第32話 デイリーミッション

授業中に「腹が減った。ご飯をよこせ」と喚き散らかす俺の腹を、グーパンで黙らせながら耐え忍んだ5限後の10分休み。


いつもであれば、満腹による眠気のせいで机の上に伏せているのだが、今日は腹痛でお腹を押さえながら伏せていた。


これが空腹によるものなのか、腹を殴りすぎたせいなのかは分からないが。


宝蔵寺め…許さんぞ。

荒ぶる宝蔵寺をなだめていたら、昼ご飯を食べ損ねてしまった。


「成田君、今大丈夫かな?」


誰だ?空腹で苦しんでいる俺に話しかけてくる奴は。


友達だったら伏したまま会話を続けるのだが、今回はあまりなじみのない声だ。

面倒くさいなと思いつつ顔を上げる。


「ああ三浦みうらか…」

「ずいぶんと…顔色が悪いね。大丈夫?」

「気にするな、昼ご飯を食べ損ねただけだから」

「そうなんだ…」

「それで?」

「そうだ、成田君は今日の放課後空いているかな?

「まあ全然空いているが…」


何だ?何かの頼み事か?雑用とかだったらすぐ断ろう。


「よかったら何処かに寄って行かない?」


なんと、放課後デートのお誘いだった。


「いいよ、珍しいね。三浦みうらが俺を誘うなんて。何か相談事?」

「ハハハ。違うよ。僕が個人的に仲良くしたいなと思ったから、誘ったんだよ」


俺の探るような言葉に対しても、朗らかな笑顔を浮かべる三浦。

表情からは他意を読みとることが出来なかった。


それはつまり――


ははーん。さてはコイツ俺の事好きだな?(バカ)


「成田君は確か、海部うみべ君や澤西さわにし君と仲が良かったよね?彼らも呼ぼうか?」

「いや、大丈夫。あいつら今日ちょうど用事があるらしくて俺も断られたところなんだ」

「じゃあ、ちょうどいいね。また放課後」


三浦は、俺に軽く挨拶をすると、そのまま元のグループへと帰っていった。


やっぱり、人生うまくバランスが取れているな。

悪いこともあれば、いいこともある。


人間とは現金なものだ。

今日の放課後に楽しみが出来たことによって、先ほどまでの宝蔵寺への恨みが消えてしまっていた。


「おや、これは先に三浦君に取られてしまったようだね?」

「うぉっ!…ってまた碧唯あおいか」


三浦と行き違いで話しかけてきたのは、碧唯あおいだった。


「残念、俺はもう売り切れだよ!他のところをあたってくれ」

「ほ~ん。その商品、無理やり奪ってもいいんだよ?」


調子に乗っていると俺の耳元にドスの聞いた声を吹き込んでくる。


う、奪うってなに!?怖いんだけど


暴力反対!!


「アハハッ♪まあいいや、君はまた今度誘うことにするよ。ふふ~ん♪ふ~ん♪」


なぜか上機嫌に自分の席へと戻っていく碧唯。


結局何がしたかったんだ、碧唯のヤツ…



(※碧唯は一日一虐というデイリーミッションを完了させました。ボーナスとして主人公の被虐の顔が見れます)






§







今日も長かった授業が終わり、三浦みうらと合流して学園の外へ。


「あれ?智樹ともきじゃねぇか!どうしたんだよって…ゲ、成田!」


おい、コラ。聞こえているぞ。


ゲッてなんだよ、ゲッて。


声をかけてきたのは前田聖一まえだせいいち。隣に天童誠人てんどうまことも一緒であった。


帰りのホームルームに共に居なかった二人。


はじめ智樹ともきが一緒に居るなんて珍しいな?」

「そうか?そうかも…それで天童てんどうたちは何処に行ってたんだ?ホームルームにもいなかったよな」

「あぁ、オレはコイツと武器の受け取りに武装支援課ぶきしえんかにな」

「ってことはもう武器の選定をしたのか。早いな」


七帝学園しちていがくえんに入学したものは退魔師として生涯共にする武器を最初の数カ月で決めることが慣例である。


巫女や巫覡などでなければ、怨霊体アパリティーと接近戦になるため自身が振るう武器を入学して数か月で選ばなければならない。


とはいっても、幼少期から道場などに通い本格的な訓練をしている人でない限りはそうやすやすと自分に合う武器を決められない。


故に、編入組の最初の授業は色々な武器を試す時間がある。


そこの数か月で自分に合った武器をゆっくりと探していくのだが…


「オレは幼少期から親父に大剣を教えられていて、もう決めていたからな」

「幼少期から?それは随分と教育熱心な親御さんだね」

「あぁ、殺されそうになったのも、一度や二度じゃねぇ」


ハハッと自嘲気味に笑う天童君の姿は何処か哀愁が漂っていた。

厳しかった親でも、離れるとなると寂しいのかもしれない。


俺はそんな両親まっぴらごめんだが。


前田まえだも、なんか習っていた口か?」

「俺はなんつうか…勘って言う奴?一回触ったときに、これだっていう感覚があったんんだよ」

「嘘つけ、オマエはあの水野みずのとかいう女が使ってたからそれ太刀にしたんだろうが」

「ちょ、誠一せいいち!ち、違うし!!!」


天童てんどう君に同期を暴露され、あたふたする前田まえだ君。

有名な選手が使っている物を使いたいという感覚に似ているのか?


