その4「先生とダンジョンに」



ヨータ

「分かりました」



 ヨータは冒険者の腕輪を操作した。


 そして、ステータスウィンドウを表示させた。


 空中に、ヨータの天職などが表示された。


 ヨータはその中の、後天職の部分を見た。



__________________________



オニツジ=ヨータ



後天職 トレジャーハンター レベル11



___________________________




 ヨータは無事に、『トレジャーハンター』になっていた。


 ヨータが授かった力の質が、変化したということだ。



ヨータ

「ちゃんと、トレジャーハンターになってますね」



 ヨータは平然とした顔で、そう言った。



メダカ

「オニツジくん……」



 メダカの表情は、少し暗い。


 ジョブチェンジには、代償が必要だ。


 31有ったジョブレベルが、11になっていた。


 およそ3分の1。


 数字で言えば、マイナス20。


 中級冒険者レベルだったのが、初級冒険者並になっていた。


 レベルは飾りでは無い。


 その数字は、ヨータの劇的な弱体化を意味していた。


 元のレベルに戻るには、魔獣を倒し、大量の『EXP』を得るしかない。



キョーコ

「なんてもったいない」


キョーコ

「アマガミチームのエースが、中学生レベルじゃないか」


ヨータ

「エースはオオバだったと思いますけどね」


ヨータ

「まあ、自分で選んだことなんで」


キョーコ

「お前の犠牲を無駄にしないためにも、今すぐ実験させろ」


ヨータ

「嫌です」


キョーコ

「ちぇっ」


ヨータ

「それじゃ」



 ヨータは、ベッドから立ち上がった。


 そして、保健室の出口へと、足を向けた。



メダカ

「もう少しゆっくりしていったら?」



 ヨータを気遣って、メダカが声をかけた。



ヨータ

「いえ」


ヨータ

「早く行かないと、日が暮れるんで」


メダカ

「まさか、もうダンジョンに行くつもり?」


ヨータ

「試すなら、早い方が良いでしょう?」


メダカ

「今日くらい、休んではいかがですか?」


メダカ

「ジョブチェンジの負担は、小さくは無いはずです」


ヨータ

「もう痛みは無いですよ。疲労とかも有りませんし」


メダカ

「肉体だけの問題ではありません」


メダカ

「気付いていないだけで、メンタルにだって影響は出ているはずです」


ヨータ

「良いでしょう。別に」


ヨータ

「いちいちベストコンディションを狙ってたら、ダンジョンになんか潜れない」


メダカ

「……オニツジくんは、せっかちすぎると思います」


ヨータ

「性分なんで」


ヨータ

「それで、もう行っても良いですよね?」


メダカ

「……仕方有りませんね」



 やっと折れてくれたか。


 ヨータがそう思ったとき……。



メダカ

「私も行きましょう」



 メダカはそう言葉を続けた。



ヨータ

「はい?」



 予想外の言葉に、ヨータは固まった。



メダカ

「ジョブチェンジしたばかりで、万が一のことが有るといけません」


メダカ

「今の状態に慣れるまで、私が監督します」


ヨータ

(ホントに心配性だな。この人は)


ヨータ

(そもそも、冒険者ってのは危険なモンだろ?)


ヨータ

(けどまあ、ダンジョンに行けるなら、どうでも良いか)



 メダカが居ても、特に困ることは無い。


 少なくとも、ヨータの想像力の範囲内では、そうだった。


 ヨータはメダカの提案を、受けることに決めた。



ヨータ

「それで良いんで、早く行きませんか?」


メダカ

「ホントにせっかちですね」


ヨータ

「移動手段は?」


メダカ

「私の車で行きましょう」


ヨータ

「分かりました」


キョーコ

「気をつけてな~」



 ヨータはメダカと一緒に、保健室を出た。



メダカ

「それでは、装備を持って、駐車場まで来て下さい」


ヨータ

「はい」



 2人は廊下で、いったんは別れた。


 ヨータは、校舎1階の廊下を、下駄箱の方へと歩いていった。



ティナ

「ヨータ」



 途中、ティナの姿が見えた。


 ヨータは足を止めた。


 ティナはヨータに、駆け寄って来た。



ヨータ

「ティナ」


ティナ

「これから、時間有るかな?」



 先日ヨータは、会話の途中で立ち去ってしまった。


 どうやらティナは、その埋め合わせを求めているようだった。



ヨータ

「悪い」


ヨータ

「これからダンジョンに行くところなんだ」


ティナ

「……そう」



 ティナは少し俯き、すぐに顔を上げた。



ティナ

「それなら仕方ないね。気をつけてね」


ヨータ

「ああ。んじゃ」



 ヨータは、ティナと分かれた。


 下駄箱を抜け、寮に帰った。


 ヨータは自室で、戦闘服に着替えた。


 そして、冒険者用の装備を、身に付けた。


 腰に長剣と、ウェストポーチを。


 それだけだった。


 ヨータの装備は、簡素だった。


 準備が出来ると、ヨータは寮を出て、学校の駐車場へ向かった。


 駐車場は、かなり広い。


 その面積は、校舎を超えるほどだった。


 教師だけでなく、学生もここを利用するからだ。



ヨータ

(どれが先生の車だ?)



