第34話 毒舌アホ娘VSクソガキ


「いつも通りのルールで構いませんね?負けた方が明日の昼ご飯を奢るで」

「ああ、それで構わない」

「それじゃあ…」


二人の間に濃厚な重苦しい雰囲気が流れ――


「「【定義宣言】…!!」」


両者が構えをとると同時に、九条夏帆くじょうかほが掲げた花はスノードロップ。

雪のしずくのように、白く美しい花。裏の意味では死を象徴する花。


「【雪華せっかしずく】」


その花からこぼれ落ちた雫がぽちゃんと垂れ、静かな水面みなもに石を投げられたように、空間が波打つ。


「……ッ!?」


目の前が陽炎かげろうのようにゆらゆらと歪んでいる光景に危機感を感じた碧唯あおいが、夏帆かほに接近するのをやめて、距離をとる。


――ギュゴン!――


実際その判断正しかったようで、先ほどまで立っていた空間がぐちゃぐちゃにつぶれた。


「うわ~施設をめちゃくちゃにして…後で怒られてもボクは知らないよ?」


その惨状に思わず言葉をこぼす。


夏帆かほの周り4m四方が荒らされた畑のように抉られている。まずもって、友達にけしかけるような攻撃でないことは確かだ。


「初見で避けますか…」

「いや~、危うく大けがをするところだったよ」

「チッ」

「極端な密度差の波…効果範囲は4メートル弱ってとこかな」


夏帆の周りの地面は、夏帆に近ければ近い程損傷が激しいが、離れれば離れるほど急激に威力が落ちていることが分かる。


「とはいえ、近づくにはリスクがあまりにも高すぎる…いい術式を編み出したじゃないか、夏帆」

「おほめに預かり光栄です、でもそんなに余裕こいてて大丈夫ですか?私は、効果範囲をもっと広げることが出来るかもしれませんよ?」

「ダウト。その術式は演算が複雑で霊力マナのロスが多いんじゃないか?とすれば、先ほど施行した範囲が精一杯。波って距離取れば威力が弱くなるから、効率も悪い」


普通の波であれば、伝搬損失でんぱそんしつは距離の二乗に比例する。もちろん波長などその他の条件に左右されるが、この【雪華せっかしずく】はとてつもなく、損失が大きい。5メートルも離れれば、ほぼほぼ実害がないレベルまで落ちてしまう。


「はぁ、これだから、感覚派は嫌なのです」

「理論派は頭が固いなぁ」


夏帆かほは、巫女であるため近接戦闘にあまり長けていない。そのため、ふところに入られたときの対処法の一つとして【雪華せっかしずく】を編み出した。


先日の怨霊体アパリティーに使うことはなかったが、近接派の碧唯あおいには効果てきめんである。


一回でも喰らえばさすがに碧唯あおいと言えども無事では済まない。初見で勝利を掴みとりたかったが、残念。相手はこれでも学園でも有数の実力者なのだ。


戦闘センスはさることながら、それを根本的に支えているのがその洞察力。


相手の施行した術式を的確に把握して、瞬時に対処法を編み出す判断力。


それこそが、水野碧唯という少女ラスボスだ。


「じゃあ次は、ボクから行くとするか…【疾風雷鳴しっぷうらいめい】」


碧唯が詠唱しながら鯉口を切ると共に、ゆっくりと引き出されている刀から強烈な光が漏れだす。


周囲が荒れ初め、稲光がその中で縦横無尽に暴れまくる。強烈な風が吹き荒れ、立っていることもままならない。少しでも気を抜けば、一瞬にして、吹き飛ばされてしまいそうなほどの暴風。


