第3話
「じゃあさ、TSUKAくんは、その、好きな子とかいるの?」
「aiさん今日は本当にどうしたんだ? 恋バナでもしたいのか?」
「ま、まあね。もうTSUKAくんと知り合って3ヶ月になるし、もうちょっとTSUKAくんのことを知りたいなーって思っただけ」
たしかに、aiさんとはもう長い付き合いになってきた。
ネット上の関係だけとはいえ、それなりの時間を一緒に過ごしている。
俺だって、aiさんがどういう人なのか気になっていないわけではない。
「それでどうなの? TSUKAくんは、好きな子とかいるの?」
ネットで知り合った人間に自分の情報を安易に教えるのは何かと危険と言われている昨今であるが、そのくらいの質問なら別に答えても大丈夫だろう。
「居ないよ」
「えへへ、そうなんだっ」
「なんでちょっと嬉しそうなの?」
「べ、別になんでもないし!」
「なんでちょっと照れてるんだよ」
意味の分からない反応をするaiさんだった。
「でもさでもさ、クラスで一番可愛い子とかいるでしょ?」
「…………あー」
「心当たりあるんだ?」
「まあな。クラスの男子がいつも騒いでいるし、絶世の美女って学校中の噂になってる美少女がいるよ。それも俺の隣の席に」
「……ふうん」
そう、クラス……いいや、学校で1番の美少女と噂になっている女子生徒が、学校では俺の隣の席に座っていた。
「……ち、ちなみになんだけど、隣ってどっちの? 右? 左?」
「なぜそんなことを聞く!?」
「気になるのっ」
「気になるって……右だの左だの聞いてどうするんだ」
「そんなのどうでもいいでしょ!」
「それは俺のセリフなんだが」
どうしてもaiさんは、右か左か、それを俺から聞き出したいようだった。
どうして俺からそんなことを聞き出したいのか、皆目見当もつかなかった。
占いでもしてくれると言うのだろうか。
まあ、別に右か左かくらい、言ってしまってもいいか。
それをaiさんが知って、満足すると言うのなら。
「右隣だけど」
「……あ、ありがとう」
「なんでaiさんがお礼を言うわけ?」
この人、さっきからどうしちゃったんだ?
慣れない恋バナで、ついに頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「じゃ、じゃあTSUKAくんは、その子のことが気になってるんだ〜?」
「いや、まったく」
「なんでえええええ!?」
「なんでって……俺にはaiさんがどうしてそこまで驚くのかが、そっちの方が甚だ疑問なのだが」
「だってその子、可愛いんでしょ。ぜ、絶世の美女だって、TSUKAくんもそう思ってくれているんでしょう?」
「まあね」
「だったら気になっちゃうものなんじゃないの?」
「それは、うーん」
まあ、たしかに……。
「あれだけの美少女なら、一度目が合ってニコって微笑まれたら、好きになちゃうかもなあ」
「ええっ!? そんなんで好きになっちゃうの!?」
「ああ。男なんてそんなもんだろ?」
「そう、なんだ。…………ふーん」
そんな何かを考え込むような生返事を、aiさんはしていた。
男なんて笑顔で挨拶しただけで落ちる、って誰かの名言になかったけ?
aiさんだって男なわけだし、少しは共感してくれると思ったのだが。
俺がちょろ過ぎるだけなのだろうか。
「でも実際、相手は高嶺の花で、俺はなんの取り柄もない冴えない一般生徒。釣り合いもしないし、違う世界の住人だよ。いくら隣の席だからといって、変な感情を抱くことはないかな」
俺は自分になんの取り柄もないことを自覚している。
学校の成績はあまり芳しくなく、熱心に取り組んでいることも熱烈に興味を抱いているものもない。
こうやってゲームをやるのが趣味で、暇な時間すべてをゲームに捧げているが、ゲームの腕前はさしてパッとしたものではない。
そんな自分に嫌気がさしているわけでもなく、自分なんてそんなものだと、納得してしまっていた。
だから学校で1番の美少女を、冴えない俺が好きになるなんてことは、あり得なかった。
そんな俺の発言に、aiさんがなぜか噛みついてきた。
「……なんの取り柄もないなんてこと、ないよ」
「え?」
「TSUKAくんがなんの取り柄もないなんてことないっ」
そのaiさんの声色は、極めて真剣なものだった。
どうして、リアルで会ったこともない俺に、そこまで言ってくれるのか。
俺がaiさんのプレイスタイルに惚れているように、aiさんも俺のプレイスタイルに共感してくれたのか。
いいや、俺のプレイスタイルに特にこれといった特徴がなかったはずだ。
いつも俺は、aiさんのプレイについていくのが精一杯だった。
じゃあなんで……。
「TSUKAくんは魅力的な人間だって…………た、立ち飲み屋で出会ったおじさんが言ってたもん!」
「立ち飲み屋ってなんだよ、俺たち未成年だろ。てきとう言うな」
「とにかく、そういうことだよ」
「どういうことだよ。何一つ具体的な情報がなかったんだが?」
「と、とにかく、続きやろっ」
と、aiさんは誤魔化すように、ゲームの続きを促してきた。
きっとaiさんなりに、僕のことを励まそうとしてくれたのだろう。
aiさんはこう見えて、意外と優しいからな。
少し不器用で、励まし方が雑だけれど。
「…………と、ところで、彼女候補に私はどうかな?」
「ネカマは論外」
「もぐぞ」
「ひえっ」
その日は結局、それから3時間もゲームをしてしまった。
aiさんが5連勝するまで寝かせないとか言って、本当に5連勝するまで寝かせてくれなかったのだ。
明日は学校だっていうのに、これじゃあ寝不足だ。
それでもそれは、とても楽しい時間で。
aiさんとゲーム通話をするこの時間は、今の俺にとって、かけがえのない大切な時間になっていた。
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