第24話

「はい、まず1番に1レーンの走者の方がやってきました! 最後の50メートルの走りは圧巻でしたね、さすが土屋さんです! そしてお題を確認しましょう! お題は…………『謝りたい人』です」


 そして、作り上げたこの状況。

 私が本気を出せば、このくらいの状況を作り出すのは雑作もなかった。


 まもなく係のものが、私に問いかけてきた。


「このお題に間違いないですか?」

「ええ、私は彼に謝りたいことがあります」

「はい! 合格です! 1着おめでとうございます!」


 時間が押していたのか、係は詳しいことについて聞いてこなかった。


 それから別の係のものがやってきて、私と森本くんを1位と書かれた旗の後ろに並ばせた。

 おそらく後でポイントを計算するためだろう。


 案内されるがままに、私たちはそこへ座り込んだ。


 しばらくして、走って息が上がっていたのをようやく落ち着かせた森本くんが、私に疑問を投げかけてきた。


「色々と納得いかないことはあるけど……『謝りたい人』に俺を指名してくれたのは、一体どういうことなんだ?」

「1週間くらい前の数学の授業中のことで、森本くんに謝りたいことがあるんだけど、覚えてる?」

「…………あ! もしかして、俺のこと煽ってきたやつか?」

「煽ってないのよ! 誤解なのっ」


 私は思わず大きな声を出してしまい、前に並んでいた他の競技参加者たちのことを振り向かせてしまった。

 「ごめんなさい」と謝りながら、森本くんにしか聞こえないくらいの小さな声で、話の続きを話し始めた。


「あれは誤解なのっ」

「どう誤解なんだ?」

「それは……」


 しまった。

 この状況を作り出すことに精一杯で、言い訳を考えるのを忘れてしまっていた。ここまでの流れは完璧だったのに、最後の最後で詰めが甘い。


 いつもの私ならこんな失態、絶対に犯さないのに……。

 森本くんのことになると、どうしても思考が鈍ってしまう。


「コ、コンタクトを落としちゃってね。それで黒板が見えなくて、森本くんに板書を見せてもらおうと凝視して合図を送っていたの」

「そういうことだったのか……じゃあ鼻で笑ったのは?」

「は、鼻くそが鼻に詰まってたから、鼻息で取り除こうとしてたのよ」

「…………。意外と土屋さんもそういうことするんだな……」

「嘘よ! 嘘っ! 私は断じてそんなことしないわっ」

「どっちなんだよ……」


 たしかに誤解を解くのが最優先であるが、誤解を解こうとして逆に変なイメージを持たれてしまうのは、さすがに抵抗がある。


「と、とにかく何か悪意があったわけじゃないから、そこのとこよろしく!」

「……すげえ雑に話をまとめたな」

「な、なにか文句でもあるわけ?」

「ないですけども」


 これで、ひとまず誤解を解くことができた。

 借り物競走での私の策略は、大成功と言って申し分なかった。


 しかし、これでようやく私はスタートラインに立てたのだ。

 すべては、これからだった。



 私がずっと気がかりなのは、石田さんの存在だ。

 

 石田さんと森本くんがどういう関係なのか、それは詳しくは分からない。

 分かっているのは、2人がかなり親しい関係にあるということだけ。


 私はそんな石田さんに負けていられなかった。


「ねえ、森本くん」

「今度はどうしたんだ」

「来週から、私が森本くんに勉強を教えてあげるわ」

「なんで?」


 土屋くんは本当に意味が分からないという顔をしている。


 まあ、当然の反応だろう。

 私たちがリアルで話すのは今日がほぼ初めてであるし、突然にそんな提案をされて驚かない方がおかしいだろう。


 しかし、もう私は猛攻を仕掛けることに決めたのだ。


「この体育祭が終われば、もうすぐ初めての定期テストだからよ」

「それ理由になってなくない?」

「じゃあ、この度の粗相のお詫びということで」

「この件に関しては、そこまで気にしてないし、そんな気を使わなくても大丈夫だぞ」

「私が気にするし、大丈夫じゃないの」

「……高い授業料でも俺から搾り取るつもりなのか?」

「そんなわけないじゃない。むしろ私がお金を払ってもいいくらいよ」

「そっちの方が怖いわ!」

「今なら初回限定、大サービス! なんと性教育も……」

「…………え?」

「……なんでもないわ」

「いまなんか、とんでもないこと言おうとしなかった?」

「してないわ」

「なにかを大サービスするとか」

「言ってないわ」


 しまった。

 リアルの森本くんと話せたのが嬉しくて興奮してしまい、危うく下ネタを言いそうになってしまった。


 さすがにこんな公衆の面前で、下ネタを言うわけにはいかない。


 強引すぎる私の誤魔化しに、俺の聞き間違いでよかったよ、と森本くんも都合よく納得してくれた。

 日頃の行いが良くてよかった。


「……でも、そこまで土屋さんが言ってくれるなら、勉強を教わろうかな。実際、勉強をなんとかしなくちゃいけないと思っていたのは事実だし、自分1人じゃどうにもならなくて困ってたしな」

「じゃあ、決まりね! 来週の月曜日から放課後は私の家に集合で!」

「土屋さんの家!? それは色々とまずくないか?」

「なんで? 親も仕事で帰ってくるの遅いし、問題なくない?」

「むしろまずい要素が増えたんだが……」

「ちなみに私が設定する一日のノルマをクリアしないと、帰宅させないから」

「なんでそんな鬼畜設定もついてくるんだよ……」


 私でもこなせないようなノルマを設定して、森本くんを永遠に家に帰らせないのも面白そうだな。

 流石にそれは冗談だとしても、夜ご飯くらいは一緒に食べられたらなあ。



 なんて考えていると、引き続き行われていた借り物競走では、8巡目の走者がゴール地点に辿り着いたようだった。


「はい、最初に1レーンの走者の方がやってきました! お題を確認しましょう! お題は…………『好きな人』です!」


 1レーンの走者の男子生徒は、どうやら部活の顧問の先生を借り物として連れてきたようだった。

 この状況で部活の顧問を選ぶとは、よほどいい関係が築けているのだろう。


 しかしまた、『好きな人』というお題なのか。

 

「1レーンの箱って、『好きな人』というお題しか入っていないみたいね」

「……そう、みたいだな。まあ、だから俺も焦ったんだよ。土屋さんも1レーンで『好きな人』っていうお題を引いたと思っていたから、土屋さんの好きな人が俺なんじゃないかって考えちゃってな。まさかそんな——」

「ええ、そうね。その通りよ」

「え」


 私の言葉に耳を疑っている彼の耳元に、私はそっと囁くように言った。




「私、森本くんのこと好きだから。他の誰にも、あなたを譲るつもりはない」

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