風で飛ばされてくる塵でさえ、体にダメージを与える。


「ッ…!!おもっ!!」


このままでは張っている防御の陣は砕け散ってしまうだろう。であれば攻撃をするしかない。


「【蓮華漣れんげれん】」


咲いた蓮華れんげから、大量の水が流れ出てくる。それは巨大な波となり、周囲を一掃する。


急にダムが崩壊したように流れ出た大量の水が、周囲の風を弱める。


流れ出た水が電気を吸い込み、電気をブレンドした水流を碧唯に返還する。


「お返しします!!!」

「あはっ!それは遠慮しておくよ―――無効術式【鳴る神】」


キ―ンといった高音の金属音が響くとともに、十数メートルであったであろう波の壁を無効術式むこうじゅつしきで一瞬にして消え去る。


無効術式むこうじゅつしき……やはり習得していましたか」

「ああ、自他関係なく構築している術式を無効化させるなんて便利だからね。実戦では初めて使用してみたけど、どうかな?」

「ふん、まだまだですね。まだ私の方が巧いうまい

「あはっ♪言うね!」


と強気に出てみるものの、先ほどから押されているのは夏帆自身。


この戦いの主導権を握っているのは、皮肉なことにずっと碧唯あおいだ。

最初の一手目から、ずっと対処的行動たいしょてきこうどうしか出来ないでいた。


「防御の術式を張って、一旦安全マージンを取る?」


違う、それこそ完全に主導権を渡してしまう悪手だ。加えて、その即興の防御術式が碧唯あおいの攻撃を受けきれるとは思わない。


であれば、ぎょくの周りを囲って固めるのではなく、それこそ居玉いぎょくでガードを何一つ考えずに、攻めるしかない。


自分を守っている暇なんてものはない。


「【紅蓮炎花ぐれんえんか――!】」


碧唯の周囲が爆発的なエネルギーに包みこまれ山茶花さざんかが咲き誇る。それは、花火のような花姿で、花火が打ちあがるかのように、周囲が爆発に包まれる。


腹に響く重低音。


爆炎ばくえん碧唯あおいを包み込んでから数十秒。山茶花さざんかの花弁が一斉に舞い散る。

真っ赤な花火が夜空に乱れ咲くように、空間に鮮やかな花の絨毯じゅうたんを描く。


「……」


夏帆もこれで碧唯に勝利したとは思ってはいない。だけど、少しばかりのダメージが通ってくれれば…


「今日は随分と積極的じゃないか」

「……本当にどうなってるんですか…あなたは…」


が、夏帆かほの健気な願いは一言で崩れ去ってしまう。


無傷…ダメージがまるで通っていない。

先ほどの攻撃が、演算ミスで発動しそこなったとか、威力が落ちたとかならまだ納得できる。


でも見た感じ、先程の攻撃は、絶対に直撃したし、何なら難易度の高い魔法を演算ミスなく発動できたと思っている。


だというのに…無傷。


夏帆には碧唯が魔王か何かに見えて仕方ない。


碧唯あおいの足元の炎はまるで、磁石に反発するように逃げていく。


「しくじったね、夏帆」

「そういうことですか…」


燃焼中、原子核と電子がわずかに乖離している。それによって、炎は電気的な性質を帯びる。

だから碧唯は、それを操り爆発の炎を避けていた。


電気を帯びたスプーンを流れ出た蛇口に近づけると、曲がるあの現象のように。


水野碧唯みずのあおい、中等部2年にして、序列63位の才能の権化。

学園皆が認める、正真正銘の天才。

知力、武力、すべて兼ね備えている、学園史上の有数の


碧唯の一挙手一投足が確実に勝利へと導く軌跡となっている。

防御面でもそうだが、決して無駄の無く、それでいて、持ち合わせている大量の霊力まな

ここにきて致命的な悪手を打ってしまった夏帆。




「どうやら霊力まなが切れてしまったようだね、あれ程大技を連発すれば必然かな」

「…本当にそうでしょうか?もしかしたら、まだ隠し玉があるかもしれませんよ?」

「そうかい?でも残念、チェックメイトだ」

「…は?」


チェックメイト。それは、完全勝利の宣言。

何だろう。なにを言っているのだろうか?


夏帆の頭をフル回転させて、状況をもう一度見渡す。


ない、あるわけがない。碧唯の接近は封じたし、彼女の得意な術式に対する防御は準備できている。


思考をフル回転させている碧唯をよそに碧唯が術式じゅつしきを起動し始めた。それは長いためを作り―


「術式のだけで……ッ!?」


膨大な魔力を纏わせる。


術式を施行するには一連の流れがある。


・術者が自分の術式回廊に霊力マナを流し込み起動させる「起」

・その術式が物理現象に干渉し始める「承」

・物理現象に干渉し、術式が最も効果を発揮する「転」

・術者が起こした術式が完全に干渉し終える「結」


そう、碧唯は術式を起動させ続けて、物理現象にはほとんどが干渉していない。

通常の術式施行よりも明らかに長い起動状態。

いつまでも術式がけない特殊な現象


「まさか!!術式励起じゅつしきれいき―――!!!!」


その荒れ狂う風邪と稲妻はその効果範囲を狭めて、威力を増していく。

ここにきて、夏帆の額に冷や汗が流れる。

決しておそれているわけではない。恐れている訳ではないのだが、


友人のポテンシャルの高さ、その成長速度…

明らかにおかしすぎるでしょう!!!!


このまま術式を励起されては張っていた防御は砕け散ってしまうだろう。


でもそんなものは関係ない!


「最後の時まであきらめてたまりますか!!!!


不動障壁陣ふどうしょうへきじん】―!」


夏帆かほはすぐさま、障壁を展開防御態勢をとったとき、碧唯がにやりと笑ったのが見えた。


「な~んてね。ボクが術式を励起できるわけないじゃん【天響轟雷てんきょうごうらい】」


ペッと舌を出して、チラチラ揺れている炎を切った。

バチン、という大きな音が鳴るとともに、周囲に稲妻が走り回る。


揺れる篝火かがりびを切り裂いたその場所から、放射状に、まるで蛇がうねるように地面を這いながら進んでくる。

地面を跳ね回りながら、進んでくる光景は、黄金のみずちが襲ってくるが如き。


でも、こちらには障壁が…!!!!

光の稲妻が、障壁にあたろうとした刹那。


障壁をすり抜けた。


「は…?」


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白い桜が舞う中で〜黒幕系ヒロインとの恋愛譚 枝垂れ桜 @Sidarezakura3355

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