その5「慣らし運転とお昼の誘い」
ヨータは腕試しをしながら、ダンジョンを下って行った。
配布されたマップが有るので、道に迷うことは無い。
戦闘に関しても、順調だと言えた。
ヨータはジョブチェンジで弱体化している。
だが、敵も弱い。
動きは鈍く、行動パターンも単調だった。
特に苦戦することは無かった。
それでも、メダカの監視が有るので、進みはゆっくりとしていた。
じれったいが、仕方が無い。
やがて、6層へ着いた時、メダカが口を開いた。
メダカ
「そろそろ帰らないと、日が暮れてしまいますね」
ヨータ
「もう時間ですか……」
今までは、弱い敵としか戦っていない。
ヨータは物足りなさを感じていた。
ヨータ
(今日中に、10層までは下りたかったな)
ヨータ
(仕方ないけどさ)
そのとき……。
タケシ
「オニツジ?」
ヨータたちの前方に、アイダ=タケシたちの姿が見えた。
ヨータ
「アイダか」
タケシ
「こんな所で何やってんだ?」
ヨータ
「ダンジョン攻略に決まってんだろ」
タケシ
「6層でか?」
ヨータ
「お前も6層に居るだろうがよ」
タケシ
「俺たちは帰りだ。お前と一緒にすんな」
メダカ
「アイダくん。ケンカはいけませんよ」
タケシ
「先生……? オニツジ。お前……」
タケシ
「まさか、仲間が居ないからって、先生についてきてもらったのか?」
タケシ
「ははっ。お前さあ、体育で1人余った陰キャかよ」
ヨータ
「今日だけだ。明日からはソロで潜る」
タケシ
「ソロで潜る。キリッ」
タケシ
「どっちもダサいって気付けよ。ははははっ」
メダカ
「アイダくん!」
タケシ
「……っと。それじゃ、先生。失礼しまーす」
タケシたちは、ヨータとすれ違った。
そして、上り階段の方へと去っていった。
ヨータ
「…………」
メダカ
「気にしてはいけませんよ」
ヨータ
「別に」
メダカ
「……私たちも帰りましょう」
ヨータたちも、帰りの階段へと足を向けた。
ヨータはタケシたちの顔を、2度は見たくは無かった。
逃げているようで嫌だったが、会っても不快なだけだと、分かっている。
少しゆっくり、歩くことに決めた。
やがて、ヨータたちは地上に出た。
地上に、タケシたちの姿は無かった。
既に帰還したようだ。
メダカ
「魔石を納品しましょう」
ヨータ
「そうですね」
2人は査定所に向かった。
小さなプレハブに、窓口が設けられていた。
そこに、査定係の姿が有った。
メダカ
「査定をお願いします」
査定係
「はい。かしこまりました」
査定係は、籠を、窓口のカウンターに置いた。
メダカは、背中のリュックを下ろし、ジッパーを開けた。
そして、リュックの中身を、ジャラジャラと籠に流し込んだ。
今日得られた魔石は、数だけは多い。
弱い敵としか戦わなかったので、多くの戦闘をこなすことが出来た。
中々の量の魔石が、用意された籠を、埋め尽くしていった。
その中には、安物のドロップアイテムも混じっていた。
査定係
「少々お待ち下さい」
そう言って、査定係は、プレハブ内に引っ込んでいった。
建物内から、ジャラジャラと音が聞こえてきた。
少しして、査定係は窓口に帰ってきた。
査定係
「報酬は、2等分で構いませんか?」
メダカ
「いえ。私は付き添いです」
メダカ
「報酬は、全て彼にお願いします」
査定係
「承りました」
査定係はそう言うと、レジのような機械を操作した。
そして言った。
査定係
「腕輪をお願いします」
ヨータ
「はい」
ヨータは左手を上げた。
査定係は、バーコードリーダー型の機械を、ヨータの腕輪に当てた。
ピッと音が鳴った。
査定係は機械をカウンターに置いた。
そして、レジのような機械から、レシートを取った。
レシートは、裏向けでヨータに手渡された。
ヨータはレシートをひっくり返し、文字を見た。
トレジャーに対する報酬が、電子マネーとして、腕輪にチャージされた。
レシートには、その金額が記されていた。
