1-2

 第二美術部が実在するのなら、第二美術部の顧問も存在するだろう。

 昼休みを利用して、職員室へと向かった。

 入学早々ここに来るのは、別に呼び出しを食らったわけではないのに少し躊躇われるな。

 扉を開けて、近くの先生に顧問の所在を聞く。

「ああ楽科先生ならあそこだよ」

 と、指さされた方向には、優しそうな初老の教師が目を細め、コーヒーをすすっていた。

 あの人が第二美術部の顧問か、案外普通の人だな。

 てっきり、もっとアーティストっぽい変人なのかと。

 机の上にも美術の教科書やどこかのクラスの提出物の塊、ペンや付箋が散乱しているくらいなもので、アーティスティックな

「こんにちは。楽科先生ですか?」

 思わず物腰柔らかに話しかけると、先生はにこりと笑う。

「大変重要な事案なので内密にして欲しいのですが、」

「ああ、入部希望者ですか?」

 嬉しそうに先生は『入部届』と書かれた紙を向けてきた。

 それを手で押し、苦笑する。

「俺天才じゃないので。いや聞きたいのは部活のことなんですけどね、昨日誰か部室に来ませんでした?」

 というかまだあるにはあるのか。

「さあ、いたかもしれません」

「さあって……顧問なんですよね?」

「顧問ですけど、肝心の部員が全員幽霊部員ですし。部室も鍵は開けっ放しにしてますしね」

「部員が全員来ないとか、そんな馬鹿な」

「びっくりですよね。去年まではそんなことなかったんですけど。今年五人以上部員が活動しないと廃部になっちゃうんですよ。もうほんと大変です」

「はあ、そうですか」

 かなりの危機的状況みたいだが、先生の声は焦っているようには聞こえない。

 しかし合点がいった。

 大して美術の才能がないのに部員に誘ったのはそれが理由か。

 どうやら第二美術部にはネームバリューがあるみたいだし、誘えば入る生徒も多いだろう。

 焦っていないのは先生もそう思っているからか。

 いや、そんなこと考えている場合ではない。

 部室が誰でも自由に出入りできる状態ならば、あの少女が部員である可能性は下がってしまう。

 せっかく見つかりそうだったのに……。

 肩を落とし、次なる捜索方法を思案しているところで、先生は告げる。

「けれど部室に遊びに行く人は部員だと思いますよ。あそこ、みんな怖がって入ろうとしないので」

「怖がる?」

 言葉の意図を聞くため、言葉を紡ごうとして――

「これ入部届です!!」

「へぼっ!?」

 横腹に強い衝撃を受け、よろけて、なんとか持ち直す。

 俺はこの二日で何度肉体的苦痛を味わわねばならないのだろうか、そのうちとんでもない怪我をしそうで気が気でない。

 というか俺は本当に運動部か?

 睨むように当たり屋の方を見る。

 そこには水色の肩くらいまで髪をなびかせる少女――スカーフの色からして、同級生。

 見覚えのない顔で、可愛い系の造形、薄くだがメイクをしているらしい。

 やけに短く折ったスカートや着崩した制服からして、いかにもといった女子生徒である。

 偏見を持ったつもりはないが、こういう女子は苦手意識がある。

 なぜなら浅野を含むサッカー部員に色目を使い、俺をゴミのように扱うから。

「あっ!ごめんなさい……大丈夫ですか!?」

 前言撤回、この人は良い人だ。

 人を見た目で判断していけないらしい、胸の奥がちくりと痛む。

「私、杏 呆といいます!イラストレイターやってます!」

「俺は、衿谷 百葉。絶賛人探し中だ」

 杏が差し伸べてきた手を掴むと、彼女はにこりと笑いかける。

「何をしていらっしゃる人なんですか?」

「なにを?だから人探しだけど」

「そうじゃなくて、絵を描いてるとか、音楽に精通してるとか。芸術関係で何か業績のある方なんですよね?」

「いや別に何も」

「え……?」

「え?」

 恐る恐るといった感じで、杏は訊いてくる。

「第二美術部に入部したくて、楽科先生のもとに尋ねたわけではないんですか?」

「あー……そこは込み入った事情があってだな、話すわけにはいかない」

 その台詞を言い終わる直後、握手していた腕を彼女は振り払った。

 そして嘲るような視線を向けて、吐き捨てた。

「……汚らわしい」

「はい?」

 なにが起こったのか分からない。

 理解しないままの顔で杏を見ると、目つきは鋭く、口角は下がり切っている。

 あからさまに機嫌が悪い。

「いるわよね。自分は何の努力も、才能もない癖、そのおこぼれに預かろうとする人。自分が凄いのではなく、周りが凄いことに気が付けず、自分も天才の一員のつもりになる人。あなたもその一人よね?早く消えて」

 大前言撤回、やはりこの手の女は嫌いだ。

 というか何か勘違いしていないか、俺を目の敵にする要素は二言三言の中に無かった……はず。

「お前の機嫌を損ねるようなことしたか?」

「白々しい。あなたは第二美術部に入部したいがために先生に接近、言葉巧みに騙し、入部届に印を押させるつもりだったんでしょ?それが不快だって言っているの。分からない?」

 そうに決まっている、という風に鼻息荒く、真犯人を見つけたときの如く指を差してくる。

 こいつにとって、第二美術部というものはかなり神格化されてるらしい。

「第二美術部に入部できるのは天才だけ。現在所属する生徒は既に各分野で活躍し、その名を馳せている者ばかり。OBも才能ある者だらけで、皆一様に有名人なの。ここに入るだけで一目置かれる、そんな噂がまことしやかに語られるくらいには影響力があるのよ」

「あっそう」

「あと全員女の子ね。あんたが立ち入る隙は無い。分かったらせいぜい入れるようにこれから努力することね、まあ無理だとは思うけど」

 杏は高圧的に鼻を鳴らし、自分を信じてやまない表情で見下す。

 天才の花園。

 黄金の国のような甘美な響きで、もし現存するならその活動を一目見てみたいと、知的好奇心がうずく。

 しかし俺の中で優先度は現状あの幽霊少女が一位、他の愉快な出来事に目は向かない。

「残念ながらお前の推理は的外れも甚だしいよ。俺は先生に話を聞きに来ただけで、」

「それが怪しいって言ってるの。人探しとか馬鹿なこと言ってないで、本当のこと吐いたらどうですか?無能の癖に」

 イラッ。

「お前よく話が出来ないとか、落ち着きがないとか言われないか?勘違いで物事を推し進めようとするなよ」

「なっ……!?」

 まさか反撃されると思ってなかったらしく、言葉に詰まっている。

 お互いに睨みを利かせ、どちらが先に言うか、間合いを測り合う拮抗状態に陥る。

「まあその第二美術部は廃部寸前なんですけどね」

 『I LOVE BJUTU』と黒字で印刷された、ダサいマグカップに口を付け、息を吐いて呟くように言う。

「はい!?」

 杏は初耳だったらしく、目を白黒とさせながら、口をあんぐりと開けている。

「俺は知ってたけどね」

 鼻で笑いながら言うと、物凄い速度で首をこちらに向け、咄嗟に目を逸らす。

 彼女の目つきは鋭かったように思う。

 あー怖い怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る