第16話

「それではこれから、土屋愛ファンクラブ、体育祭ミーティングを始めます」


 例によって放課後、またまた場所は元文芸部の部室で、土屋愛ファンクラブ体育祭ミーティングが執り行われていた。

 相変わらず幹部のミーティング出席率は100パーセントで、熱心な幹部たちだった。


 まずは土屋さんが参加することになった競技について、なつみから発表がなされた。


 バレーボール、借り物競走、徒競走以上3つが土屋さんが出場する競技だ。

 それから具体的な対策についての話が始まった。


「今回の体育祭、土屋様が競技に出場している時は、常にここにいる幹部の誰かが土屋様の近くにいるようにしましょう。そして土屋さんに何か緊急事態が起これば、すぐにその場にいた幹部が他の幹部に報告すること。何かあったと報告を受けた幹部は、たとえ競技に出場していたとしても、すぐに駆けつけなさい」


 出場している競技を放り出してでも土屋さんを優先しろと、なつみの話はかなり無茶苦茶なものであったが、今のなつみの発言に異議を唱えるものはいなかった。


 ……俺? お、俺ももちろん、異議を唱えるつもりはない。

 綱引きだってなんだって、放り出そうじゃないか。



 まあ、緊急事態など、そうそう起こらないと思ってしまっていいだろう。

 自分でもフラグじみたことを言ってしまっているのは自覚しているが、それでも体育祭はただの学校行事だ。


 あくまで最悪の場合を想定しての、話し合いと受け止めていいはずだ。



「それじゃあ、今からみんなのスケジュールを合わせていくわ。それぞれ自分が競技に出場しない暇な時間を、この紙に書き込んでいってちょうだい」


 そう言って、なつみが取り出したのは、一枚の紙だった。


 そこにはエクセルで作られた表がプリントされていて、横軸には俺を含めた5人の幹部の名前、縦軸には時間が30分単位が書かれていた。


 それからなつみは、一枚のメモ用紙も取り出した。


「こっちが生徒会から入手した、体育祭のタイムスケジュールね」

 

 そのメモ用紙には、体育祭の日のスケジュールが書かれていた。


 9時〜11時  第二グラウンド サッカー

 9時〜11時  体育館 バレーボール

 11時〜12時  第一グラウンド 綱引き

 13時〜14時  第一グラウンド 借り物競走

 15時〜15時30分  第一グラウンド 徒競走


「体育祭のスケジュールなんて遅れて当たり前のものだから、30分前行動ができる時間帯を書き込みなさい。言うまでもないと思うけれど司、暇な時間は必ず、土屋さんの様子を見るようにするのよ」

 

 どうして俺を名指しするんだ。

 まるで俺がサボることを企んでいるみたいじゃないか。


 でもまあ土屋さんの護衛とは関係なく、土屋さんが持ち前の運動神経の良さを発揮している場面を見てみたいという、野次馬的な気持ちもあった。


 このスケジュールを眺めてみれば、俺は土屋さんが借り物競走と徒競走をしている時間が暇そうだな。


 バレーボールも観に行けなくはなかったが、30分前行動を心がけないといけないしなあ。

 見に行けないことが、実に残念だ。



 そしてなつみが作成した表に、俺たちは自分の予定を書き込んでいく。


 ファンクラブの幹部には意外と忙しくしている者もいて、表がなかなか埋まっている生徒もいた。

 俺のすっかすかな表の横に、そんなものを書かないでいただきたい。



 やがて全員の書き込み作業が終わると、なつみが確認作業に入った。


「……うん、これなら増援を依頼しなくて大丈夫そうね。土屋様が出場している競技の時には、必ず幹部の誰かが見守っていられる体制になっているわ」


 どこの誰に増援を呼ぼうとしたのか、それに興味が湧いたが、まあ少ない人数でこなせるのならそれに越したことはないだろう。


 少ない人数の方がきっと連携も取りやすいだろうしな。


「それじゃあもっと詳しい話は、もう少し体育祭が近づいてきた時に話し合いましょう。まだまだ未確定なことも多いしね」


 どうやら、今日のミーティングはこれでお開きとなりそうだった。


 いつもよりお開きにする時間が早い気がするが、時にはそういう日もあっていいだろう。


 あるはずもないやる気をアピールするために出していた筆記用具を鞄にしまい、帰り支度を進めようとしていると……。


「今日はこれで解散だけれど、司は少し話があるからここに残りなさい」

「なんで俺だけえ!?」


 そんな俺の悲痛の叫びはまるでなつみには届いていないようで、さっさとなつみは他の幹部たちを帰らせてしまった。

   

 あっという間に、2人きりになる部室。

 新人幹部だから、これから研修という名のしごきがあるのではないかと俺がビクビクしていると。


「それがお望みなら、そうしてあげるけれど?」

「相変わらず、俺の心を簡単によんでくれるな」

「昨日の夜ご飯はカレーライス」

「すげえな、お前! その能力は金を稼げるレベルだぞ!」

「残念、単細胞にしか通用しないのでした」

「…………」


 否定するのも疲れる、というやつだ。

 もう単細胞でもなんでもいいよ……。


 それより今は、もっと別のことが気になっていた。


「それで、俺だけ残して、一体何の用だ?」

「少し、借り物競走の話をしたくてね」

「借り物競走の話?」

「ええ。借り物競走の時の護衛は、あたし達2人の役割だったでしょ?」

「そうだったか?」 


 そう頭にはてなマークを浮かべる俺に、なつみがさっきの表を見せつけてくる。その表を見ると、たしかに借り物競走の護衛は、俺となつみの担当になっていた。


 他の幹部たちは、自分たちの競技で忙しくしているようだ。


「あたし、ずっと考えていたのよね。護衛っていうのはただ護るだけじゃダメなんじゃないかって。時には攻めた護衛も必要なんじゃないか、とね」

「……攻めた護衛?」

「まあ端的に言えば、」


 そう前置きして、なつみは言った。



「あたしは借り物競走にある細工をしようと考えてるの」

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