閑話
閑話-1
一日目、張り込みと聞き込み。
二日目、再度張り込みと校舎全域の調査。
三日目、上守とのデート。
結局この三日で得られた情報を総合すると『分からないことが分かった』である。
上守からは有力な情報を得られたけれど、相手は難敵であると、眼前の壁の大きさを把握しただけに過ぎない。
……いいやまだだ、休日返上で探し当ててやる。
徒労に終わると理解していても、それでも今日を無駄にするわけにはいかない。
いつもよりずっと早い時間に起きて、簡単に朝食を済ませ、制服に着替えた。
自室の扉を開き、朝焼けで青ばんでいる廊下、階段を降りる。
誰もいないリビングを過ぎて、玄関扉を開く。
「……遅いんだけど」
扉を開いた先、家の前には杏が立っていた。
無言ですぐ扉を閉める。
いやなんだあれ、どうして俺の家の前にこの世で一番俺を嫌ってる女の子が来ているんだ?
上守ちゃんが来てくれるのなら分かる、モネ先輩や筆木先輩が訪ねてくるのもまだ許容範囲内だ、何か用があるのだろうと持ち直すことができる。
覗き窓からそっと杏を見る。
「ちょっと!いきなり閉めるとかどういう神経してるのよっ!!びっくりするじゃない!!」
こっちの台詞だ、どういう神経をしてこんな早朝にわざわざ来たのか。
やはり分からない、こんな時間に、それも休日に一体どうして――まさか俺を刺しに来たのか!?
嫌い過ぎて家を特定して殺人計画をたった今実行しようとしているのか!?
緊張で汗ばんだ手でチェーンロックをかけて、小さく扉を開く。
「話せば分かる。だからそのピストルはしまいたまえ」
「はあ?」
「じゃあ俺を殺す気はさらさらないんだな?本当なんだな?」
「当たり前でしょ」
杏が先導するように二人で歩いていく。
上げ底のリボンだらけのローファー、ハート型のベルトが付けられたフリフリの黒スカート。
「よし分かった警戒のレベルを下げよう。次になぜ俺の家を知ってるんだ……上守ちゃんの家も知ってたらしいじゃないか。お前のお家芸なのか?家だけに」
「つまんないこと言わないで。家は顧問の先生から聞いた、それだけ。勘違いしないでよね」
こっちは殺されるかもしれないとドキドキしたのに、他にどうドキドキすればよいのか。
白のブラウスに黒の大きなリボン、黒いマスクを身に付け、耳にはいくつかピアスが開けられている。
早い時間なのに余念なくメイクもしており、普段と違って涙目涙袋が強調されているように見えた。
古くはゴスロリとして親しまれ、形は変遷し、よりカジュアルによりダークテイストに生まれ変わった量産型の片割れ。
地雷系というやつに身を包んだ同級生の姿がそこにあった。
「うん?なによじろじろ見て」
「いや別に……似合ってるよ本当に、色々と」
「まあね!私って可愛いし、努力するタイプだし、あと絵が上手いし!」
「そこまでは言ってないけど」
趣味全開の服を着ているイメージはあったけれど、いざ会うと面食らうものだな……。
こんな奴が早朝頭が回ってない時間にいきなり玄関前に立っていれば、殺しに来たと思うのは当然だろう。
本当に良かった、これが倫理と道徳は最低限持ち合わせている女の子で本当に良かった。
杏はどんどん知らない道に、知らない土地へ進み、誘導する。
「なあどこに行くんだよ。それもこんな時間に、俺これから学校行かなきゃいけないんだけど」
「ああだから制服。安心して、丸々一日拘束するつもりはないから」
「なにも説明になってない!」
いくら聞いても場所と時間の理由を彼女は答えることは無かった。
諦めて雑談へと内容をシフトさせるが、共通の話題が無いため、色々話題を振っても話は一言二言で終わってしまい、自然と二人は無言になっていった。
というかこいつが会話をする気がゼロだった。
それが十分程度続き、ピタリと杏は足を止め「着いた」と申告した。
そこはただの一戸建て、表札には『杏』とあり、彼女の自宅であることが想像付いた。
「お前の家だな……で、なんでここに連れてきたんだよ」
