第12話

「…………はあ」


 今日は久々に、一睡もできなかった。


 理由は言うまでもない、昨日のゲーム通話中にTSUKAくんが言い放った一言の真相が、ずっと気になって頭から離れなかったからだ。


『明日からゲーム通話の頻度が少し減っちゃうかも』


 その言葉の真相を私はTSUKAくんに問い詰めたが、私がその前のTSUKAくんの話をよく聞いていなかったのが原因で、詳しく話してもらえなかった。


 それまで自分の話を全く聞いていなかった人間に、同じ話をもう一度するほどお人好しな人はそういないだろう。


 ちゃんとTSUKAくんの話を最初から聞いていれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。


 なんだかうまくいかないなあ。

 私の今までの人生で、ここまで思い通りにいかないことはなかった。


 

 TSUKAくんはあくまで、可能性の話だと言っていた。

 本当にゲーム通話の頻度が減ってしまうかはまだ分からないし、もしかしたら何事もなく今まで通りのままかもしれないそうだ。


 そんな可能性の話をするのは申し訳ない、それでもいつも一緒にゲームをしてくれるaiさんにはちゃんと事前に伝えておきたかった、とまでTSUKAくんは言ってくれた。


 TSUKAくんが私のことを大事に思ってくれていることが、じんわりと伝わってくる。


 無論、私は今まで通りのままであって欲しいが、TSUKAくんとのゲーム通話の頻度が減ってしまうかもしれない、という覚悟はしておいた方がいいだろう。


 彼のプライベートに口を出すほど、私も傲慢なわけではない。

 ただ、遠慮するつもりもなかった。



 にしても、TSUKAくんはどうして急にそんなことを言い出したのだろうか。


 学校でのTSUKAくんの様子を見るに、TSUKAくんが何か部活動に入ったようには見えなかったし、放課後は誰よりもいち早く帰宅に励んでいた。


 ゲーム通話の頻度が落ちてしまうほど、TSUKAくんのリアルが充実したようには考えられないのだ。

 

 まあ、そんな一人で考えても分かりそうにないことを、永遠に考えていたってしょうがない。

 

 今日はとりあえず、土屋愛としてTSUKAくんに謝るのだ。


 ……そしてあわよくばお近づきになり、なぜゲーム通話の頻度が減ってしまうのか、その理由も探れたらいいなと思う。

 



 ——そんな私の計画は、完璧だったはずであるのに。


「ツッチー、そういえば昨日のYouTubeみたー? 昨日の企画、めちゃくちゃ斬新で面白かったよね〜」

「明日の理科って理科室で実験だよね? 楽しみだなあ」

「沢江さん、今日放課後は空いていたりする? ここにいるみんなでボーリングに行く予定なんだけど、一緒にどうかな?」



 いつものように絶えずクラスメイトたちから話しかけられ、放課後になっても、森本くんに話しかけることができていなかった……。


 休み時間はクラスメイトたちに囲まれてしまい、まさか授業中に話しかけるわけにもいかず、いよいよ放課後になってしまったのだ。


 すぐ隣に彼がいるっていうのに、どうしてそんなことすら……。



 隣に座っている森本くんは、机の中のものを鞄にしまい始め、帰りの支度をそろそろ終えてしまう頃だった。

 

 何かアクションを起こさなければ、手遅れになってしまう。

 でもクラスメイトたちから話しかけられたことに対しても、返答しなくちゃいけなくて。


「昨日のYouTube見たよ、理科室でボーリングやるやつだよね」


 しまった。


 森本くんのことで頭がいっぱいで、ついてきとうな返事をしてしまった。

 私は今までに一度だって、クラスメイトから話しかけられて、てきとうな返事をしたことがなかったっていうのに。


 これじゃあ今まで積み上げてきた、私の完璧超人のイメージが……。


「そう、それそれ! 理科室の危険な備品たちに囲まれながらボーリングをやる、あのスリルがたまらなく面白かったよね! 塩酸の瓶の傍を通り過ぎて、人体模型を倒しちゃった時はめちゃくちゃ笑ったよ!」

 

 え? 本当にそういう企画だったの?

 どんな企画なのそれ、人体模型さん可哀想……。


 まあ何がともあれ、奇妙な企画を計画してくれたYouTuberに助けられた。

 これで私の完璧超人のイメージは守られた。


 しかし、焦らなくてはいけない状況は依然として変わらない。


 森本くんは次の瞬間にはもう帰宅してしまいそうだし、ここは強引にでも話しかけなければ、今日彼に謝ることが難しくなってしまう。


 できるだけ、早く彼に謝りたい……!


 そうして、私が強引にも席を立とうとした時だった。

 その光景が私の視界に映り込んできたのは。



「行くわよ」

「ん」


 黒髪ツインテールの髪型をした女子生徒が森本くんに話しかけ、それに素直に応じた森本くんが、彼女の後を追うように教室を出ていったのだ。


 ——————っ、ま、まさか。


 ゲーム通話の頻度が減るかもしれないというTSUKAくんの発言。

 まさに今、目前で見た二人のやりとり。

 認めたくはないが、その結論に至る証拠は十分に確認できた。



 TSUKAくんに、彼女ができたかもしれない。


 ……この完全無欠完璧美少女である私が、出し抜かれたとでもいうの? 

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