第15話 絶鎌の呪咒

突如、街中の交差点に出現した怨霊体アパリティー


怨霊体アパリティーとは裏次元変異現象体うらじげんへんいげんしょうたいが正式名称で現実の世界と位相がズレた世界で発生する正体不明の現象だ。


そして発生したそいつらは、力を持つと裏世界の次元と現実世界の次元を同化し始める。――多次元同化現象たじげんどうかげんしょう


完全に現実世界に同化してしまうと、災害並みの被害が現実世界に起こってしまう。


山の怨霊体アパリティーであれば、火山活動が活発になるし、海の怨霊体アパリティーであれば、地震や津波を起こす。


今回の親子の怨霊体アパリティーであれば、子供の死亡率が上がったり、交通事故の発生率が上がるとか


そういった災害から人類を守るために設立されたのが、退魔庁。俺たち退魔師をまとめる本部みたいなところだ。


「まあ、そのほかにもいろいろな組織は存在しているけどな!っと、来るな」


【キェェェェェ――――】


そんなことを考えているうちに眼前の怨霊体アパリティーは、逃げることが不可能と判断したのだろう。胸に抱かれている赤ん坊形のがまたおぞましい奇声を上げた。


その声は、単なる音というものを超越し、衝撃波を伴って迫ってくる。


まるで、巨大な怪物の咆哮のような轟音が響き渡り、空間を激しく揺さぶった。


周囲の建物や街路樹が激しく揺れ、建物のガラスが粉々に砕け散る。それだけではなく、地面には亀裂が入り、道路を抉りながら音速の高密度の攻撃として俺に襲い掛かる。


視界いっぱいの瓦礫の大波。それはまるで巨大生物が口を開けているような光景で…


「避けてぇぇぇ!!!!!」

「きゃああ!!!」


敵の攻撃が迫り来る中全く避ける動作をしない俺に、赤髪ポニーテールの子と金髪ロングの娘が叫び声を上げる。さっきまで自分たちが喰らっていたものとは比べ物にならないレベルの、凄まじい攻撃に悲鳴を上げる。


そして轟音を伴う不可視の攻撃が、俺が突き出した手と衝突する。



§



周囲を無関係に襲う攻撃の波紋が吹き荒れると覚悟して、衝撃に備えようとした時、目を疑う光景を見てしまった。


怨霊体アパリティーの放った、衝撃波と少年がぶつかり、訪れたのはまるで空気が凍りつくかのような静寂。しかし、その静寂もつかの間、まるでジェットエンジンのような暴風が周囲を襲い、土煙が巻き上がる。


「―――ぐっ…」


衝撃の余波に耐えきることが出来ずに、JC3人組は地面に尻餅をつく。


「いってぇ――」

「けっほ、けほ」


視界が晴れると、そこには、無傷で立っている少年。


悠然とたちずさむ少年に、驚きで目を見張る。


「無傷…ですか…」

「なんなのよ、あれは!」


そんな、先ほどよりも強化された攻撃を無傷で受けた少年に底知れない恐怖を抱く中、緊張感のない声が3人に掛けられる。


「ヤベ。うまく打ち消せなかった…お~いそっちは大丈夫?」


忘れ物をしたかのような軽いノリで安否を確認する少年。


土煙が晴れ、視界が明瞭になり、申し訳なさそうにこちらに視線を寄越してくる。しかし、そんな余所見をしている少年の隙をつくかのように、異形が距離を詰めた。


まるでレイピアのように体の一部を変形させ、細く長い鋭い爪で首を掻き切った――かのように思われた


「っぶね」


ギリギリのところで、しゃがみ回避する。

頭上をシュンっという風きり音と共に通過していく。回避しなければ、今頃頭がサイコロステーキになっていたに違いない。


さっきから碧唯といい、頭を執拗に狙われるのは気のせいだろうか?


なんてことを考えながら、少年は次々と迫りくる攻撃を淡々と回避している。


しかし、危なげなく攻撃の回避をしている少年に、怨霊体アパリティーの攻撃は容赦なく急所に攻撃をしてくる。


「本当に…しつこいな!!!」


これでは埒が明かないと、しゃがみこみ、低い姿勢のまま怨霊体アパリティーに足払いを仕掛ける――


――が、素早く後ろに飛び去られ、回避されてしまう。


すると訪れる、膠着状態こうちゃくじょうたい


お互いに、次の動作を読み合いながら、先手を取るために駆け引きをする時間が始まった。


次、同のように動いたら最も勝ち筋に近づくのか、相手がしたいことは何なのか?


視界に入る情報全てから、相手の次の行動を何通りも思い浮かべる・・・


だが、そんな緊迫した時間に、聞こえてくる緊張感の無い欠伸をする音。


「早く帰りたいなあ…」


「こんな趣味の悪い場所に居座りたくない」や「明日、始業式じゃん」という呟きが聞こえてくる。


「早く家に帰って寝たい」挙句の果てにはそんな切実な願いが聞こえてきた。


それに、ブチ切れる怨霊体アパリティー


怨霊体アパリティーに言わせてみれば、目の前の少年に自分の強さと存在感を十二分に示したつもりだった。


だというのに、少年は余裕の表情を崩さず、この殺意の籠った視線にも動じない。まるで部屋にいる羽虫の扱いだ。


普通であれば、相手の情報を見逃さないがためにも、瞬き一つさえも遠慮してしまうような時間であるというのに、目の前にいる少年は余裕綽々の様子。


―完全に舐められている―


【キェェェェェ!!!!!!!】


それを目の前でやられた怨霊体アパリティーは激怒し、体を大きく振りかぶりながら再び衝撃波を打ち込む。


でもやはり、少年に攻撃が当たる前に次々消滅する。


浜辺に打ち寄せる波のように、無常に自然に還るかえる


その異様な光景に目を離すことが出来ないでいる3人組。いや、赤髪の子に至っては、周りをきょろきょろ見渡して解説を要求していた。


「攻撃が、うち消されている…?ねぇ、夏帆説明をっ」

「さっきより威力は数十倍以上に上がっている…なんかしらの力?もしくは術式を用いて攻撃を消滅させている?」

「ねぇ、ねぇ夏帆?声小さくて分かんないんだけど…」

「……」

「かぁ~ほぉ~」


攻撃を打ち消している力や術式の正体は分からないが、この少年は何かしら特殊な術式を施行していることだけが分かった。


そうして、周りがいろいろな推論を立てている中、怨霊体アパリティーと少年の一方的な攻撃は終わりを迎えようとしていた。


「どうした?鼻くそみたいなチンケ攻撃はもう終わりか?――だったら次はこちらから行くぞ!!」


おもむろに手を開き、その中にエネルギーを収縮させ始める少年。そして、エネルギーが収縮したその瞬間、その奇跡の御業みわざを世界に宣言し――


えんけきゅい!?…」


急に体に違和感を感じ、詠唱を噛んでしまう。


それでも、幸か不幸か、術式の発動が失敗するわけでもなく、唱えられた詠唱?と共に、空中に卓球ボールくらいの火の玉を出現させた。

直径数センチにしか及ばないその球体は空気を切り裂きながら、炎の尾を引いて翔ける。


遠くから見れば、まるで、夜空に流れる流れ星のように輝く光球が空を舞っているようにさえ見えた。


目標である怨霊体アパリティーに衝突すると、その小さな光球に似合わずおおきな爆発を


―――という訳でもなく、カンッという固い装甲にあたった弾丸のような音を立てて、周囲へと散っていった。



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