第28話 鈍感×2

「いや~見ていたよ。災難だったね」


ガタンッという子気味良こぎみよい音と共に自販機から飲み物が落ちてくる。


「見てたなら、助け舟くらい出してくれてもよかったじゃん」


自販機の取り出し口からのみ飲み物を取り出す俺を見下す少女は、2つの異なる瞳を妖艶ようえんに輝かしている。


碧唯あおいはただにっこりと笑うのみ。

ドSがよ。俺のそういう姿を見て、満足だったって顔に書いてある。


鬼畜きちくドS黒幕清楚くろまくせいそヒロインとか、属性盛りすぎだろ。


「にしても、前田聖一か…」


少なくとも原作には登場していない名前だ。

原作が始まる前に消されてしまったか、それともただのモブキャラとして描かれるのを省略されていたのか…

その二つだな。


碧唯は身に覚えのない噂で苦しめられた過去があるため、不愉快な噂話は速攻根絶することが多かった。少なくとも原作の時空では―


だが、それゆえ噂というモノが持っている力も知っているため自分に有利な噂は逆に広めることもしていた。


だから俺は、後から後悔するとも知らずに興味本位に尋ねてしまう。


「碧唯は、前田のことをどう思っているんだ?」


好奇心猫殺すとはよく言うもので、自分の発言にはよく気を付けるべきであったと。


「ふぅん……まだワカッテないんだね…」


飲み終わったジュースをゴミ箱に入れて、振り向こうとした瞬間――

――背中に少しの衝撃と共に、俺のお腹周りをぎゅうっと抱え込まれた。


「ふ…アハハッ!なるほど、なるほど…本当に君という奴は…まだ…まだ、足りないんだね?」


そして耳元で声が囁かれ、ゾクゾクとする感覚に襲われる。耳が息でくすぐられ、こしょばゆい。


そこで告げられた、俺に対する挑発的な言葉。いつも以上に、暗く蠱惑的で陰湿的な言の葉にゾクゾクとしてしまう


「アハッ!驚いたかい?本当に君はワカッテいないんだね。そうやってボクの情緒をぐちゃぐちゃにするんだったら……これからもう容赦しないから」


ケラケラと子供のようにいつまでもおかしそうに笑っている碧唯に少しムッとする。



「気づいているだろう?ボクが髪を切ったのを」

「そうだな」

「でも、何故こんなにバッサリと切ったのかは分からないだろう?」


――誰かさんが一番好きな髪型なのにね――


「……ッ!?」

「冗談さ。毎日の髪の手入れがめんどくさいし、視界も悪くてね。一気に切り落としたんだよ」


碧唯はお腹をツンツンと突っつきながら、俺を挑発する。


「どうだい?似合っているかな?」


逃げることは許さないと隅々まで見てくれと訴えるかのように、お腹に回している手に力を籠められる。


「君はもっとこのボクを見たまえ。よそ見をしていられるほどボクは安い女じゃない」


数秒が数時間にも感じられるような空間の中、碧唯の心音が背中に響いてくる。

そして、突然磁石が反発するようにパッと離れて距離をとった。


「という訳で、今日の放課後開けておいてくれよ?たっぷり教えてあげるから…」


顔をみることが出来なかったが、耳が少しばかり赤かった気がした。

そのまま、ビューンと走っていく碧唯を茫然と見ながら、授業開始のチャイムが鳴るまでその場に立ちすくんでいた。



§



放課後、友人に遊びに誘われるという事象を多々確認することがある。


しかし、いざ集まってみたのはいいものの、ノープランで特にすることが無いというのはよくあることだ。


金もなければ、放課後に遠出するほどの時間もなければ、用意もしていない。

そう言った連中が集まる場所というのは、ありきたりなファーストフード店。


でも、ありきたりな日常を過ごしたくないというせめてもの抵抗から、学校近くのカフェに足を運ぶことが多いらしい。


「へ~、編入組が序列戦に参加できるの今日からなんだ」

「そのようだね、今年は昨年より決闘の数が多いようだ」


俺の端末をのぞき込みながら、勝手に画面をスクロールする美少女は皆さんおなじみの水野碧唯みずのあおいである。


「なあ、自分の奴で見ればよk…「今年は50組か…やっぱり去年より多いね」…」


もう「当ててんのよ」レベルの話じゃない。動物が縄張りを主張するため自分の体を擦りつけているレベルだ。


仕方ないので、碧唯の脇腹に人差し指を突き刺す。

どうだ!これで少しは離れてくれるはず…


「残念だけど、ボク脇は効かないタイプなんだ」

「そっすか…」


此方をお構いなしに俺の端末をいじる碧唯に覚える敗北感。


昼間にあんなことを言っておいて、整然と接してくる碧唯の情緒がマジでわからない。


脳内のミニ碧唯が「本当に君は分かっていないな」とやれやれ系主人公みたいなことをしていた。


ミニ碧唯にデコピンして黙らせてみるも、「横暴だ!」と腕をブンブンと振り回しながら喚き始める。

可愛いなコイツ。


「そういえば君は序列戦を申し込んだのかい?」

「めんどくさいから、申し込んでない」

「でも、クラスの自信がある何人かは申し込んでいたよ…力を隠しているつもりかな?」

「別に隠しているいる訳ではないんだが…」


別に、ことなかれ主義を掲げている訳でも、どこかのなろう系のように実力を秘匿している訳ではない。


では、さっさと学園主席をぶっ倒せばいいのではないか。でもそうはいかない理由がちゃんとある。


まず序列戦の制度。序列が余りにも離れた順位の人には申し込むことができない。


加えて、自分の術式の扱いの悪さ。


「出力の使い勝が手悪すぎて、決闘できるかどうか…」

「出力のほうかい?術式ではなく?」

「ああ、イメージは出力が、0か100しかないような感じ。威力を制限しようとすれば相手にダメージを負わせるような攻撃は出来ないんよ」

「じゃあ出力を上げればいいじゃないか。少しくらい相手を負傷させても許されるはずだよ」

「少しでも威力を上げようとすれば、確実に致命傷になるんだよなぁ…だから決闘なんかした暁には、俺は対戦相手確殺たいせんあいてかくさつマンになってしまう」

「え~かっこよくていいじゃないか」

「適当言うな!そんなことしたら社会で生きていけないよ?俺」

「そうなったら、ボクが養うよ?」

「それは俺の尊厳的な問題が関わってきましてね?」


というか、黒幕系に養われるとか恐怖以外のないものでもないんだけど。


安心してご飯食べれないよ。「その肉なんの肉だ?」方面で…


「なんだい?ボクに養われるのがそんなに嫌なのかい?」

「いやじゃないけど…お前に恋人とかが出来たとき気まずいんだけど」


――ドッゴォォォン――


刹那、窓の外が青白く光るとともに轟音が走る。どうやら雷が落ちたようだ…めちゃくそ近くに…

つづいて、店の証明がチカチカと点滅する。


やぁだぁこの子。ピリピリするんですけど…

さっきまで密着していた分、碧唯からめっちゃピリピリとした静電気がバチバチと俺の皮膚を走る。


ピリピリしているね!(物理)


「………」


そこには、ハイライトの無い暗い目で、こちらを近距離で見上げてくる碧唯が居た。

そして、お互いの唇がくっ付いてしまうのではないというくらい接近して、そしてにっこりと笑った。さっきまで醸し出していたねっとりとした雰囲気とは別の爽やかな笑みだ。


「……あ、碧唯?」


「またそうやってボクの情緒を滅茶苦茶にするんだね…どうやら君にはわからせる必要があるようだね?」

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