3-10

「そういえば先輩は何をあいつとしてたんですか?」

 「うん?」モネは読んでいた雑誌から目を離して、杏の方へ視線を送る。

 読んでいた雑誌はフランス語、最近話題の油絵や画材について特集したものだった。

「だから暇潰し、いやちょっと違うけど。パレちゃん幽霊部員継続中だから、それを辞められないかなーって相談してたのさ」

「どうしてそうなるんですか」

「話の流れだよ」

「どんな流れですか!?」

 モネは腕を組み、困ったような顔をする「実際そうなんだから仕方ないよねえ」。

「作品って見ることできますか」

 衿谷と上守とのやり取りが聞こえ、後輩同士の交流の深まりにモネは笑い、杏は顔を渋くした。

「ちょっとその雑誌貸してくれますか」

「ああ、うんいいよ。読める?音読しようか?」

「問題ないです、読まないので」

「よま?」

 杏は手渡された雑誌をくるりと縦方向にまとめて、衿谷の頭を勢いよく叩いた。

 気持ちの良いいい音がして、二人の問答の後に、三発連続攻撃。

 唖然とするモネに礼を言って杏は少し癖の付いた雑誌を返した。

「なにしてるの!?」

 一拍置いて呆然としていたモネは突っ込む。

「あ……すみませんカッとなって、雑誌弁償しますね」

「そっちじゃないよ!いやそっちもびっくりしたけど!けどそれよりもだよ!!」

「変態は捌かれて当然です。能力の無い変態程価値の無いものはありません」

「そうでしょうか。彼はかなり有能だと思いますけど」

 筆木の反論に、杏は「どこがですか」と返す。

 そして三人の視線は衿谷へと集まり、彼は考え込むように携帯に映った上守の作品を見始めた。


「先輩はどうして幽霊部員なんですか」

 少し丸めた癖の付いた雑誌を引き延ばすように読むのを再開したモネは彼女の台詞に「まあいいか」と呟いた。

「パレちゃん敏感だから別の環境で、というか人に見られながら絵が描けなくてさ。人がいるだけでダメダメで、部活っていう人が集合して何かをする特性上、根本的に向いてないんだよねえ。だからいったん入ってみたし、いる分には楽しいけれど、創作ができないなら意味ないかなと思い幽霊部員ってこと」

「へえ、先輩が単独で部活動できれば全部解決ですけど。それはだめなんですよね?自分を変えたいという話で、環境を無理矢理変えても意味が無いので」

 モネはその言葉に笑顔を決して、何やら真剣に考え込む。

「有りじゃないそれ」

「え、本当に言ってますか」

「リハビリだよ。私を変えるのではなく、私の環境を変えることでリハビリするんだ。なるほどアキチャンの言う通り後輩クンより優秀かもしれない」

「ま、まああいつよりも私は凄いので!当然です!」

 胸を張って嬉しそうに杏は言う。

「では月曜と金曜、先輩だけ部活をするというのはどうですか?上手くいきそうなら日数を増やすとか、同じ部屋に人を増やしてみるとか、段階を踏んで慣らしていけばよさそうですし」

「いいね、乗った!パレちゃん大賛成っ!これをパレット・モネリハビリ大作戦と命名しよう!マナチャンもこれに異論ないかな!?」

 衿谷との話を終えた筆木はちらとこちらを見て、笑った。

 『構わない』という意味で笑ったのだろう。

「では幽霊部員から復帰ですか」

「うん、そうなるね。ありがとうアキチャンのおかげだよ」

「私のおかげ……ええまあ!私は天才なので!どんどん頼ってくれて構いませんよ!!」

 誇らしそうに得意げな笑みをもらす杏にモネは愉快そうに口角を上げる。

 そのやり取りをうっすら聞いていた筆木もいつもより和やかなに笑っていた。

 

「じ、じゃあ付き合う?」

 

 唐突に聞こえてきた言葉に三人は椅子からは転げ落ちた。

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