進級するには、こうして一定の金額を、稼ぐ必要が有る。
チャージされた金額は、僅かだった。
5千円にも満たない。
納めたのは、弱い魔獣を倒して出た、クズ魔石だ。
大した価値も無かった。
ヨータはレシートを、専用のゴミ箱に捨てた。
ヨータ
「帰りますか」
メダカ
「はい」
2人は、メダカの車に乗り込んだ。
車は学校へ向け、発進した。
少しすると、メダカが話を振ってきた。
メダカ
「そういえば、今日の戦いでは、剣しか使っていませんでしたね」
ヨータ
「…………」
メダカ
「天職のスキルに、戦闘向きのモノは無かったのでしょうか?」
ヨータ
(診断の時に見なかったのか)
ヨータ
(まあ、騒ぎになって、それどころじゃ無かったかな)
ヨータ
「レベル1だと、まだスキルが無いみたいなんですよね」
メダカ
「それならまずは、クラスレベルを上げないといけませんね」
ヨータ
「それはちょっと難しいですね」
メダカ
「どうしてですか?」
ヨータ
「『キス魔』のレベルは、キスをしないと上がらないんですよ」
メダカ
「えっ……!?」
メダカ
「口ですか?」
ヨータ
「口と口です」
メダカ
「それは……大変ですね」
ヨータ
「ですね」
ヨータ
「まあ、剣だけでなんとかしますよ」
メダカ
「……なんとかして、レベルを上げられませんかね?」
ヨータ
「そうですねぇ」
ヨータ
「それなら、先生が俺とキスしてくれますか?」
メダカ
「ええっ!?」
メダカの耳が赤くなった。
メダカ
「そそそそんなこと言われましてもですねその」
ヨータ
「いや。冗談ですよ」
ヨータ
「って先生! 前! 前!」
ヨータは前方を指差した。
そこに、信号が見えた。
赤信号だった。
メダカ
「あっ!」
メダカは、ブレーキを踏んだ。
急ブレーキだ。
車はガクンと速度を落とした。
白線を少しだけはみ出した位置で、なんとか停止することが出来た。
ヨータ
「ふぅ……」
ヨータ
「教師が生徒を、事故死させないで下さい」
メダカ
「それは……オニツジくんがあんなことを言うから……」
ヨータ
「いい年した大人でしょうが」
ヨータ
「キスの話くらいで、慌てないで下さいよ」
メダカ
「むぅ……」
メダカ
「大人差別です」
ヨータ
「何ですかそりゃ」
メダカ
「はぁ……」
メダカはため息をついた。
メダカ
「急ブレーキは、交通違反です」
ヨータ
「ポリが居なくて助かりましたね」
その後は、安全運転で、車は進んだ。
無事に、学校の駐車場へとたどり着いた。
メダカが車を駐車させると、2人は車を降りた。
ヨータ
「ありがとうございました」
車から少しだけ離れ、ヨータはメダカに礼を言った。
メダカ
「いえいえ」
メダカ
「オニツジくん。これを」
メダカはそう言って、金属の輪を差し出してきた。
その輪は、冒険者の腕輪に似ていた。
ヨータ
「これは……冒険者の腕輪ですか?」
メダカ
「いいえ。『ダンジョンレコーダー』です」
ヨータ
「…………?」
メダカ
「それは、ダンジョンでの出来事を、記憶してくれる機械です」
メダカ
「ソロの冒険者が背負うハンデは、戦闘力だけではありません」
メダカ
「他のパーティとトラブルになった時、ソロだと、味方になってくれる人が居ません」
メダカ
「そのレコーダーは、あなたを守ってくれます」
メダカ
「ダンジョン内では、決して外さないようにして下さいね」
ヨータ
「レアアイテムでは?」
メダカ
「はい」
ヨータ
「くれるんですか? タダで」
メダカ
「あげません」
メダカ
「仲間が見つかったら、返してくださいね」
ヨータ
「んじゃ、定年したら返します」
メダカ
「もう……」
メダカ
「あなたなら、『トレジャーハンター』としても、きっとすぐに1人前になれます」
メダカ
「マジメに頑張っていれば、あなたの良さに気付く人も、出てくるはずです」
メダカ
「再びパーティを組むことも、難しくないと思います」
