3-4
「さて、暇になってしまったねえ。部室に二人きりだ、ここは一つ後輩クンと仲良し大作戦を決行するべきかな?」
「結構です。というか、そんなことをするために俺を部室に呼んだんですか」
何も分かっていないという風に首を振る。
「私を第二美術部に入れたくはないかな?」
「は」
何を言っているのか分からなくて体が固まる。
俺に第二美術部の入退の権限はないし、そもそもモネは第二の部員である。
もしこの部活に改めて参加したいのなら許可を取らずとも、毎日放課後ここで活動をすればよい。
幽霊部員とは実態のことを指し、実際は生身の生徒が一人所属しているだけなのだから。
「後輩クン、キミ入りたくて第二に入ったんじゃないだろう?」
ギクリ。
平静を装うつもりが瞬間「どうしてそれを知っているんだ」という顔をしてしまい、モネは「キシシシシシ」と気味の悪い笑い声を上げる。
「まあほとんど直感なんだけど――直感というか状況証拠からの雑な判断なんだけど。良かったー!パレちゃん大正解っ!!」
「嵌めたんですか」
「もちろん根拠はあるよ。一つはマナチャンの再入部に乗り気じゃなかったこと、一つはキミの友人とパレちゃんを会わせようとしなかったこと。第二美術部員って肩書が後ろめたいんだろうなあってとこまで確信が持てたけど、そっからは割と勘だね」
「こう見えても直感で描くタイプだし」とモネは推理が当たったことで満足げな表情で付け足す。
「低身長の帰国子女は大体天才直感型だろ!見た目通りだ!」
「え、そうなの?みんな小さいのに凄いねえって言ってくれたのに……?」
「低年齢にかける言葉としては普遍的なそれに一体どんな自信を持つ根拠があるんですか」
「高貴な作品を計算づくで製作する理知的で素敵なレディーに見えるのに、ってことじゃないの!?」
「そんなわけないでしょ」
直感型かも怪しい、極めて的外れな発言だった。
二人の間に気まずい空気が流れる――モネにとって体格はセンシティブな話題だったらしい。
モネはあからさまにテンションの落ちた声色で再び語る。
「キ、キミは第二美術部の再建を目指す健気な男子高校生だ、外面はね。そんな彼が一人の未だ幽霊部員の先輩を放っておいて、他の部員の様子を見に行くのはいささか筋が通らない。後輩クンが第二美術部員に何を求めているかは知らないけれど、噂好きが揃うこの学校では無暗な行動はよした方が良い。キミは良くも悪くも目立つんだから」
モネは、彼女はどこまで俺の目的を勘付いているのだろう。
今まで第二美術部に目的があること、まして部員一人一人にコンタクトを取ろうとしてことさえ言ったことはほぼない――精々顧問や杏への言い訳に少し話したくらいだ。
噂好き。
確かに実感している、この学校はあまりにもゴシップに飢えている。
学内外問わず有名人が集まる第二美術部が存在するのがやはり原因なのだろうか、いくつかの運動部の名門であることも関わっているかもしれない。
治安悪いなあ、ここ。
「というわけで!キミは私を第二美術部に復帰させた方が利益があることは分かって頂けたかなっ!」
「多少言いくるめられた感は否めないですけど、はい」
うんうんとモネは頷く。
「だから説得してみたまえ」
「説得?」
鸚鵡返しに何かが気に入らなかったらしく、彼女は眉をひそめた。
「ほらマナチャンにやってみせただろ?当人のクリティカルな部分を掘り当てて見事に第二に復活させたアレ!私にもやってほしいんだよう頼むよう」
「つまり筆木先輩みたいなドラマを自分でもやってみたかったからこんなに色々詭弁を吐いたっていうですか……先輩相手に言うのあれですけど、阿呆じゃないんですか」
「阿呆だとも!面白きことは良きことなりと言うだろう?別にドラマを作れと言ってるんじゃないさ、一つ阿呆な先輩と遊んでほしいって言ってるんだよ……だめかな?」
うるうると潤んだ目で上目遣い、碧眼は高級な宝石のように透き通っている。
その吸い込まれるような大きな目を見ていると、なんだか可哀想になって、言うことを聞いていけなきゃいけないような気持ちになって。
妹がいたらこんな感覚に襲われるのだろうか。
「分かりました」
