第11話

「今日、右隣の絶世の美少女に、なぜか凝視された上に鼻で笑われたんだ」

「…………ぇ?」


 それは一体全体、どういう事だ。

 私の知っている話とは違う。


 私はたしかに、森本くんに目を合わせて微笑んだはずだ。

 森本くんを鼻で笑ったつもりなどない。


「……鼻で笑われた?」

「そうなんだよ。それも突然のことで、その理由もよく分からなくてさ。その子になにか気に触るようなことをした覚えもないし、なんか怖かったんだよなあ」

「…………」


 瞬間、私はようやく思い出した。


 そういえば、私は昔からなんでもできる完璧超人だったけれど、作り笑いだけは下手くそだった。


 小学生の頃の集合写真の写真はすべて変顔になっていたし、中学生になってからは作り笑いをするのを辞め、真顔で写真に写るようにしていた。


 誰もが認める超絶美少女の私であれば、真顔で写真を撮っても絵になる写真が出来上がり、特に作り笑いの練習をする必要性を感じていなかった。


 だからそのまま、高校生になってしまって……。


 そんな自分の弱点など、少し考えれば思い出せていたはずなのに、目先の欲に盲目になってしまっていた。


「は、鼻で笑ったわけじゃあないと思うなあ……」

「いいんだ、aiさん。そんな雑なフォーローをしてくれなくても。分かっているんだ、きっと彼女は俺の何かが気に食わなかったんだ……」

「…………っ」


 それは誤解なんだよ! という言葉が喉元まで出掛かっていたが、それをaiである私が言うわけにはいかなかった。


 きっと森本くんは嫌な思いをしたに違いない。

 突然にあまり面識もない人から鼻で笑われる不快感は、容易に想像できるものだった。


「……aiさん? どうしかした?」

「ううん、なんでもないの」

「そっか、ならいんだけど。そういえば今日、放課後にも変なことがあって——」


 私は自分の作戦がうまくいっていなかったことがあまりにもショックで、それ以降の森本くんの話がまったく頭に入ってこなかった。


 せっかく今日、私の正体をTSUKAくんに明かせると思っていたのに、こんなていたらくでは、正体を明かすどころの話ではない。


 TSUKAくんを、不快な気持ちにさせてしまったのだ。

 自分の軽率で浅ましい行動が生んだ、この結果だった。


 さっきまで浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。

 自分にとって大切な人を、傷つけてしまっていたっていうのに……。




 ……いいや、切り替えよう。

 いつまでもウジウジと凹んでいる私ではない。


 凹んでいるだけでは何も解決しない。

 凹んでいるだけの私を都合よく誰かが救ってくれはしないし、自分でなんとかしようと思わなければ、解決の糸口すら見えない。


 私はそれをよく理解していた。



 ——まず、私は何をすべきだろうか。


 当然、TSUKAくんの誤解を解くことから、始めたい。

 そして鼻で笑ってしまったことを、正面から謝らせてほしい。


 きっとaiのままで誤解を解こうとしても、厳しいものがあるだろう。


 下手をすれば正体がバレかねないし、危ない橋は渡らず、もっと健全で誠実な方法でTSUKAくんの誤解を解くのだ。


 そうなると、やはり土屋愛として、TSUKAくんの誤解を解くのが一番だ。


 今すぐに誤解をなんとかしたい気持ちはあるが、明日も学校はある。

 焦ることなく、明日、誤解を解くことができればそれでいい。


 ピンチはチャンスという言葉があるけれど、そこからリアルの森本くんとも交友関係を築き上げていけたら尚更いい。


 ……そして、そのうちちゃんと、森本くんのことは落としてやる。


「——で、結局そのファンクラブってのに加入させられることになってえ……」

「え?」

「あれ、聞いてなかった?」

「……ううん。ちょっと考え事してて、全部聞いてなかったなんてことないよ」

「……全部聞いてなかったんか」

「ご、ごめん」

「いいよ、別に。知らない学校の話なんて、面白くないもんな」


 TSUKAくんが何かを話していたようだが、これからの自分の立ち回りを考えるのに夢中で、聞きそびれてしまった。


 まあいつも、TSUKAくん口からはゲームの話しか出てこないので、そこまでなんの話をしていたか気にする必要はないだろう。


「たださ、話の結論だけはaiさんにもちゃんと聞いておいてほしくてさ」


 しかしそんな私の考えとは裏腹に、TSUKAくんはどうしても私に何か伝えたいことがあるようで——。



「明日からゲーム通話できる日が少し減っちゃうかも」

「………………………………ぇ?」

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