森本 司の細工
第13話
「それではこれから、土屋愛ファンクラブ、定例ミーティングを始めます」
6時間目が終わった後の放課後、去年残念ながら廃部となってしまった元文芸部の部室にて、それは厳かに行われていた。
現在、部屋には俺を含めて5人の生徒がいる。
男3人、女2人という内訳だ。
その内、2人は俺と同じクラスの石田さんと、たしか……山崎さん。
残りの2人の男子生徒のことを、俺はよく知らなかった。
ただ2人とも俺たちとは上履きの色が違ったので、上級生であることは推察できた。
ちなみに誕生日席には、石田さんが座っている。
この集まりの司会や進行も石田さんがやっていて、それに異論を唱える生徒は、この場にいる生徒の中にはいなかった。
昨日、「八つ裂きにする」となつみに脅されていた俺は、仕方なくその場に赴いていた。なんで俺がこんな会に参加しなくちゃならんのだ……。
「司! 司っ! ミーティング中よ、シャッキとしなさいっ」
ぼけっとしていた俺は、なつみにそう話しかけられて我に返った。
「か、母さん?」
「何言ってんの? バカなの? 死ぬの?」
目前に母親の姿はなく、そこには石田さんの姿があった。
俺のことを司と呼ぶ人間は、両親以外には誰一人としていない。
だから母親に呼びかけられたと、思わず勘違いしてしまったのだ。
「その……、司ってのはどういう風の吹き回しだ?」
「あたしたちはね、幹部以上の役職を持つ会員をファーストネームで呼ぶ決まりになっているのよ。あたしたちには、休み時間に緊急で話さなくちゃいけないことだってあるし、その時には他の生徒の目がある。敬語で仰々しく喋っていたら、あれはなんの集団なんだって怪しまれてしまうでしょう? だからまるで10年来の友人かのような態度を、日頃からとるようにしているのよ」
「本当に徹底しているんだな……」
「当たり前よ。だからあんたもここにいる人のことは、ラストネームで呼びなさい。あたしもあんたにラストネームで呼ばれるのは癪だけれど、こればかりは仕方ないと割り切るから」
毎回、一言多いんだよな……。
しかし、本当にファンクラブのことになると石田さ……いいや、なつみは手を抜かないな。
その徹底ぶりには、思わず感心してしまうものがある。
「ほら司、ぼけっとしていないで、みんなに自己紹介をしなさい」
なつみに言われた通り、それから俺は自己紹介を始めた。
名前と、自分が土屋さんの隣の席の人間であることを皆に伝えた。
それを伝えると、羨む視線で見られたり嫉妬に近い視線まで浴びせられた。
うん、気がつかなかったことにしよう。
それから、他の幹部からも自己紹介をしてもらった。
ここにいる者たちは本当に厳選された選ばれし幹部だった。
クラスファンクラブ代表、2年生ファンクラブ代表、3年生ファンクラブ代表と、それぞれが重役を担っているようで、たまたま隣に席になっただけの俺は、明らかに場違いだった。
帰りたい……。
「今日の定例ミーティングでは一つ、話さなくちゃいけない議題があるのよ」
そうなつみが前置きすると、幹部たちはより一層、集中力を高めてなつみの話に耳を傾けていた。
俺もそれに倣って、なつみに熱視線を向けたら、嫌そうな顔をされた。
じゃあどうしろってんだよ……。
「来週に控える、体育祭について話し合わなくちゃいけないの」
「体育祭?」
「そう。うちの学校の体育祭は例年5月の頭に行われる、そこそこ大きな学校行事よ。その体育祭に向けて、あたしたちも話し合っておくべきことがあると思うの」
一体全体、体育祭の何を話し合うんだと、思っていた俺は浅はかだった。
次の瞬間には俺の目前で、白熱した議論が交わされ始めたのだから。
体育祭で、全校生徒から注目の的になるであろう土屋愛を、どう護衛するのか。
それが議論の主な論点だった。
ああでもない、こうでもない、意見を出し合って結論を導いていっている。
どうやら体育祭を運営する生徒会にもファンクラブ会員がいるようで、どのような協力を仰ぐのか、その話も行われていた。
生徒会や教職員にも会員がいて、実は学校で一番の実権を持っているのは、このファンクラブだったり……なんて思ったりもして。
その議論の行末を、議論からおいてけぼりの俺が傍観していると、ポケットのスマホが振動した。
ほぼ滅多に振動することのない、俺のスマホ。
もしかして、なにか緊急事態でも起こったのかと思い、皆にバレないようにそうっとその振動の原因を確認すると……。
『TSUKAくん、忙しいとは思うんだけど、今日よかったらゲーム通話しない? 何時からでもいいから、返信待ってます!』
そこには、aiさんからのメッセージが表示された。
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