第2話

「残り時間はあと1分よ! ここからのデスは、現実の死とリンクしていると思いなさい!」

「VRMMO系のライトノベルじゃないんだから……」


 aiさんとオンラインゲームを始めて、2時間ほどが経過しただろうか。


 試合の残り時間が少なくなってきて、デス(ゲーム内での死)が試合結果に大きく影響し始める頃合いになってくると、aiさんはデスが現実の死とリンクするといつも言い始める。


 もちろん、このゲームにそんな機能は搭載されていない。

 それくらいの覚悟を持ってやれ、ということだろう。


 

 まあ、こう何試合も試合をこなしていると、集中力が途切れてきたり疲れが出てきたりしてしまって、数試合はいい加減にこなしてしまいがちである。


 特にオンラインの対戦型のゲームだと、自分がどれだけ頑張っても勝てない時は勝てないので、どうしても投げやりになりたくなる瞬間が訪れるものだ。


 しかしそういった過酷な状況下でも、aiさんは最後まで勝ちを諦めず、どの試合も全力で挑み続ける。

 それがaiさんのプレイスタイルだった。



 その闘志が結果へと繋がり、敗北が濃厚な絶望的状況から、大逆転勝利を成し遂げることがある。


 その瞬間は、たまらなく気持ちがいい。

 だから俺は、aiさんとやるゲームが好きだった。


 

 ——でも奇跡というものは、そう簡単に起こらないもので。


「くそっ! 負けた! 敵がうますぎる! 早漏のくせに生意気なっ」

「決めつけてやるなよ……」

 

 aiさんの下ネタに軽くツッコミを入れながら、ずっと同じ姿勢でいて凝り固まった体を前後左右に伸ばす。


 ここまで2時間続けてゲームをやってきたので、流石に疲れてきた。


 集中力が途切れてきてしまっているからなのかは分からないが、ここ数試合は惜敗が続いていた。


 このままの調子で試合を続けいても、いい結果を出せるように思えず……。 

 俺は、ある提案をすることにした。


「aiさん。ちょっと休憩しない?」

「それもそうだねえ。雑談でもしよっかー」

「いいね、それ」


 aiさんは俺の提案を素直に受け入れてくれた。


  時刻は夜の10時過ぎ。

 あと1時間くらいで、この通話もお開きとなるだろう。


 

 ——俺は、ふと考える。

 いつまでaiさんとの、この関係が続いてくれるだろうか。


 明日突然、aiさんがネットから姿を消してしまえば、俺にaiさんを捜索する手段はない。


 俺が持っているaiさんの情報は俺と同級生っていうものだけで、aiさんの本名やaiさんがどこに住んでいるのか、俺は何も知らなかった。


 ネカマしているaiさんのことだし、同級生っていうのも嘘かもしれない。


 だから今日がaiさんとゲームをする最後の日になっても、なんらおかしくはない。



 まあ、ネットで出来た知り合いというのは、総じてそんなものだろう。

 過度な期待を抱く方が、間違っている。


 俺が何か行動に移す——例えばリアルで会う約束を持ちかけてみるだとか、そういった方法もなくはないが、それはなんだかあまり気が進んでいなかった。


 興味がないわけではないが、現状で十分に満足してしまえていたから。



 そんなことを俺が頭の片隅で考えていると、aiさんがいつもとはだいぶ違う、少しうわずった声で話しかけてきた。


 それは滅多なことでは動揺しないaiさんの、珍しい振る舞いだった。



「TSUKAくんってさ、彼女とかいるの?」

「aiさんがそういう話題を振ってくるのは珍しいな」

「もしかして、こういう話するの嫌だった?」

「いや、別に。彼女とか居たことないし」

「まあ、そうだよね」

「そうだよねって失礼だろ! そういうaiさんはどうなんだよ。彼女いるわけ?」

「私に恋人ができるなら、彼氏ですー。そっちの方が失礼なんじゃないの〜」

 

 こういった雑談時でも、aiさんのネカマ演技に抜かりはなかった。

 そんな完璧なネカマ演技にツッコミを入れるのは、もはや野暮というものだろう。


「それで、aiさんに恋人はいるの?」

「あっれ〜? TSUKAくん、そんなに私に恋人がいるかどうか気になるんだ〜?」

「そっちが最初に聞いてきたんだろ」

「大丈夫、私に恋人はいないから安心して」

「安心できる情報はどこですか?」


 そう俺が聞くと、なにおうとaiさんがプンスカ怒っていたが無視をした。

 ネカマの審議はどこまで掘り下げても平行線で、時間の無駄だからな。


 それでも、いつも下ネタばかり言って一人でにケタケタ笑っているaiさんが、そんな話題を振ってくるとはらしくなかった。


 明日、季節外れの雪でも降るのだろうか。

 今日のうちに、除雪用のスコップを用意しておいた方がいいかもしれない。


 けれど、そのらしくなさはまだまだ続くようで。

 今度はさっきよりもさらにうわずった声で、aiさんはまた質問を繰り出してきた。



「じゃあさ、TSUKAくんはその、好きな子とかいるの?」

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