1-3
「廃部ってどういうことですか!?」
楽科先生の机を身を乗り出し叩く。
その振動でコーヒーと本の束が揺れ、先生の注目は瞬間、彼女から逸れ、危うく惨事となりかけていたそれらに向けられる。
手でマグカップを持ち上げ、山積みの本は体を押さえつけて固定した。
ほっと一息つく間も無く、杏は距離を詰める。
先生はのけぞるように、驚愕を目の色に浮かばせていた。
「決まりでね。部員が五名いなければ、それは部活と認められない。他の部活ならまだしも、何かと禍根になる第二美術部では解体が職員会議で満場一致だったんです」
「満場一致?先生も廃部は賛成なんですか?」
俺の問いに、先生は言った。「全員幽霊部員ですしね」
もぬけの殻と化した部を残したところで、利がないからということだろう。
幽霊部員ならば、部が廃部になったところで、迷惑はかからない。
横目に、涙目でショックを隠し切れない杏を見る。
こんな信者を生んでしまうのなら存在しない方が――問題を起こしそうな生徒を生み出す不和製造機は、ない方が良いに決まっている。
フラットな意見を言えば、俺は大賛成である。勘違いでけなしてきたこれのしょげた顔が見れただけで、廃部には価値があると言うもの。胸の中は「ざまあみろ」という感情でいっぱいである。
ただ――
「困るなあ」
杏は不服そうに鼻を鳴らす。
「やっぱ部活入りたいのね。この嘘つき」
そんな元気なさげに言われては、反論する気も失せてしまう。
俺の目的上、第二美術部だけが幽霊少女を探す糸口であり、それが消失してしまえば、膨大な全生徒から探す掃討作戦を決行するしか他なくなる。
絶対無理だ、いやできなくはないだろうが、キリがない。
「けれどね、あれが無くなってしまうのも惜しいなあと思う僕もいるんですよ」
先生は二枚の藁半紙を見せながら、語る。
「あそこは普通になれない子の受け口として機能してましたしね。その子たちがいらないと思ったのなら、なくなってしまうのが道理だと思うのですが、なにせ僕は普通の教師なので。ただの部活でも、部活動という枠組みそのものに情が湧いてしまう」
俺と杏はその先生の話の意図、そして藁半紙の意味を理解して、徐々に顔を渋くさせた。
「どうですか?部活存続のため、幽霊部員たちを引き戻してくれませんか?」
二枚の藁半紙とは、入部届。
一枚は杏のもの、女子らしい丸字で書かれている。
一方、もう一枚はかなりの達筆で用紙の欄が埋められていた。
こいつの他にも第二美術部を希望する生徒はいたのか――一瞬そんなことを思い、名前の欄を読んで、戦慄した。
『衿谷 百葉』。
杏からの視線を感じて、首を急いで横に振る。
「やっぱり入部したいんじゃない。これだから金魚の糞は。糞は糞らしく、下水に流されたらどう?」
「違う違う!俺はそんなもの書いてない!!てめえ嵌めやがったなジジイ!」
「はっはっはっ、なんのことですかね。あと先生をジジイって呼んではいけませんよ」
杏は俺を目一杯非難し、俺は先生が陥れてきたことに怒り、先生は二人をなだめている。
ストッパーである楽科先生の力量不足で俺たちの水掛け論はヒートアップするばかりだった。
先生が俺たちの言い合いを楽しんでいた雰囲気は否めない。
「ここは職員室です。もうちょっとお静かに」
終戦は見かねた学年主任の一言である。
見れば、職員室にいる教師及び生徒たちは皆一様にこちらへ冷えた視線を向けていた。
「おや、もう昼休みが終わりますね。ではお二人共、考えておいてくださいね」
俺たちは恐らくこの戦争の戦犯たる先生の結びの言葉に、仕方なく頷いて、黙ったまま職員室を出た。
停戦とは常に呆気ないものなのかもしれないと、うわの空なまま思う。
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