白い桜が舞う中で〜黒幕系ヒロインとの恋愛譚

第8話 黒い暴発・桎梏

シンシン桜だけが降り積もる中、急に後ろから抱き着かれ、手で口を覆われる。この冷えた体には暖かくて、強い。それでいて優しい腕が私を包み込む。

いままで、冷え切っていた、心と体に熱がこもる吐息が首筋をくすぐりもっちょこい、安心する間隔が体を包み込む。

優しく包み込む腕が、感じる彼の体温がぼくを少しずつ癒していく。それゆえに信じられない。

「アッぶねぇな…縁起でもないこと言うなよ…」

「どう…して…？」

体に巻かれた腕をもう離さないとばかりに話さないとばかりにギュッと掴みながらゆっくりと後ろを振り向く。

「どうして？？ぼ、ボクが殺したはずじゃあ…」

何故？

彼がここにいるのか信じられない。幽霊なのか？それともボクが生み出した幻想や妄想の類（たぐい）なのか。

「ボクが、この手で！」

「まあね…すごく痛かったよ。でも…」

彼はボクがやったことを何事も無いように話を進める。

「まあ、碧唯を傷つけていたのは俺だからな…自業自得。」

「ボクは君を…こ…ろしてしまった」

「だから、死んでねえって」

「そうじゃなくても！！ボクは、人を傷つけて！！！大切な人を傷つけて！！！こんなボクなんか！！！」

子供のように駄々こねる。

でも、こんな時でも頭の中を占めるのは、ずっと大切な人。一緒にいて心地よかった人。そして何よりも一番―――人。そんなことで頭がいっぱいになった。

彼には、幸せになってほしかった。でもボクではきっとすることが出来なくて。でもきっと彼を幸せにするのはボク以外であるとわかって。

なら…彼が手に入らないなら、殺したいとさえ思った。

でも、だめだ…もう取り繕うことさえできない。隠し通すことさえできない。胸の内に秘めたこの思いは漏れだすばかり。だけどそれだけじゃ無くて、

「怖い…怖いよ」

「うん…」

「また、裏切られるんじゃないかって…君にも裏切られてしまうんじゃないかって・・・」

―――人を、素直に信じることが出来ない。―き―人を心の底から愛することが出来ない。そんな生き地獄。

もうとっくに、他人なんてものを信用できなくなってしまっていた。

空に恋焦がれたイカロスがその強い思い故に翼を失ってしまったように、あの美しい蝋燭の火を手でつかもうとすればするほど火傷してしまうように…

苦しさが蜷局（とぐろ）を巻いて胸の内を締め付ける。この―という名の猛毒は心をボロボロに溶かして蝕む。

それを気づかぬように、絶対に気付かれないように隠していたのに、倍々に膨れ上がる感情をどうすることもできなくて…

でも必死に抑え込む、これは開けてはいけない箱だ。

「だから、もういっそ消えてしまおうって」

「だから、あの桜に祈ったのか…」

今まで、ボクの体を優しくでも力強く抱きしめられていたのが解放されてしまう。それと同時に熱が逃げていく。それを逃がさないとばかりに、今度はこっちから強く握りしめる。

きっとこの胸の中で消えることが出来たのならどんなに幸せなんだろうか…

「だから、このままでいさせてよ…僕が消えるまでずっと…」

しかし、彼は答えない。きっと

「白い桜…確かどんな願い事を叶えるだったっけ…」

それを聞いて、ああやっぱりなあと思ってしまう。きっと優しい彼の事だからボクの願いを打ち消せるなんてことを考えているんだろう。

「無理だよ、都市伝説だと、願い事が叶うにも優先順位があるんだ。当人の願いが優先される」

「へえ」

「だから、無駄だよ。ボクは消える」

だから、観念（かんねん）して見送ってほしい、そしてどうか彼の一生の傷になってほしい。殺してもなおボクの頭の中に居座ったように、死んで彼の中に居座ってやる。

「はぁ、碧唯。お前は俺のことをなんだと思ってるんだ？そんなホイホイと、はいそうですか、なんていう訳ないだろ。試さなきゃ分からないこともある」

「じゃあ試してみるかい？ボクとしては、君にそんな願い事で消費してほしくないんだけど…でも君はやるんだろうね…」

白い桜に願い事を叶えてくれる回数は人生で数回…そんな貴重な願い事を使わないでほしいけど。でも、今この瞬間ボクを見ていてくれることに、彼の瞳の中にボクしか映っていないことにゾクゾクとした感覚が芽生える。

