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第二美術部が実在するのなら、第二美術部の顧問も存在するだろう。
昼休みを利用して、職員室へと向かった。
入学早々ここに来るのは、別に呼び出しを食らったわけではないのに少し躊躇われるな。
扉を開けて、近くの先生に顧問の所在を聞く。
「ああ楽科先生ならあそこだよ」
と、指さされた方向には、優しそうな初老の教師が目を細め、コーヒーをすすっていた。
あの人が第二美術部の顧問か、案外普通の人だな。
てっきり、もっとアーティストっぽい変人なのかと。
机の上にも美術の教科書やどこかのクラスの提出物の塊、ペンや付箋が散乱しているくらいなもので、アーティスティックな
「こんにちは。楽科先生ですか?」
思わず物腰柔らかに話しかけると、先生はにこりと笑う。
「大変重要な事案なので内密にして欲しいのですが、」
「ああ、入部希望者ですか?」
嬉しそうに先生は『入部届』と書かれた紙を向けてきた。
それを手で押し、苦笑する。
「俺天才じゃないので。いや聞きたいのは部活のことなんですけどね、昨日誰か部室に来ませんでした?」
というかまだあるにはあるのか。
「さあ、いたかもしれません」
「さあって……顧問なんですよね?」
「顧問ですけど、肝心の部員が全員幽霊部員ですし。部室も鍵は開けっ放しにしてますしね」
「部員が全員来ないとか、そんな馬鹿な」
「びっくりですよね。去年まではそんなことなかったんですけど。今年五人以上部員が活動しないと廃部になっちゃうんですよ。もうほんと大変です」
「はあ、そうですか」
かなりの危機的状況みたいだが、先生の声は焦っているようには聞こえない。
しかし合点がいった。
大して美術の才能がないのに部員に誘ったのはそれが理由か。
どうやら第二美術部にはネームバリューがあるみたいだし、誘えば入る生徒も多いだろう。
焦っていないのは先生もそう思っているからか。
いや、そんなこと考えている場合ではない。
部室が誰でも自由に出入りできる状態ならば、あの少女が部員である可能性は下がってしまう。
せっかく見つかりそうだったのに……。
肩を落とし、次なる捜索方法を思案しているところで、先生は告げる。
「けれど部室に遊びに行く人は部員だと思いますよ。あそこ、みんな怖がって入ろうとしないので」
「怖がる?」
言葉の意図を聞くため、言葉を紡ごうとして――
「これ入部届です!!」
「へぼっ!?」
横腹に強い衝撃を受け、よろけて、なんとか持ち直す。
俺はこの二日で何度肉体的苦痛を味わわねばならないのだろうか、そのうちとんでもない怪我をしそうで気が気でない。
というか俺は本当に運動部か?
睨むように当たり屋の方を見る。
そこには水色の肩くらいまで髪をなびかせる少女――スカーフの色からして、同級生。
見覚えのない顔で、可愛い系の造形、薄くだがメイクをしているらしい。
やけに短く折ったスカートや着崩した制服からして、いかにもといった女子生徒である。
偏見を持ったつもりはないが、こういう女子は苦手意識がある。
なぜなら浅野を含むサッカー部員に色目を使い、俺をゴミのように扱うから。
「あっ!ごめんなさい……大丈夫ですか!?」
前言撤回、この人は良い人だ。
人を見た目で判断していけないらしい、胸の奥がちくりと痛む。
「私、杏 呆といいます!イラストレイターやってます!」
「俺は、衿谷 百葉。絶賛人探し中だ」
杏が差し伸べてきた手を掴むと、彼女はにこりと笑いかける。
「何をしていらっしゃる人なんですか?」
「なにを?だから人探しだけど」
「そうじゃなくて、絵を描いてるとか、音楽に精通してるとか。芸術関係で何か業績のある方なんですよね?」
「いや別に何も」
「え……?」
「え?」
恐る恐るといった感じで、杏は訊いてくる。
「第二美術部に入部したくて、楽科先生のもとに尋ねたわけではないんですか?」
「あー……そこは込み入った事情があってだな、話すわけにはいかない」
その台詞を言い終わる直後、握手していた腕を彼女は振り払った。
そして嘲るような視線を向けて、吐き捨てた。
「……汚らわしい」
「はい?」
なにが起こったのか分からない。
理解しないままの顔で杏を見ると、目つきは鋭く、口角は下がり切っている。
あからさまに機嫌が悪い。
「いるわよね。自分は何の努力も、才能もない癖、そのおこぼれに預かろうとする人。自分が凄いのではなく、周りが凄いことに気が付けず、自分も天才の一員のつもりになる人。あなたもその一人よね?早く消えて」
大前言撤回、やはりこの手の女は嫌いだ。
というか何か勘違いしていないか、俺を目の敵にする要素は二言三言の中に無かった……はず。
「お前の機嫌を損ねるようなことしたか?」
「白々しい。あなたは第二美術部に入部したいがために先生に接近、言葉巧みに騙し、入部届に印を押させるつもりだったんでしょ?それが不快だって言っているの。分からない?」
そうに決まっている、という風に鼻息荒く、真犯人を見つけたときの如く指を差してくる。
こいつにとって、第二美術部というものはかなり神格化されてるらしい。
「第二美術部に入部できるのは天才だけ。現在所属する生徒は既に各分野で活躍し、その名を馳せている者ばかり。OBも才能ある者だらけで、皆一様に有名人なの。ここに入るだけで一目置かれる、そんな噂がまことしやかに語られるくらいには影響力があるのよ」
「あっそう」
「あと全員女の子ね。あんたが立ち入る隙は無い。分かったらせいぜい入れるようにこれから努力することね、まあ無理だとは思うけど」
杏は高圧的に鼻を鳴らし、自分を信じてやまない表情で見下す。
天才の花園。
黄金の国のような甘美な響きで、もし現存するならその活動を一目見てみたいと、知的好奇心がうずく。
しかし俺の中で優先度は現状あの幽霊少女が一位、他の愉快な出来事に目は向かない。
「残念ながらお前の推理は的外れも甚だしいよ。俺は先生に話を聞きに来ただけで、」
「それが怪しいって言ってるの。人探しとか馬鹿なこと言ってないで、本当のこと吐いたらどうですか?無能の癖に」
イラッ。
「お前よく話が出来ないとか、落ち着きがないとか言われないか?勘違いで物事を推し進めようとするなよ」
「なっ……!?」
まさか反撃されると思ってなかったらしく、言葉に詰まっている。
お互いに睨みを利かせ、どちらが先に言うか、間合いを測り合う拮抗状態に陥る。
「まあその第二美術部は廃部寸前なんですけどね」
『I LOVE BJUTU』と黒字で印刷された、ダサいマグカップに口を付け、息を吐いて呟くように言う。
「はい!?」
杏は初耳だったらしく、目を白黒とさせながら、口をあんぐりと開けている。
「俺は知ってたけどね」
鼻で笑いながら言うと、物凄い速度で首をこちらに向け、咄嗟に目を逸らす。
彼女の目つきは鋭かったように思う。
あー怖い怖い。
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