「やったー!大好きだよ後輩クンっ!!」
「はいはい、俺も好きですよ」
「なんだか雑じゃないかな!?」
抱きつこうとしてくるモネの頭を押さえて、軽くあしらう。
なんだかんだまたお願いを聞いてしまった……彼女の口が上手いのか、俺が乗せられやすいのか。
「ヒントは無いんですか」
「マナチャンのときみたいなサポートってこと?無しだよ、そのまで至急性のある問題でもないしね。ゆっくり楽しもうよ」
「俺としては今日中に終わらせたいんですけどね」
「なにおう!?」
つっかかってくる先輩を無視して、鞄の中からノートと筆箱を抜き出し、近くにあった学習机に広げる。
「じゃあヒント繋がりで、『二十の質問』とか」
『二十の質問』とは、しりとりやウミガメのスープのような、口頭で行うことのできるパズルゲームの一種である。
ルールは単純。
出題者は一つ答えを決めておき、回答者から出される質問に「はい」か「いいえ」で答えなければならない。
回答者の質問は二十問以内、質問の代わりに回答を行うこともできるが、その際回答は質問一つ分としてカウントされる。
テーマを決めておくローカルルールも存在し、出典は定かではないけれど1940年代アメリカのラジオ番組からそのゲームは広まった。
「あっそれ知ってる。楽しいやつ」
お気に召したようでなによりです。
モネは機嫌よく俺の座る机の対面に椅子を持ってきて、自分もペンを胸ポケットから取り出した。
俺の数百円のシャーペンとは違い、丁寧な作りのサインペンだった。
かなり細い線を書くことのできる黒字のもので、見たことは無いけれど有名な会社のモデルらしい。
そもそも画材であり、文字を書くものではないのだと答えた。
「俺が回答者で、先輩が出題者です。今回はルールを設定しましょう」
ノートに『なぜ第二美術部はつまらないか』と書く。
納得したように「ははーん」とモネは呟いた。
「そういうことかあ。よく考えたねえ……いいよっ!とっても楽しそうだ!」
「お気に召したようでなりよりです」
今度は口に出して、にこりと笑う。
以下筆談。
『昔の第二美術部がつまらない?』『yes』
『今も第二美術部もつまらない?』『yes』
『つまらない原因は第二美術部員か?』『no』
『つまらない原因は第二美術部員以外か?』『no』
『つまらない原因は環境にあるか?』『no』
『つまらない原因は自分にあるか?』『yes』
『他に楽しいことがある?』『yes』
『それはフランスに帰省していたことに関係がある?』『yes』
『絵が好き?』『yes』
『絵を描くことは楽しい?』『yes』
『第二美術部で絵を描くのは楽しい?』『no』
『幽霊部員になったのはその方が都合が良いこと起きるから?』『yes』
『こうやって遊びに来るのもその都合を求めての行動?』『yes』
『無人の第二美術室で絵を描くのは楽しい?』『yes』
『誰かと一緒に作品を作ったことはある?』『no』
『人がいると絵が描けない?』『yes』
『アトリエを持っている?』『yes』
『そのアトリエは日本にある?』『no』
『今画材を持っている?』『yes』
つまり――ペンを置いて口を開く。
「他に人がいる環境で絵を描くことが出来ず、絵が描けない環境はつまらない」
「おー!大正解だよ。さすがだねえ」
先ほどよりもずっと落ち着いたトーンで、言葉数少なく俺を褒める。
自分から幽霊部員脱却の提案をしたとは言え、この深刻な悩み事は彼女の気分を沈めているようだった。
「パレちゃん直感型だからなー。ちょっとしたことでもう描けなくなるんだよね」
思うがまま作るのが好きだから、思うように作れないと意味が無い。
モネは自嘲気味に告げた。
「……リハビリじゃないですけど。二十の質問の延長で、遊んでみますか。いろいろと」
二十行近く二人の筆跡で書かれたノートのページをめくり、新しく白い、罫線が引かれているだけのものに変える。
「油絵のことはからっきしなので、もっと気楽なイラストとか描いてみませんか?」
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