第31話

「ここが私の部屋よ。どうぞ、2人とも入って」


 そう案内された土屋さんの部屋は、ピンク一色のシンプルな部屋だった。

 ベッドに勉強机、クローゼットにテーブルと、生活に必要最低限なものだけが揃っていて、あまり無駄なものがない。


 それでも小さな観葉植物やゲーム機などもおいてあったが……と、そんなに人の部屋をジロジロと見るのはよくないだろう。

 俺も自分の部屋は、あまり他人にジロジロみられたくないものだしな。

 

 土屋さんは俺たちにテーブルを囲んで座ることを勧め、「台所へ飲み物を取りに行ってくるから」と言って、部屋から出ていってしまった。

 するとそのタイミングを見計らっていたのか、松本さんが話しかけてきた。


「……あ、あの」

「ん? なんだ?」

「お、お二人はどこまで進んでいるんですか?」

「どこまでって?」

「それは、その、お二人はもう恋人関係なんですか?」

「いいや、まったく」

「で、でも先ほどは、デートの約束をされていたじゃないですか」

「なぜ知っている!?」

「す、すいません! つい聞こえてきてしまったもので」

 

 どうやら、俺たちの話し声が外にまで漏れてしまっていたらしい。

 まあ、外に松本さんを待たせているのを忘れてしまっていたくらいに、俺たちは話し込んでしまっていたからな。


 声のボリュームなど、まるで気にしていなかった。


「勉強を教わるお礼に、何かを奢らせてもらうだけだよ」

「そうなんですか。今が1番、楽しい時期ですね」

「……え?」

「な、なんでもないです! そ、それで、どこに行かれるんですか?」

「まだ決めてないよ。デート自体、さっき決まったばかりだからな」

「わ、私もこっそりついて行ってもいいですか?」

「なんでだよ、ダメだよ」


 松本さんは大人しく控えめな子なのだろうけれど、変なスイッチが入ると、なんだか厚かましくなるな。遠慮がなくなるっていうか。


「ち、ちなみにどうやって、土屋さんの好意を獲得したんですか?」

「すごい質問攻めしてくるな……」

「き、気になるんです!」

「それはまだ、俺にも理由が分かってないっていうか……俺にもさっぱりわけが分からないっていうか」

「誤魔化さないでください!」

「いや誤魔化してるわけじゃなくて、本当に分からないだけなんだって……」

「そ、そんなわけないでしょう! そんな面白そうな話、このわたしが聞き逃すわけにはいかないんです!」


 と、ぐいぐい松本さんが迫ってくる。

 その異様なまでの執着心は、一体なんなのだ。


 松本さんはよっぽどそのことが知りたいのか、顔まで近づけてきて、なんとか俺から情報を聞き出そうとしてくる。


 しかし、俺は本当に分からないのだ。

 だから分からないと言うしかなく、しばらく組んず解れつしていると。


「他人の家で、イチャイチャしないでくれるからしら?」


 やがて飲み物を持った土屋さんが、お盆をもって戻ってきた。




 そして、いよいよ勉強会は始まった。


「それじゃあ、2人にはこれから、数学のテストをしてもらうわ」

「テスト?」

「ええ。今回のテスト範囲に関連のある中学の範囲の基本問題から、今回のテスト範囲の発展問題まで、満遍なく含まれせているテストよ」


 そう手渡されたテストは、どうやら土屋さんのお手製のようだった。


「これを、俺たちのために作ってくれたのか?」

「ええ、私はやると決めたことには手を抜かない主義だからね。勉強っていうのはまず、自分の現在地点を知ることから始めるべきよ。だからこのテストで、今のあなたたちの実力を測ろうってわけ。ちなみに、少し考えても分からない問題があったら、すぐに飛ばしなさい。時間の無駄だからね。用意はいいかしら?」

「あ、ああ」

「では、はじめ!」


 そうして、解き始めた土屋さんのテスト。

 俺と松本さんは、15分足らずでその問題を解き終わった。


 ちゃんと問題を解くことが出来れば、50分はかかると予想されていたそのテストを、15分足らずで終えてしまうということは——。



「想像以上ね。あなたたち、よくうちの高校に入学できたわね」


 土屋さんにそう酷評されてしまうまでに、俺たちのテスト結果は散々なものだった。


「今回のテスト範囲の発展問題が解けないのはしょうがないとしても、中学の範囲で何問かつまずいているのはいただけないわね。まずは中学の範囲を復習してから、焦らずじっくり勉強をしていくわよ」

「「はい……」」 

「あくまで勘違いしないで欲しいのだけれど、私は方法と手段を教えるだけよ。最終的に勉強するのは、あなたたちなんだからね。覚悟を持って勉強なさい」

「「はい……」」


 それから土屋さんの、熱血指導が始まった。

 土屋さんはやると決めたことには、本当に手を抜かなかった。




「そろそろ休憩でもしましょうか」

「「はぇぇぇ……」」


 そう土屋さんが言ったのは、それから3時間後だった。

 3時間ぶっ続けで勉強していた、というわけではなく適宜休憩はとってはいたが、まあほとんどの時間を勉強に費やしていた。


 幾分かレベルアップできたような気がするが、やはりどっと疲れた。

 そりゃあ、普段あまり勉強する癖がついていない俺にとって、いきなり3時間の勉強は身にこえたるものがあって。

 

 それはどうやら、隣で机に突っ伏している松本さんも同じようだった。


 しかし、俺たちの質問に答えながらも、自分の勉強にも熱心に勤しんでいた土屋さんは、まだまだ余裕の表情を見せていた。

 さすがは土屋さん、といったところか。


「ところで松本さん。私、あなたに聞きたいことがあるのだけれど」


 そう前置きして、土屋さんは松本さんにとある質問を投げかけた。



「どうしてあなた、あまり学校に来ないのかしら?」

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