3-3
「な、なにがあったんですか」
俺は部室の扉を開いて開口一番その惨劇の渦中にいる筆木に問うた。
隣のモネは筆木に勝負を持ちかけたときと同じような苦い顔をしている。
「どどどどうしましょう!杏さんに嫌われました!こういうときどうすればいいのでしょうか!?」
筆木が焦っている。
あの筆木が。
貼り付いて馴染んでしまって、もう剥がすことは不可能になったような厚い面の皮、もとい笑顔が消えて焦りに身を投じていた。
地雷とも言える円山四条について触れてようやく失せた笑みに再現性があったとは。
モネに視線を送ると、ぶんぶんと首を振っている。
数年共に部活動をしていた彼女でさえ初めて見たらしい。
笑顔の体現のような筆木からそれが無くなっている様子は惨劇と評するに相応しい。
「まあまあ落ち着いて。一体何があったの?杏さんってアキチャンのことだよね?喧嘩したの?」
モネは筆木に近づいて背中をさする。
次第に筆木は呼吸を落ち着かせて、ぽすんと椅子に腰を下ろした。
顔は暗いが、次第に笑みは取り戻されてゆく。
「け、喧嘩というか、言い争いというか、言い返してしまったというか、壁打ちというか」
まだ混乱しているらしく、口調はいつになくたどたどしい。
言いたいことが意に反して言えない、語彙が定まらないようで、目覚まし代わりに筆木は口に目一杯チョコ菓子を突っ込んだ。
机の上に置かれた、十円玉くらいのサイズのそれはクッキーがチョコでコーティングされている市販のもので、箱の外装の中に何個も同形状のお菓子が詰まっていた。
その行為にぎょっとしたが、モネは見慣れているようで「はいはい糖分糖分」と呟き、筆木に飲みかけのペットボトルを差し出した。
喉に詰まらせないように受け取った炭酸でお菓子を流し込む。
どんな食べ方だ。
「あ、ありがとうございます……すみません。お見苦しいところを見せてしまい」
「ドカ食いはストレス解消の基本ですから、別に大丈夫ですよ」
「いやどんな基本?」
二人の問答にくすりと笑った。
ようやく筆木は語り出す。
かいつまんだ、自虐的な説明ではあったものの何が起こっていたのかはおおよそ理解することができた。
「杏が悪い」
「アキチャンが悪いねえ」
二人の意見は一致する。
しかし筆木は納得がいかないようで、
「でも先輩の私が言い返してしまったから杏さんは泣いてしまって……」
「意図しないカウンター食らって被害者面してるだけじゃないの?気にするようなことじゃないよ、いやマナチャンが気になるのも分かるけど。というかマナチャンだからそんなに気にしてるんだろうけど」
階段で見た杏の表情を思い出す。
苦しそうで、恥ずかしそうで、自分の所在が分からなくなっているような焦った顔。
俺を馬鹿にするときのような自信満々の高飛車な態度は見る影もない。
あれのままでも気にならないけれど、筆木はそうでもないのだろう。
煮え切らないような苦しそうな笑みを見れば容易に察せられた。
「俺はそんなに気になるなら追いかけた方が良いと思いますよ」
「……まあそうだね、パレちゃんも賛成」
少し考える素振りを見せて、筆木は立ち上がる。
「分かりました。では行ってきます!」
自分の鞄、そして杏が忘れていったであろう荷物を持ち、張り切った笑顔で教室を出て行った。
「えっ!?ちょっと待って!!」
モネの言葉は届くことは無く、筆木が立ち止まることも無かった。
「どうしよう、あの子絶対アキチャンの場所知らないよ」
「先輩は知ってるんですか?」
「知らないけど、放っておくのも良くないでしょ」
「追いかけますか?」
「いや足遅いし、あの調子じゃ声かけても無駄じゃない?」
一瞬静寂が二人を襲うが、「心配しても仕方ないか」とモネが一転放任主義なようなことを言い出す。
「マナチャンは阿呆じゃないし、どうにかして見つけるでしょ」
「それ逆に俺が阿呆だって言ってますか?」
「言ってないよ」
ふいと目を逸らし、モネは筆木に渡した残り少ないペットボトルに口を付けた。
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