第21話
「これから借り物競走を始めます。参加する生徒は速やかに、グラウンドへ集合してください」
そんな放送が校内に響いた。
護衛のため、なつみはスタート地点の方にスタンバイをし、俺は最後の直線50メートルの方にスタンバイをしていた。
しかし、やけにギャラリーが多いな。
競技に出場しないであろう生徒もトラックの周りにぞろぞろと待機していて、クラスメイトの応援にしては明らかに数が多かった。
これもやはり、土屋さん効果なのだろうか。
俺はそのギャラリーたちの5メートル後方くらいで、1人こっそりと借り物競走を見守ることにした。
俺はあまり人混みが得意じゃなかったし、そっちの方が何かあった時に動きやすそうだったからだ。
「それでは借り物競走を始めます。まず簡単なルールを説明します」
いよいよ競技開始時刻となり、まずはルール説明がなされた。
そこで説明されたルールは以前、なつみにされた説明とほとんど一緒だった。
付け加えることがあるとすれば、借り物競走のレーンは4レーンあること。
1位になると5ポイント、2位だと3ポイント、3位だと2ポイント、4位だと1ポイントというようにポイントを計算していき、最終的には合計ポイントで順位を争うそうだ。
『もしもし、司、聞こえる?』
「ああ、聞こえる」
『土屋様は順調に、あたしが細工した1レーンの7番目に並んだわ。ここまでは計画通りよ。そっちに何か問題は起きてる?』
「特に起こってない」
「じゃあ引き続き、警戒をよろしく。じゃあ一旦、切るわね」
「了解した」
なつみとは、いつでもスマホで電話を取れるようにしている。
なにかあった時に、すぐに連携が取れるようにとのことだった。
ここまできたらもう後は、ギャラリーの陰からそっと見守るだけだ。
「位置について、よーいドン!」
いよいよ、1列目に並んでいた生徒が走り始めた。
ギャラリーからは頑張れー、などと言ったありふれた応援の声があがっている。
走りだした走者たちをしばらく見ていて分かったが、意外と最初の障害物コースの難易度が高いようだった。
実際、多くの生徒がそこで躓き、タイムロスをしている。
やがて、お題が入っている箱が置いてあるテーブルへ走者たちが辿り着き始めると、それぞれお題が書かれた紙を箱から素早く取り出していた。
あの紙は、俺が一生懸命に汗水垂らして作ったものなんだ。
そう考えると、なんだか目から涙が……。
と意味の分からない感激をしている場合ではなく。
Iレーンの走者の引いたお題がしっかりと『好きな人』になっているか、まずはそれを確認しなければならない。
ゴール地点には係がマイクを持って立っていて、そこでお題を読み上げてくれるので、その瞬間を聞き逃さないようにしていればいい。
走者たちが思い思いに借り物を探す中、1人目の走者がゴールへと辿り着いた。
「はい、まず1番に3レーンの走者の方がやってきました! お題は……『親友』でした! お間違いないですか? はい、合格です! お幸せに!」
1番にゴールへと辿り着いた3レーンの走者の女子生徒は、どうやら女友達の1人を借り物として用意したようだった。
2人はお互いに少し照れていて、それはなんだか遠くから見ていても微笑ましい光景だった。
すべてがああ円満にいってくれるといいけどな……。
休みなく、今度は1レーンの男子生徒がゴールへと辿り着く。
「はい、2番目に1レーンの走者の方が走ってきました! お題は……『好きな人』! これは攻めたお題ですね……合っていますか? はい、合格です!」
細工は上手く作動しているようで、俺は胸を撫で下ろした。
その男子生徒は、友人の男子生徒を連れてきたようだった。
まあ、無難な選択である。
ここで女子生徒でも連れてきてしまえば、それは告白と同義になってしまうからな。それは懸命な判断と言って良かった。
それからも順調に借り物競走は進んでいき、大体、4巡目くらいになってきた頃だろうか。
ギャラリーが少し、騒めき始めた。
理由は言うまでもない。
Iレーンの箱が、『好きな人確定箱』だということに皆が気がつき始めたのだ。