「声が大きい……!もうちょっとボリューム落とせないの」
「普通の音量だったと思うんだけど……家の前で声を潜める必要がどこにあるんだ?」
「うち厳しくないけど、いきなり男の子が家に来たらびっくりするでしょ。だから静かにしてて」
「今なんて言った?」
「静かにしてて雑魚」
「余計なもん付いたな。じゃなくてその前だよ、なんで俺お前の家に行かないといけないの?これがおうちデートってやつですか」
「二度と口開かないで、今日を没年にするわよ」
「デート違いも甚だしいな」
そっと玄関の扉を開いて中の様子を窺う杏、まるで自分の家ではないような慎重さである。
明かりのついていないそこへ焦るように杏はGOサインを出し、追いかける形で家の中に入った。
「靴は持って上がってよ……あと足音も立てないで」
「お、おう」
少し気掛かりなくらい気を張った杏に圧をかけながら、なんとか彼女の部屋に辿り着く。
六畳前後の空間にワーキングデスクとゲーミングチェア、卓上には三画面の液晶とごてごてしたタブレット、机の下にはデスクトップのパソコンが置かれている。
机の隣には腰辺りの高さの本棚が一つ、そこには何やら絵にまつわる書籍、画集であったり、教本であったりが集められていた。
他にはベッドが一つと、クローゼットが一つ、あとは透明な飾り棚がある。
飾り棚にはフィギュアやガラス製のイラストが印刷された板、サイン色紙などが並ぶ。
オタクらしく、仕事中心のような部屋に見えるけれど、家具や装飾はモノトーンプラスピンクで統一され、彼女の服装に偽りのない可愛らしさが充満していた。
「……もう話していいか?」
背を向けてそっと扉を閉じる杏に訊く。
「いいわ。防音には気を付けてるから、そうそう声は漏れないでしょ」
「防音て、お前はミュージシャンか何かか?」
「例えが古いわねえ、配信者とかストリーマーとか言えないわけ?」
配信者とストリーマーの何が違うのか問い詰めたかったけれど、並々ならぬこだわりがあるような気がして発言を控えた。
「そろそろ、きちんと説明してくれ。こんな早朝に、俺をお前の家に連れてきた理由」
面倒くさそうに俺を睨んだ後、さすがに負い目があったのか呟くように語り始めた。
「言ったでしょ、うちは厳しくないけどさすがにいきなり男の子連れてきたら問題なのよ。だからみんなが寝てるこの時間に連れてきた」
「よし、一応納得してやろう」
「なんで上から……こほん。理由だけどね、ちょっと前に私言ったでしょ。あんたに私を天才だって認めさせてやるって、それを今日するために連れてきたの」
上守と初対面だったとき、確かにこいつは俺に宣戦布告のようなことをしてきた。
イラストで認めさせてやる――だから絵を描く設備が一番の整った自分の部屋に連れて来たかったのか。
タブレットを持ち歩いているはずの杏が放課後の一二時間ではなく、休日の朝、十分な時間を確保しておいて、ベストが出せるホームで戦いたいという気持ちは、理解できなくない。
「にしても強引すぎる。一言連絡入れてくれても良かったのに」
「嫌、それってあんたを呼び出すってことでしょ?まるで私が振り回されてるみたいじゃない、最悪、絶対無理。突撃の方が性に合ってるし」
「主導権握らないと気が済まないのか!?」
「悪い事じゃないでしょ?」
「良くは思われないだろ……」
降参するように会話の終わりの言葉を紡ぐ。
自信満々の笑みを見て、強く反論する気が失せてきた。
こいつは色々と幼い、わざわざ言い合うのが馬鹿らしく感じるくらいに幼稚で、全能感にあふれていて、天才という言葉に固執している。
俺がいつしか無くしたものを、もとより持っていないものを、杏はひとしきり揃えているようだった。
性格はアレだが、いざ対面してみると悪い奴ではないと思えてしまう。
向こうは未だに俺のことを嫌いみたいだけど。
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