第14話
定例ミーティングは下校時間ギリギリまで行われ、俺が自宅へと帰ってこれたのは、7時半だった。
でも激しい議論の末に行き着いた結論は、土屋愛が体育祭でなんの競技に出場するか分からなければ、何も具体的な対策を打てないというものだった。
徒競走に出るのか、球技に出るのか、はたまた別の競技に出るのか。
それぞれに適した対応の仕方がある。
土屋さんがなんの競技に参加するのか、対策を練るのはそれを知ってからの方がよかった。
うちのクラスの競技決めは来週の月曜日に行われることになっていて、来週の月曜日の放課後にまたミーティングが開催されることが決まった。
ろくな意見も出さなかった俺は、戦力外通告をされることを待ち侘びていたが、逆に次のミーティングも必ず来いとなつみに釘を刺されてしまった。
なんでだよ……。
帰宅後、俺は風呂に入り、夕食を食べ、明日までの宿題をこなした。
結局、aiさんにゲーム通話の準備ができた、というメッセージを送れたのは、夜の11時過ぎだった。
昼にaiさんからメッセージを受け取った俺は、『今日はゲーム通話を始める時間が、かなり遅くなってしまうかも』と返信した。
いつもは通話を始めるのが夜遅くの時間になってしまうかもと言うと、今日はゲーム通話をするのを辞めようかという話の流れになる。
昨日も一昨日もゲーム通話をしていたし、今日はゲーム通話をやらない流れになるんじゃないかと俺は予測していた。
しかし今日のaiさんはやけに積極的で、どうしても今日、ゲーム通話をしたいようだった。
そうして11時すぎから、ようやく始めることができたaiさんとのゲーム通話。
やはり、今日のaiさんはどこかおかしかった。
別に、受け答えはいつも通りであったし、ゲームの腕前やゲームに対しての熱力もいつもとなんら変わりなかったのだが。
「ち○こ!」
「……………………」
下ネタがいつもより雑なのだ。
下ネタをこよなく愛し、誰よりもプライドを持って下ネタを使うaiさんだ。
こんな雑に下ネタを言ったりすることは、滅多にない。
いつものaiさんを知っている俺からしてみれば、aiさんが自暴自棄になっているようにしか思えなかった。
「aiさん、今日なにかあった?」
「なにかって?」
「なんか調子でも悪いんじゃないかなあって思って」
「わ、悪くないもん!」
「ほら、いつもならここで下ネタの一つでも言うだろ」
「ち○こ!」
「やっぱりおかしいんだよな……」
ち○こ! と相槌を打たれて、いやそうじゃないだろと思う俺も大概であるが、やはり今日のaiさんからはらしさを感じられなかった。
「こんな俺でよければ、相談に乗るよ?」
「う、うん。ありがとう。でも大丈夫だから!」
「やっぱり、俺じゃ相談相手にはなれないか……」
「そういうことじゃなくってね。TSUKAくんだからこそ、ダメっていうか……」
「それって、言ってること変わってなくない?」
「変わってるよ!」
と、aiさんは意固地になって主張を変えなかった。なぜそこまで意固地になるのか……。
すると、どうしてもその主張を俺に信じて欲しいのか、背に腹は変えられないと言って、ついにaiさんは語り出した。
「……私、謝らなくちゃいけない人がいるのよ」
「謝らなくちゃいけない人?」
「うん。私がその人に一方的に嫌なことをしちゃって、その人を不快な気持ちにさせちゃったんだ。だから謝らなくちゃいけなくて」
「なんて下ネタ言ったんだ?」
「下ネタを言ったわけじゃないわい! 私、リアルじゃ滅多に下ネタ言わないしっ」
「そ、そうなのっ!?」
「なんでそんなに驚くのよ、当たり前でしょ……」
なぜか俺が非常識かのような、言い方をされた。
いつも非常識な下ネタを好んで叫んでいるのはあなたですよ。
しかし、俺にとっては衝撃の事実だった。
だって、あれだけ下ネタを愛しているaiさんだ。
リアルでも、下ネタを乱用しているとばかり思っていた。
「ごめんごめん、話の腰を折っちゃって。続けて」
「何度も何度も謝ろうとしたんだけど、ずっとタイミングを逃し続けちゃってさ。このままずっと謝れなかったら、どうしようとか思っちゃったりもして。その矢先に、ちょっと嫌なことっていうか、ジェラシーを感じる出来事があって、今ぐちゃぐちゃな感情になってて……」
「そうだったんだ」
いつも下ネタばかり言っていて幸せそうなaiさんでも悩むことがあるんだなあ、と思っていると、aiさんから予想外の質問がとんできた。
「…………ね、ねえ、TSUKAくんってその、彼女できたりした?」
「なぜ今の話の流れから、その質問がやってくる?」
「いいから答えなさい!」
「勢いで誤魔化そうとしてる……」
なぜそんなことを聞いてくるのか意味が分からなかったが、それを俺が答えることによってaiさんが楽になると言うのなら……。
「彼女なんて出来てないよ」
「ほんとのほんと? 嘘じゃない?」
「どんだけ俺に彼女いて欲しくないんだよaiさんは……」
本当に彼女なんていないと、そのあと俺は虚しい主張を続けた。
なにがどうして、こんな虚しい主張をしなくちゃいけないんだ。
でもまあたしかに、自分に彼女がいない状態で、仲のいい友達に彼女ができたりしたら、ちょっと焦ったりすることってあるもんなあ。
それってすごくなんだか人間らしい感情で、そう考えると。
「あはははっ」
「な、なんで笑うのよ!」
「なんかちゃんとaiさんって実在したんだなって思って……」
「どういう意味よそれ」
俺の中でのaiさんは、地に足のつかない不思議な存在だった。
同じ学生で年も近いはずなのに、あまり親近感を感じなくて。
下ネタが大好きで、なにかあればすぐに下ネタばかり言って。
なぜかネカマを演じていて、その正体が全然透けてこなくて。
そんなaiさんからはじめて聞いた、人間味のある語りだった。
すごくaiさんの存在が、身近に感じたのだ。
まあそれでも結局のところ、俺から悩めるaiさんに言えることなんて何もない。
俺はこんな時、気の利いたことを言えるほど、人生経験が深くない。
未だにaiさんのことも分からないことだらけで、aiさんのプライベートに踏み込んでいく度胸もない。
けれどこんな俺でも一つだけ、aiさんに伝えられることがある。
それは、俺にしか伝えられないことでもあって。
それを正面から伝えるのは少し恥ずかしかったけれど、それでも落ち込んでいるaiさんを励ますことができるのなら、それを言わない選択肢はなかった。
「とにかくさ、なにがあっても、ここがaiさんの居場所だから。だからなにかうまくいかないことがあった時は、ここで発散してくれていいから」
ここでは思う存分、下ネタを言ってくれていい。
ありのままのaiさんで、居てくれていい。
「……っ、今の言葉をもう一度言いなさい!」
「何度も言えるような言葉じゃなかったのは、そっちだって分かってるだろ」
「拗らせ童貞のくせに、短小ね!」
「どちらかにはポジティブな言葉を入れてくれよ……」
「……挿れてくれ?」
「いつものaiさんが戻ってきてくれたようで何よりだ……」
それからaiさんは、いつもの調子を取り戻した。
なんだか塩らしかったaiさんも新鮮でよかったけれど、それでもやっぱり、いつものaiさんの方が俺は好きだった。
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