そりゃあ、連続で3回も同じお題が出れば、それしか入っていないのではないかという考えに至るのは自然である。
実際、Iレーンの箱には『好きな人』と書かれた紙しか入っていないしな。
そして、そんな1レーンにあの土屋さんが並んでいるのだ。
そんな事実に妙にそわそわし始める、ギャラリーもいた。
6巡目までくると、ギャラリーたちは変な歓声をあげ始めた。
その頃にはその場にいる全員が、Iレーンの箱が『好きな人確定箱』だと理解していたし、次の走者が土屋さんであることも分かっていた。
6巡目までのIレーンの走者の中で、異性を選んだものは1人だけだった。
というか、異性を選んだ勇者が1人いた。
どうやらその男女はくっつきそうでくっつかないもどかしい関係を続けていたようで、その告白は見事、成功を収めていた。
この大一番で勝負に出た男子生徒には思わず尊敬の念を抱いてしまったし、お前らのラブコメを俺に読ませてくれ。
そして、7巡目がやってくる。
まだスタートの合図が出されていないというのに、もうギャラリーからは大きな歓声が上がっていて、グラウンドは異様な雰囲気になっていた。
スタート前の土屋さんがどんな顔をしているのか、それを確認したかったが、距離が遠くてあまりよく見えない。
俺が土屋さんだったら、逃げ出してしまいたくなるけどな、この雰囲気。
「位置について、よーいドン!」
7巡目の競走が始まった。
レースが始まってまもなく、今までで1番の歓声が上がった。
それは多くの走者が苦戦していた障害物コースを、いとも簡単に土屋さんが走り抜けていったからだ。
まるで障害物が設置されていないかのように走り抜ける土屋さんに、後続の走者たちはその差をどんどん引き離されていく。
土屋さんの運動神経がものすごいものだとは理解していたが、いざ間近で見てみると、その圧倒的な走りに俺は思わず言葉を失った。
ポニーテールにしたブロンドの髪も綺麗になびいていて、ギャラリーたちは歓声をあげつつも、その姿に見惚れていた。
俺も例外なく、その1人となっていた。
当然そのまま、土屋さんが1番最初にお題が入っている箱が置いてあるテーブルに到着することになり——。
土屋さんは手を箱の中に入れて、1枚の紙を取り出した。
誰もが固唾を飲んで土屋さんを見守る中、土屋さんは素早く紙に書いてあるお題を確認し、トラックを囲んでいるギャラリーの方へと近寄ってきた。
少し息をきらせながらも、土屋さんはギャラリーの一人一人に顔を合わせて、特定の誰かを探しているように窺えた。
その迷いのない行動からして、土屋さんは心に決めた人がいるのだろう。
お題は『好きな人』なはずだ。
つまり、土屋さんには心に決めた好きな人がいるということで。
目を合わされたギャラリーたちは顔を真っ赤にしたり、思わず目を逸らしてしまったり、反応が様々で側から見ている分には面白かった。
しかし、しばらく経っても土屋さんは目的の人物を見つけられないようで、その作業に苦戦しているようだった。
あらかた端から端まで、目的の人物を探した様子ではあったが、土屋さんは未だに借り物を決定できてはいなかった。
その隙に、後続を走っていた走者たちは、土屋さんとの差を縮めたようで、お題が入っている箱が置いてあるテーブルに到着し始めた。
土屋さんも早く借り物を決定しなけば、後続の走者に追い抜かれてしまう可能性があるだろう。
借り物競走は、誰かを選び、誰かを選ばない、という選択をしなければいけない。その決断を下さない限り、ゴールをすることは許されない。
一体全体、土屋さんは誰を選ぶのか。
やはり、いつも話している仲のいいクラスメイトの中から選ぶだろうか。
それとも、お世話になっている教職員の中から選ぶだろうか。
はたまた、密かに思いを寄せて——。
そう、呑気にあれこれ考えていた俺の思考は、一瞬にしてフリーズした。
「————やっと、見つけた。ちゃんと約束、守ってくれたんだね……。私と一緒に走ってくれますか、森本 司くん」
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