第26話
「随分と楽しそうに、土屋様と話していたじゃない」
「つ、土屋さんは優しいからな。こんな俺でも仲良くしてくれるんだ」
「……ふん、どうだか」
借り物競走が終了し、次の競技である徒競走が始まるまで教室に戻ろうとしていた俺は、なつみに捕まった。
そして例によって、元文芸部の部室で俺たちは緊急会議を開いていた。
もちろんその内容は、先ほどまで行われていた借り物競走のことで。
「あたしたちの細工がうまくいかなかったっていうのに、随分と呑気なものね。しかしどうしてあたしたちの細工は、うまくいかなかったのかしら……」
準備は完璧だったはずなのに、となつみは嘆いていた。
結局、どうして土屋さんの引いたお題が『謝りたい人』だったのか、俺にも分からないままだった。
1レーンの土屋さん以外の走者のお題は、たしかに『好きな人』になっていたし、土屋さんだけ違うお題を引いたのは、明らかに不自然なのだ。
「2度とこういうことが起こらないように、なんとか原因を突き止めておきたいところだけれど、理由にまるで見当がつかないのよね……。近くで見ていたあんたは、なにか気がついたことあった?」
「いいや、特には。……というか、なつみは俺のことを疑ったりしないのか?」
「はあ? なんであたしがあんたのことを疑わなくちゃいけないわけ?」
わけがわからないというジェスチャーを、なつみは俺に見せつけてくる。
そんななつみに、俺は自分の見解を説明する。
「俺がお題の紙を作るときになんらかのミスをしてしまった、って考えるのが1番自然じゃないか?」
「ミスをしたの?」
「いいや、そんなことをした覚えはないが」
「そう。なら、疑う必要はないじゃない」
以前までのなつみなら、真っ先にそれを疑って俺を単細胞呼ばわりしてきそうであったが、どうやら今日はそういうつもりはないらしい。
実際、その説は間違っていた。
俺は『謝りたい人』なんていうお題を作った記憶がなかったし、土屋さんの持っていたお題の紙に書かれていた文字は明らかに俺の筆跡ではなかったからだ。
「まあ、それを考えるのはまた今度の機会にしましょう。次の徒競走の準備にもうすぐ向かわなくちゃならないしね。……ただ1つだけ、今ここであんたに確認しておきたいことがあるのよ」
「なんだよ」
「土屋さんと一体、なにを話していたの?」
告白されていた。
と素直に言う必要はないだろう。
第一、ファンクラブ会長を前にして、そんなことを言えるはずがない。
もしそんなことを言えばどうなるかなんて、想像もしたくなかった。
ただ、なつみにてきとうな嘘をつくのは躊躇われて。
もちろん俺が自然な嘘をつけるほど頭の回転が良くないというのもあるが、なつみに嘘をつくのはなんだか気が進まなかった。
それは今日のなつみの暗躍を知っていて、俺の中でなつみの活動にリスペクトが生まれ始めたからかもしれない。
「この間の数学の授業中に凝視されていたことを謝られていたんだ」
「まあ、そんなところよね。あんたと土屋様の間に何か起こるはずも——」
「そのお詫びに、来週から勉強を教えてもらえることになった」
「はあああああっ!? ぜんっぜん意味わからないだけど!? どういうこと? いつ? どこで?」
「放課後に土屋さんの家で」
「はああああああああああっっっっ!?」
そのなつみのリアクションは、テレビに出ているお笑い芸人顔負けのリアクションだった。
「…………ちょっと待って。頭の中を整理させて」
よほど、俺の発言が受け入れ難かったのか、頭を抱え、なつみは深く考え込む体制に入った。
数十秒後、ようやく事実を受け入れられたのか、なつみは立ち上がった。
「そういう夢を見たのね?」
「もう一回、頭の中を整理してきてくれ」
「だっておかしいじゃない! なんであんたなんかに、土屋様が勉強を教えなくちゃならないのよ! あたしでもそんな無駄なことしようと思わないわよ!」
「無駄なことって……相変わらず酷いこと言ってくれるな」
「あんたがその事実を平然と受け入れているのも、とてもとてもとても気に入らないわね! 少しは動揺したりしなさいよっ。あの土屋様から勉強を教わることができるのよ? 泣いて喜びなさい!」
無茶なことを要求してくるなつみだった。
まあ、俺は土屋さんに告白されたからこそ、この話を受け入れられているところはある。土屋さんの俺への好意を知らなければ、今の話の辻褄の合わなさに動揺するのも無理はないだろう。
しかし、まさか告白されたと告白するわけにはいかないので、このままなつみには受け入れてもらうしかなく……。
「……とっても、とっっっっっっっても受け入れ難い事実だけれど! 後でじっくりあんたを問い詰めるけれど! 今はいい機会だと前向きに捉えることにするわ。借り物競走の細工に失敗した今、土屋様のことをより知る機会をあたしたちは欲していたしね。その勉強を教えてもらう機会は、まさに土屋様のことを知れる絶好の機会じゃない」
「そうかもしれないな」
「だからあんたを新たに、親衛隊に任命するわ」
「おい待て! 俺に変な役職を増やすな!」
「変な役職とは失礼ね。このファンクラブ会員の中で親衛隊の称号を持つのは、あんたで2人目なのよ? 光栄に思いなさい」
「ちなみに1人目は誰なんだ」
「幹部の山崎さんよ。彼女もまた、クラスメイトファンクラブ代表兼親衛隊の称号を持っているわ」
話の流れでつい1人目のことを聞いてしまったが、そんなことはどうでもよかった。とにかく俺が親衛隊になるという話の流れを、回避しなければいけない。
幹部だけでなくもう一つ役職を増やされてしまえば、余計にファンクラブから退会しずらくなってしまう。
「俺は……」
「親衛隊っていうのはね、日常生活でも土屋様に積極的に関わっていく、とても名誉ある役職なの。実際山崎さんは、土屋様の周りでいつも形成されている『土屋グループ』に参加していて、土屋様から『ザッキー』と呼ばれるまでにその関係を深めているわ」
「だから俺は……」
「おめでとう、司。これであんたもダブル役職持ちね。これからもファンクラブのために身を粉にして働きなさい。あたしはもう徒競走の準備に行かなくちゃならないから、詳しい話はまた今度。じゃあ、また!」
そう俺に有無を言わさず、なつみは元文芸部室から出て行ってしまった。
そういえば、なつみは強引なやつだったな……。
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