから。
次点に、俺がなにか善行をしている場面を土屋さんに見られたという可能性がある。
しかし道端で捨て猫を拾ったり、重い荷物を運んでいるおばあさんを助けたり、そういった善行を最近行った記憶はなかった。
だから、土屋さんが俺のことを好きになってくれた理由が分からないのだ。
「……1つ、あなたを好きになった明確な理由があるわ」
「それって?」
と、俺が安直に答えを求めると、土屋さんは悪戯に笑った。
「それは森本くんが私のことを好きになったら、教えてあげる」
「なにそれ」
「というか、そろそろ気がついてくれてもいいと思うのだけれど。さすがの私も少し凹んでくるってものよ」
「ん? 俺はなにに気がつかなくちゃいけないんだ?」
「知らないっ」
「えぇ……」
今の土屋さんの口ぶりからして、俺は何か重大なことに気がついていないらしい。
今まで気がついてこなかったのに、そう言われてすぐに気がつけるわけもなく、俺は頭の上にはてなマークを浮かべるしかなかった。
「まあ、とにかくそういうことだからさ、今日から私はキミにどんどんアタックしていくわ。覚悟しておきなさいっ」
土屋さんはキメ顔でそう言った。
「……もしかして勉強を教えてくれるっていうのも、アタックの一環なのか?」
「まあ、だいたいそうね。キミとの接点が欲しかったし、放課後もキミと過ごしたいと思ったから。ただ、勉強はちゃんと教えるつもりよ。だってキミ、相当成績悪いでしょ?」
「そ、そんなことないもん!」
「誤魔化そうとしなくていいから」
どうやら土屋さんには、俺の成績が悪いことがバレてしまっているみたいだった。そんな俺の情けない部分を知っても尚、俺のことを好きでいてくれているって一体どういうことなんだか。
「まあ、どんどんアタックするとは言っても、学校じゃあんまり話しかけないようにするわ。私はあまり気にしない……とは言っても、現実はそういうわけにはいかないものね。その分、放課後は存分に……ぐへへへへっ」
「なにその気持ち悪い笑い方」
「私は別に、授業中はずっと手を繋いで授業受けてもいいのよ?」
「そんなバカップルみたいなことするか!」
「授業中、先生にバレないように、絵しりとりしたりだとか」
「それはちょっと面白そう……」
さすがはクラスの中心になって、クラスメイトの顔を伺ってきた土屋さんだ。
自分の行動がどれだけ周りの人間に影響を及ぼすのか、よく理解しているみたいだった。
教室で土屋さんと懇意に話していたら、いつ誰に刺されてもおかし——。
俺はその時、ようやく気がついた。
こそこそとずっと喋っていた俺たちを、遠くから不機嫌そうに睨みつけていた、なつみの姿に。
そういえば、俺となつみの策略は失敗したんだったな……。
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