「まあまあ、聖一せいいち君が感化される気持ちもわかるよ。現に、水野さんが怒涛の快進撃を続けていた際には、太刀を使用したいという希望者が溢れたほどだからね」


そこまでの影響力を持つなんて…流石原作の黒幕。


「それに…現序列第一席次も太刀を使用しているからね。今の桜蓮おうれんで人気のある武器の一つと言ってもいいくらいだよ。それに刀は剣よりも軽いのが多いし、その点では初心者に向いているかもしれない」

「そ、そうだよ!よくわかってるじゃないか、智樹ともき!!太刀はな取り扱いやすいんだよ!!!」






§







前田まえだ君が合流したいといったためとりあえず、近所のファミレスに入ることになった。


そして入店してすぐさま、前田が周りに聞こえるレベルの音量で啼くなく


「あ~~彼女欲しい!!!」

「ま~た、始まったよコイツ前田


隣りで、端末をいじっていた天童君がめんどくさそうに顔をしかめた。


「そういう、誠人まことだって欲しいだろ!?彼女?」

「あ?できるもんなら」

「ほら見たことか!彼女が欲しいという欲求は誰しもが抱えている本質なんだよ!!」

「おぉぉ…お?」


深そうで浅いな…つまりあれだろ?世の中の男子高校生は彼女が欲しいという欲求は普通であるということをいいたいんだろう。


「特に碧唯あおいちゃんとつきあいてぇ~~」

「あはは、前田君は結構面食いだよね」

「だって、可愛い方がいいに決まってるじゃん?智樹ともきだってそう思うだろ?」

「まあ、否定はしないかな」

「ほら見たことか!なあ~智樹ともき~、碧唯あおいちゃんの好きな人のタイプ知らないのかよ~?」


前田まえだの質問に三浦みうらは眉間に皺を寄せながら、困ったように苦笑いをする。


「う~ん。わかんないかも…確か水野さんは結構乙女チックだった気がするけど」

「ああ!そこも可愛いよな!!」


九条夏帆くじょうかほが腹いせに流した情報は確実に碧唯あおいに対する嫌がらせになっていた。

碧唯は気づけば、学園中から乙女チックな女の子というイメージが定着しているのがその証である。


「でもすると、最低でも碧唯ちゃんより強くなければいけないのか…」

「げ、元気出して前田君…」


好きな人のタイプが分かったからと言って、その条件を満たせるとは限らない。


あからさまに落ち込み始めた前田のフォローを三浦がする。


勝手に自爆したやつなんてほっとけばいいのに。


「よし、決めたぜ!!早く強くなって、碧唯ちゃんより強くなったら告白するっ!!!」

「「「お~~」」」


いきなりの前田の宣言に一同は惜しみない拍手を送る。


「こうなったら、こんなところでしゃべっている訳にはいかない!!おい、天童てんどう、今からでも練習に行くぞ!!!!」

「は?ダリィから嫌だ」


ヤル気に満ちた前田聖一まえだせいいちの行動は、天童君に無残にも一蹴されてしまう。

しかし、今日の聖一は一味違う。一蹴されてもなお天童君に引き下がる。


「そんなこと言わずにさ!ね?来週には序列戦も始まるだろ?」

「オマエ弱いじゃん、弱いやつとやりたくねぇよ」

「うっぐ…じゃ、じゃあ智樹ともき…」

「あはは、僕もやめておこうかな…」

「そ、そんな…」


そして、最後。前田君は俺をちらと一瞥するが諦めたようにため息を吐いた。


「はぁ、じゃあ、今日は止めるわ。やる気がそがれたし」


あ?なんだ、その目は?なんで俺には頼まないんだ?


俺は今こんなにヤル気に満ち溢れているというのに!!!!!!!!!

ほら!誘えよ!!!ボコボコにしてやるからよ!!!!


「そうだ思い出した。水野さんは体術だけじゃなくて、術式の運用に関してもレベルが高いよ」

「た、確かにな…ネットにころがっている序列戦だけでも術式の威力が半端ないもんな」

「ああ。それはオレもみたことがあるぜ。あれはオレでも受けきれる自信がねぇ」


三浦智樹みうらともきに出された端末を見て見れば、碧唯あおいの戦闘映像が流れていた。


そこに映っているのは、フェイントを交えながらうまく相手を翻弄する碧唯。


完全に碧唯のペースであり、相手の選手は全くと言っていい程対応することが出来ていない。

それどころかフェイントで防御のタイミングもずらされており、ボコスカと攻撃を入れられている。


「これは前年度の公式序列戦こうしきじょれつせんの映像だよ」

「相手選手これは完全に読まれてるな…」

「うん、水野さんの並外れた洞察力によるものだろうね…」

「クソ!!!!あともう少しでスカートが!!!!」

「前田…お前は何を見てるんだよ」


別に前田君のことを否定するという訳ではないけれど、世の中には限度というモノがある。


これはそんじゅそこらの素人がどうにかなるレベルじゃないぞ。

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