「本当に、碧唯は俺のことを何もわかってない。何も理解していない」

「へ？」

しかし彼の雰囲気が、少しずつ変化しだす。今までのような柔らかい優しさではなく。今までのような心地よさではなく。優しさにあふれて、無害そうな雰囲気ではなく

もっと狂気じみていて、おぞましくいいような感情が溢れているのがわかる。重く、まとわりつくような感情が口をふさぎ息することすらも困難で体を締め付けるような、そんな感覚。

「この俺が碧唯を死なせるなんてあるわけがない。でなきゃここに俺がいる意味がない」

肇く…ん？

いや…

君は一体誰だ？

今までの彼からは想像できない程にかけ離れた狂気。

「本当に甚だしい勘違いだよ碧唯。俺はな、この世界の人間がどうなってもいいし、なんなら死んでほしいとさえ思っているんだよ。そんな俺が誰でも助けるように見えるか？」

「でも、君は困っている人を助けて―」

「ああ、だってお前がいるからな。好きな人の前で格好つけるのは普通だろ？でなきゃ、普通に見捨てる」

「いや、それはそれで人間としてどうなんだい…」

彼の言いように思わず突っ込むと、心外だななんて顔を向けてくる。

ボクが言うのは何なんだけどその思考は結構ヤバいからね。

「ゴッホん、つまり俺はそんな人間な訳。だからね―絶対に、碧唯は見捨てない」

『桎梏（しっこく）』

彼がそう言葉を発した瞬間、今まで、散りつもっていた桜の花びらが勢いよく舞い上がる。そして僕たちの周囲を取り囲むように踊り始めた。

「何を…しているの？」

今まで雅に踊りながら無機質に散っていた花びらがまるで生き物のように動き始める。そんな超常的現象に思考が停止してしまう。

どんどんと桜の花びらの数が増えていき、あっという間に一寸先も桜の花びらで埋め尽くされて見えなくなる。

竜巻ができたようにぐるぐる巻き踊っている。

「たしかに、都市伝説では願い事が重複した際は、当事者の願い事が優先される。だけど…術しき、ゴホ！」

突然、彼の胸から血が噴き出し始める。鮮で鉄臭い噴流が空中に舞い上がった。

「え？」

「こぼっ、ゴホ…ハハっ。やべぇ。死にそう…」

「笑っている場合か！！！！」

慌てて、出血を止めようと手を当てるが、指の間から出血が滲み出し、地面にボトボトと垂れていく。

「ねえ、何？これ…さっきボクがつけた傷？」

「違う、違う。それはさっき直したから」

「じゃあ、なんで？なんで止まらないの？」

顔に真っ赤な液体がかかり、生暖かい感触が頬を伝う。

だというのに彼はへらへらと嗤いながら、飄々としている。

「アハハ。ちょっと、ミスちゃっただけ。よし次こそは！！」

「ねえ、ちょっと！！！」

今度は、全身から、血があふれ出す。周りの真っ白な桜の花びらが真っ赤な血で赤く染まる。

「君は、一体何をしようとしているんだ！！？？もうやめてよ！！」

「何って、碧唯を助けようとしてるんだよ…」

「ねえ、もうやめて！！！君が本当に死んじゃうよ」

「やだ」

「やだじゃなくて…なんでよ…どうしてそこまで…」

「何度も言ってるよな？助けるって」

「無理だ！たとえ助けられたとしても、人を信じることが出来ないボクは苦しいだけなんだ！！」

ボクは、物語に出てくるヒロインではない。救われる資格があるヒロインではないのだ。

きっとボクは、悪役。人を誰も信じることが出来ず、人を傷つけることに快楽を覚える悪役だ。

だから、こんな命を張って助けられる筋合いなんて…ないのに…

「だから、嫌でも信じさせる。絶対に！！！」

「はぁ？？」

「次は祝詞込みで…」

そう話す間にもどんどんと桜の花びらの量が増えていき、視界が白で埋め尽くされていく彼の声もだんだん聞こえずらくなっていく。

「この体を贄捧げたてまつる。身の前の哀（あい）のすべてを――」

「願わくば――――――

――――――をかしこみかしこみもまおす」

激しくなり響く風の音と共に、視界かホワイトアウトしていく。それと共にだんだんと意識が遠のく

「お前を絶対に、幸せなんかにしてやらない」

桜の花びらが散り落ち剥げた桜の木に誰かがつぶやいた