第33話

 勉強会から家へと帰宅してきた頃には、もう夜の9時近くになっていた。

 風呂に入りあれこれ済ませ、やっと一息できる時間ができたのは、夜の10時過ぎだった。



 これから寝る前の暗記科目の勉強をしなくちゃならなかったが、俺はその前に小休止として、動画投稿サイトの動画を1つ見ることにした。


 俺が今から見ようとしている動画は、ゲーム実況動画だ。

 俺がaiさんとプレイしているゲームを実況している投稿者がいて、その人の動画を見るのが俺の日課となっていた。


 その人はなんと言っても、ゲームが上手だった。

 本当に俺と同じゲームをやっているのかというくらいに、軽快にプレイを実況するその様は、視聴していて実に気持ちがよかった。


 上手い人のプレイを見れば、それを参考に自分も上手くなれる気がしたし、だから俺はほぼ毎日欠かさずに、その人の実況を見ていた。



「今日もゲーム実況、やっていっきまーす! そろそろ学校のテストが近くて、勉強をしなくちゃいけないんだけど、なにから始めればいいか分からなくてさ! お、敵発見! はい、まずは1キルゲットー!」


 ちなみにこの動画を投稿しているのは、高校生の男の子らしい。

 彼は投稿を毎日欠かさないし、同年代でここまで活発に活動している人もいるのだなあと、俺は感心してしまうばかりだった。


 彼はとても明るい性格で動画は元気に満ち溢れており、俺は彼からゲームの技術だけでなく、パワーももらっていた。


 そんな彼でも、これから控える定期テストに頭を悩ませているようで、どんな高校生でも抱える悩みは似たようなものなんだなあ、と思ったり。


『ほら、僕ってあんまり友達いないじゃん? だから頼れる人もいなくて困っててさー。はい、2キル目。そんな矢先にね——』



 ——次の瞬間、動画を映し出していた俺のスマホが、いきなり振動し始めた。

 何事だと動画を一時停止してスマホを確認すると、どうやら誰かから電話がかかってきたようだった。


 恐る恐る、俺は通話ボタンを押した。


「……もしもし?」

「『……もしもし?』じゃないでしょ! あんた、あたしに勉強会の報告するって約束をしていたの、忘れていたでしょ!」


 通話を開始して早々、そんな怒号がスマホから聞こえてきた。


「…………あ」

「『…………あ』じゃないわよ! いつまで経っても電話がかかってこないから、ついにはあたしから電話しちゃったじゃない! 忙しいあたしの時間を奪うだなんて、死刑に相当する重罪なんだからねっ」


 ……そういえば、なつみとはそんな約束をしていたな。

 今日は色々とありすぎて、そんな約束をしていたことを忘れてしまっていた。


「すまんすまん」

「まったく……。それで勉強会はどうだったの?」

「ああ、かなり捗ったよ。中学の基礎的な範囲から復習してもらえてな。この勉強会で、着実にレベルアップできた感じがするよ」

「別にあんたの話は聞いてないのよ」

「……そうだったな。そういえば、土屋さんの部屋はシンプルな部屋だったけれど、観葉植物とゲーム機が置いてあったぞ」

「へえええ、観葉植物なんて素敵ね! それに土屋さんもゲームやったりするんだ〜。……さぞかし、お洒落な部屋なんだろうなああ。他には他には?」


 そう他に情報を求められても、土屋さんに悪いと思って、あまり家の中をじっくり観察してこなかったしなあ。

 それでも今日、変わったことが1つあって。


「……勉強会に飛び入り参加者が居てな。結局、3人で勉強会したんだ」

「はあああ!? ぜんっぜん、そんな話聞いていないのだけれど!? どこの誰が勉強会に参加したっていうのよ!」

「同じクラスの松本さんだよ」

「松本さんって、うちのクラスのあまり学校に来ない子!?」

「そうそう。それで勉強会終わりに、土屋さんに夕食までご馳走になってしまってな。土屋さんの作ったカレーは、血走ってしまうくらいに上手かったぞ!」

「はああああああああああっっっっ!?」


 俺の発言に、なつみは芸人顔負けのリアクションをとっていた。

 なんか以前にも、似たような展開があったような気がするな。


「ちょっと待ちなさい。いろいろと情報過多過ぎるわ……」

「なつみは、定期テストの勉強は大丈夫なのか?」

「黙りなさい。今、頭の中を整理しているから」


 電話の向こうで、なつみはしばらく黙っていた。 そして数秒後、なつみはようやく言葉を発した。


「……そういう妄想をしたのね?」

「もう一回、頭の中を整理してきてくれ」

「だって! なんであんたたちなんかに、土屋さんが手料理を振る舞わなければならないのよ! 土屋さんの手料理はね、選ばれし限られた人間しか食べちゃいけないのよ! あたしたち庶民が、軽々しく口にしていいものじゃないのっ」

「2回おかわりしたな」

「ぎゃああああああっ! 脳が壊れるっっ!!」


 土屋さんのことになると、なつみの反応は過剰なものになる。

 そんななつみの反応が面白くて、つい余計なことを言ってしまった。


「…………でも、松本さんも参加したってことはつまり、土屋さんはうちのクラスの問題児たちを勉強会へ誘って、問題児たちを自らの手で更生させようとしているの!? まさか土屋さんはクラスの底上げを図っているんじゃないかしら! さすがは土屋さんだわっ。影でこっそりと、そんな暗躍をしようとしていたのね!」


 なんて、なつみは都合のいい解釈をして、脳の破壊を防いでいた。

 俺にとっても、その解釈は都合のいいものだったし、あえて訂正する必要もないだろう。


「じゃあ、そういうことだから。今日はもう夜遅いし、電話切るな?」

「待ちなさい」

「今度はなんだよ……」

「あなたに1つ、重要な任務を与えるわ」

「もう俺は親衛隊として十分に働いていると思うが?」

「土屋さんの手料理を食べたのだから、死ぬまで土屋さんのために働き続けなさい」

「死ぬまでって……なつみの中で土屋さんの手料理は、どこまで高貴なものなんだよ」

「人間がその種を絶やす時が来るまで、厳重に冷凍保存すべきものだと思っているわ」

「逆に土屋さんが可哀想だろそれ」


 これからどんな思いで、土屋さんは料理を作ればいいと言うんだ。


「って、そんなくだらないことを言っている場合じゃなくってね。生徒会から1つ、仕事を頼まれてしまったのよ」

「……仕事?」

「ええ。借り物競走の箱の準備だけを、都合よく手伝わせてもらえるわけじゃないのよ。定期的に生徒会の仕事を手伝うと約束したからこそ、あの仕事があたしたちに都合よく回ってきたわけで。だからね、司」


 そう前置きして、なつみは言った。



「学校紹介PVを作りなさい」

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