4-6
次の日、昨日と同じく教室前で張り込むが結局ト書が姿を現すことは無かった。
教室内にも彼女はいない――よく考えたら、先日勝負を持ち掛けられたとき、昼休みが終わって五時間目が始まったくらいの時刻だったはず――ト書が日常的に授業をサボるタイプならこうして張り込むのは無駄だった。
彼女と同じクラスの連中が姿を見たことないというのもおかしな話だ、高校の授業では大抵席が固定されていて、三十いくつかある学習机にはそれぞれ名前が割り振られているのに、仮に一度も見たことが無くて容姿が分からずとも「その席に座ったからト書きげきに違いない」という推測はつく。
裏金やコネ、そういう直線の妄想をしてしまうのも理由が分かる。
義務教育ならまだしも、学校に来なければ、進級できなければ、留年か自主退学しか道はないだろうに。
しかしト書は学校に来ている、記録上欠席はない。
……理不尽な力よって事実が歪ませられていたとしても信じるしかない。
ゲームのルールを順守して彼女がこの一週間を過ごしていると考えないと、話は進まない。
「うおおおおお!せんぱーい!ト書せんぱーい!!どこにいますかー!!」
体力と動体視力、ついでに運動神経にも自信はある。
昼休みの限られた時間で校舎中を見て回り、発見した対象を見逃さない、そして逃さず捕らえられるだけの身体能力は十分にあると思っていた。
俺は廊下を走っている。
一目見ただけで分かる場所に、隠れずにいるとト書は言った、緻密な捜索は必要ないはずだ。
「せんぱーい!!いるなら返事してくださーい!!」
返答は無く、代わりに同級生の後ろ指差すような声ばかり聞こえてくる。
中には呆れたような慣れを主張する発言すらあった。
叫びながら一年の教室が集まる校舎をローファーの裏のゴムが焼けるくらい力強く踏みしめて廊下の端から端まで走り過ぎる。
同級生の不気味なものを見る目を我慢すればなんてことはない――むしろこんな奇行を面白がっている人間がいれば、きっとそれがト書だろう。
息はまだ上がっていない、早く次の階へ行こう。
階段を昇って二階の廊下に到達し、つま先を鳴らした。
「ト書せんぱーい!はやく俺に見つかってくださーい!!」
実力を出し切るようなフォームで、視線は俺を避けるように廊下の側面でちじこまる生徒や教室中で歓談する生徒たちに向ける。
一人一人の顔を見ながらト書のものと一致する者がいないか確認を続ける。
糸目で浅葱色のショート、ユニセックスな容姿に常に人を子馬鹿にしたような表情。
一目見れば彼女がいると分かるだけの判断材料を手に入れた、はずなのに、
「見つかんねー!」
もうこの校舎二階の末端へ行きつく。
やはりこんな脳筋なやり方では見つかるわけがないのだろうか……正攻法があるとか。
けれど”人探し”としての効率的な方法は昨日済ませてしまっている、張り込みと聞き込み、これでだめなら自分の足を使うしかない。
まるで古い刑事ドラマだ、このゲームが『かくれんぼ』とするなら姑息な手段ばかり取っていることになる。
ともかく今日はこれで頑張ろう、手段はその後に考えればいい。
……背後がやけに騒がしい。
振り返ると筋骨隆々の、古めかしい体育教師が数人こちらに向かって来ている。
あれらは俺を睨んで視線を離さず、標的が誰かを分かりやすく示していた。
「まずっ!?」
人探しどころではない、早く逃げなければ……!
「あーもう嫌だ、散々だ。どこにいるんだよあの裏切りト書!」
裏切られた覚えは無かったものの語感の良さだけでそう叫んだ。
追いかけてくる教師たちから逃げながらト書を探し続け、ついに部室棟の四階まで到達する。
部室前にへたり込み、息荒く天を仰いだ。
一年生校舎、二年生校舎、三年生校舎、部室棟――四つの棟から構成される学内その全てを見終わる頃にはついに放課後になってしまった。
夕暮れと夜の相中、体育教師共が諦めるまで随分と走った、無尽蔵の体力があったはずなのにもう立ち上がれない程疲れ切っていた。
額の汗を学ランの袖で拭いて、体の熱を少しずつ冷やし、冷静さを取り戻す。
この二日は思いつく作戦の内確率の低いものを試しただけだ、残り三日――休日もいれば五日もある。
明日はもう少し確証のある作戦を実践するまでだ、失敗も織り込み済み、今日の敗北は明日の勝利を紡いでいく。
次は第二美術部員、顧問への聞き込みでもしよう。
ト書と同じクラスの生徒たちより有用な話が聞かるかもしれない、いや聞けなくては困るのだが。
「よし」
もう汗も引いたし、息も整った。
体力の回復にも定評があるのが衿谷さんの良いところである。
平時と変わらない状態を手に入れて、置きっぱなしだった鞄のことを思い出して、まず教室に向かおうと考えた。
「あ、あの衿谷ちゃん」
「うおっ!?……なんだ上守先輩か」
部室の扉からアクアマリンの髪色の少女がおずおずと現れて、俺の姿を確認するとにへらと笑った。
「えへひ……え、衿谷ちゃんおっきな声出してたけどどうしたの?」
「ト書先輩を探してたんですけど、全く見つけられなくて」
上守はしゃがんで視線を合わせてくる、運動後の俺より荒い鼻息が顔にかかった。
へたり込む体の隙間を縫うように、パズルを組み合わせていくように彼女は体を近づけ、足を絡ませ股を押し付ける。
全身を委ねるように上守は体躯を押し付けた。
「そうなんだ、よかった」
「お、俺としては全然良くないんですけどね」
動揺が声に表れ、それを見逃さず上守は甘い吐息を吹きかける。
「衿谷ちゃんがきげきを見つけられなかったら、わたしとお付き合いするもんね。楽しみ」
「そんな約束した覚えが無いのですが!?」
「いましよ?」
「魅力的な提案ですが、現状そんな気にはなれないので離れてください!」
彼女の胴に腕を通して立ち上がると同時に、彼女も両の足でリノリウムの上に立たせた。
「むう。わたしじゃだめ?」
「だめではないです、ただそんないい加減なことをこれ以上したくないんです」
不貞腐れたように頬を膨らませ、視線をそっぽへやった。
わざとらしい素振りで、顔を背けながらもちらちらとこちらの様子を確認している。
顔の狂気的な赤みは取れて、普段と変わらない表所のまま、たまに笑い声を漏らした。
「わ、わたしは今不機嫌」
「そのようですね」
「なので明日デートして」
「デートですか……デート!?あの俺が今やってるかご存じですよね?」
じと目で優しく上守は睨む。
断るのは角が立つ、上守のことを嫌いなわけでもないしデートという身近でない単語に胸躍らないはずがない。
異性に好かれる経験さえ初めてのことで、普段であれば喜び勇んでその手を取ったことだろう。
けれど状況が違う。
俺には好きな人がいて、その好きな人と会えるかもしれないのに、デートに行くのは気が引けた。
貴重な活動の一日を遊びに使い、もしこの一日捜索に使うか否かが発見できるか分水嶺になるかもと思えば、その判断は鈍くなってしまう。
しばらく唸りながら悩んでいると、
「た、多分きげきのことも分かるよ」
「行きましょう。今すぐにでも」
「衿谷ちゃん嫌い、知らない」
さらに機嫌が悪くなってしまった。
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