メダカ
「短慮を起こさず、堅実に頑張って下さいね」
ヨータ
「分かりました」
メダカ
「それと、寄り道をせず、まっすぐに寮に帰るように」
ヨータ
「はーい」
メダカ
「それではまた明日」
メダカは車に戻った。
そして、車を発進させ、駐車場から去って行った。
それを見送ると、ヨータは寮に戻った。
……。
翌朝。
いつものように、ヨータは登校した。
メイ
「おはよう。オニツジ」
教室に姿を見せたヨータに、メイが挨拶をした。
ヨータ
「おはよう」
ナミ
「おはよう」
メイたちの様子を見て、ナミも挨拶をしてきた。
ヨータ
「おはよ」
ルナ
「…………」
ルナはそんなヨータたちの様子を、黙って見ていた。
そのとき……。
メイ
「…………!」
メイ
「オニツジ、お前……!」
メイが何かに、驚いた様子を見せた。
ヨータ
「どうした?」
メイの言動が理解出来ず、ヨータは質問した。
メイ
「昼休み、話が有る」
ヨータ
「ん? 良いぞ。一緒にメシ食うか?」
メイ
「そうしよう」
ナミ
「えっ?」
メイ
「すまん。ナミ。今日はアマガミと2人で食べてくれ」
ナミ
「え~?」
メイ
「頼む」
ナミ
「分かったけど……」
ルナ
「…………?」
……。
午前の授業が終わった。
昼休みになった。
メイ
「行こう」
ヨータ
「ん」
ヨータはメイと共に、教室を出た。
ティナ
「ヨータ」
教室を出てすぐに、ティナが声をかけてきた。
ヨータ
「ティナ」
ティナ
「一緒にお昼でもどうかな?」
ヨータ
「ああ」
ヨータはそれを受けようと思った。
だが……。
メイ
「悪いが」
ヨータの承諾は、メイによって阻まれた。
メイ
「今日は、私が先約だ。またの機会にして欲しい」
ヨータ
「3人じゃ駄目なのかよ?」
メイ
「そうだな」
ヨータ
「……悪い。ティナ」
ティナ
「約束が有るんじゃ、仕方ないさ」
ティナ
「それじゃ、明日はどうだい?」
ヨータ
「良いぞ」
ティナ
「うん。約束だからね」
ヨータ
「昼飯くらいでおおげさだな」
ティナ
「とにかく、約束だよ」
ヨータ
「分かったよ。それじゃあな」
ティナ
「うん。また明日」
そう言うと、ティナは自分の教室に、戻って行った。
メイ
「屋上に行くか」
ヨータ
「弁当がねえよ」
メイ
「そうか」
メイ
「お前の弁当は、アマガミが用意していたのだったな」
ヨータ
「つーわけで、学食だ」
メイ
「購買のパンではダメか?」
メイ
「出来るなら、2人で話をしたい」
ヨータ
「分かったよ」
メイ
「すまんな」
ヨータはメイと共に購買部に向かい、パンとジュースを購入した。
そして、屋上へ向かった。
2人は青空の下に立った。
屋上には、ベンチと高いフェンスが有った。
風が強い。
そのおかげで、他の生徒は居なかった。
2人は同じベンチに座った。
ヨータはパンの袋を開けた。
メイは、ピンク色の包みを解き、弁当箱を取り出した。
2人は食事を始めた。
ヨータ
「それで? 話って?」
パンを1口食べると、ヨータはメイに尋ねた。
メイ
「言われなければ分からんか?」
ヨータ
「分からんなあ」
メイ
「とぼけているのか?」
ヨータ
「そんなつもりはねーけど」
メイ
「お前は弱くなった」
ヨータ
「……ああ」
ヨータ
(その話か)
ヨータ
「誰に聞いたんだ?」
メイ
「聞かなくとも、分かる」
メイ
「お前の闘気が減った事は、一目瞭然だ」
ヨータ
「闘気って何だよ」
メイ
「オーラだ」
ヨータ
「分からん」
メイ
「実はな」
メイ
「天職を授かってから、人の闘気がハッキリと、感じ取れるようになったんだ」
ヨータ
(そんな天職有るのかよ。聞いたことねーぞ)
ヨータ
「お前の天職って……」
メイ
「私は『竜人』だ。聞いていなかったのか?」
ヨータ
「そうだったか」
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