2-6
ショートショートはとある雑誌の画期的な発想から生まれた。
その雑誌では小説の冒頭をカラーの上質紙に、雑誌全てを呼んでもらうべく残りを後方に置いた。
あまり好ましくないそのやり方を変えるべく、そもそも短い小説をいくつか載せたところ読者にウケて、その短さが今に引き継がれている。
ショートショートの巨星、ある小説家によってその小説の書き方は広まり、定義はいくつかあるが、どれだけ長くとも一万字は越えない――平均三千字程度の、十分足らずで読み終える文学作品とされている。
その執筆方法はあまりに有名で、見た目の通り小説なんて好んで読まなそうな俺でさえそのいくつかは義務教育課程で知ってしまった。
『短くて良い』という気軽さは小説執筆経験皆無な俺にとって大助かりで、制限時間一時間もそれを見越した設計だった。
制限時間が自分に寄り添ったものであるとするなら、筆木からすれば冗長なまでの時が過ぎるはず――
なのに。
「はい一時間経ったよー!どれどれ……ってなにこれ!?」
モネは筆木の四百字詰め原稿用紙を見て、オーバーなリアクションを取る。
机を並べた横からちらと彼女の方へ視線を向ける。
そこには姿勢正しく、にこにこといつもの笑顔を浮かべる筆木と――”白紙の原稿用紙”が数枚あるのみ。
一つも文字は無く、モネから手渡されてたシャーペンと消しゴムは使用された形跡が無い。
はなから小説など書く気のなかったような状況証拠。
筆木は見ていたことに気が付き、一時間前の鬱屈とした表情が嘘のように、にこりと微笑む。
「退屈な一時間だったんじゃないですか?一時間も手持ち無沙汰で」
「そんなことはありません……むしろ短いくらいでした。あの人のことを深く考えるのは久しぶりでしたので」
筆木はくつくつ声を出して笑い、どこか清々しく、すっきりしたような表情になっていた。
顔つきの細かな機微であるけれど、もしかしたら俺の自分勝手な思い込みなのかもしれないけれど、彼女は吹っ切れたように見えた。
「パレットさん判定をお願いします」
「あ、うん。勝者は後輩クン!負けたマナちゃんはお電話してね」
モネは円山四条の連絡先が表示された自分の携帯を手渡し、少し満足気な表情を見せる。
「さっ!お邪魔虫はとっとと消えるよ、二人の逢瀬を邪魔しちゃ悪いからね。ほらなにぼーっとしてるの後輩クン教室を出る出るう!!」
背中をぐいぐいと押されるがまま、強引に教室から抜け出し、モネは戸を閉める去り際、
「今度は抜け出そうとしないでね!」
と釘を刺す。
そのとき彼女の笑顔が少し引きつったように思う。
扉を閉め、かすかに筆木の浮ついた声が聞こえる中、体育座りで壁にもたれる。
隣にいるモネは緊張の糸が切れたように、体勢を崩して溜息をついていた。
「いやあ良かった良かった、これでシュンちゃんマナちゃん仲直り大作戦は成功だねえ!お手柄だよ後輩クン」
「名は体を現した作戦名ですね……まあ上手く乗っかってくれてよかったです」
「にしてもさ、」彼女は回収した原稿用紙の一枚を俺の目の前に突き出した。
「これは格好つけ過ぎじゃない?」
その原稿用紙は俺のもの、たった一文書かれたそれに苦笑いを浮かべた。
「いいじゃないですか。ちょっと格好をつけるくらい行き掛けの駄賃にしては安いでしょ」
『筆木学は白紙で提出する』
原稿にはたったそれだけ書かれていた。
モネの独断と偏見で勝敗を決めるため、別にこういった小細工をせずとも筆木の敗北は決定されていたが、俺は首謀者として、作戦の肝としてその証拠をつけたくなってしまった。
なんと自己愛の強いことか、一瞬自己嫌悪に陥るが、別に悪いことではないとしてそのネガティブシンキングは思考の隅へ追いやる。
「これで筆木先輩は部活に来るようになりそうですけど……モネ先輩はいかがです?この際一緒に楽しい部活ライフをエンジョイしませんか?」
モネは少し考えるようにして、口を開く。
「マナちゃんに倣って、一言だけ言うね」
立ち上がり、少し皮肉なめいっぱいの笑顔を見せる。
「つまんないから行かないや」
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