 ヨータは、キョロキョロと首を回しながら、駐車場を歩いた。



メダカ

「オニツジく~ん」



 前の方から、メダカの声が聞こえた。


 ヨータは声の方を見た。



メダカ

「こっちですよ~」



 メダカが元気良く、手を振っているのが見えた。



ヨータ

「は~い」



 ヨータはメダカに駆け寄った。


 メダカの服装は、スーツ姿では無かった。


 軍隊の歩兵のような衣服を着て、背にはリュックを背負っていた。


 太ももにはホルスターが有り、ナイフが収納されていた。


 その格好は、教師らしくは無かった。



ヨータ

(先生の冒険者姿、なんか新鮮だな)


ヨータ

「カッコイイですね。先生」


メダカ

「そうですか? オニツジくんも格好良いですよ」


ヨータ

「車、こっちですか?」



 ヨータから見て、メダカの右側に、ブルーのセダンが有った。


 ヨータはそれに視線を向けながら、メダカに聞いた。



メダカ

「そうですよ。さ、乗って下さい」


ヨータ

「はい」



 メダカは遠隔操作で、車のロックを外した。


 そして、運転席のドアを開け、乗り込んでいった。


 ヨータは助手席に乗るべきか、後ろに乗るべきか、一瞬迷った。


 結局、後部座席のドアを開け、乗り込んだ。


 そして、腰から剣を外し、足元に置いた。



メダカ

「ちゃんとシートベルトして下さいね」



 メダカは、自身のシートベルトを着用しながら、そう言ってきた。



ヨータ

「マジメですね」


メダカ

「先生ですから」



 ヨータは素直に、シートベルト着用した。


 それを見て、メダカはエンジンキーを回した。



メダカ

「それでは行きましょう」



 車が走り出した。


 駐車場を出て、学校敷地内の道路から、公道に出た。



ヨータ

(……何か話すかな?)


ヨータ

「そういえば、先生の天職って何なんですか?」



 黙っているのもどうかと思い、ヨータはメダカに話題を振ってみた。



メダカ

「私の天職は、『教師』です」


ヨータ

「そのまんまですね」


メダカ

「はい。そのまんまなんですよ」

 


 下らないことを話していると、車は目的地にたどり着いた。


 学校最寄りのダンジョン。


 その駐車場で、メダカは車を止めた。


 2人は車を降りた。


 車から出ると、下り階段が見えた。


 ダンジョンへの入り口。


 地下への階段だ。


 ダンジョンは、大型のモノを例外として、全て地下迷宮となっていた。


 階段の周辺は、簡易な駐車場になっている。


 普通の駐車場と違い、白線などは無い。


 ロープで区分けされていた。


 駐車場にとめられているのは、自動車よりもスクーターが多かった。


 学生が主に用いる、冒険者用のスクーターだった。


 階段の周囲には、ダンジョンでの戦果を納品するための、査定所も有った。


 査定所は、簡素なプレハブだった。


 ダンジョンは、攻略されれば消滅する。


 それに付属する査定所も、使い捨てのようなものだ。


 大掛かりな施設を作る余裕も、必要性も無かった。


 ヨータとメダカは、階段に近付いていった。


 階段の周囲には、見張りとして、陸軍兵が配置されていた。


 2人は見張りに、冒険者の腕輪を見せた。


 陸軍兵は、バーコードリーダーのような機械を、2人の腕輪に向けた。


 そして、手元のタブレットを用い、身分照会を行った。



陸軍兵

「入場を許可する」



 すぐに許可が出て、2人はダンジョンに入っていった。



ヨータ

「さて……」



 階段を下り、ダンジョンの第1層についた。


 ダンジョンの壁や床は、水晶のようにすきとおり、少しだけ青みがかっていた。


 ヨータは、階段を下りてすぐの広間で、いったん立ち止まった。


 そして、メダカの方を向いた。



メダカ

「はい」


ヨータ

「まずは7層くらいまで下りましょうか」


メダカ

「せっかち! せっかちですよ!」


ヨータ

「えぇ……?」


メダカ

「まずは1層で、今の自分の力を確かめるのが先でしょう?」


ヨータ

「さすがに1層の敵じゃあ、相手にならないと思いますけど」


メダカ

「今のあなたはソロなんですから、いつもより、慎重にならないといけませんよ」


ヨータ

「先生が居るじゃないですか」


メダカ

「私はただの見張りです。空気です」


メダカ

「私は居ないものとして、真剣に行動して下さい」


メダカ

「それに、格下の相手じゃないと、試しづらい事も有ると思いますよ」


ヨータ

「分かりました」



 ヨータはしぶしぶと、1階を探索した。


 やがて、大きな蟻を発見した。



メダカ

「オニツジくん! ビッグアントですよ!」



 メダカが蟻を指差して言った。



オニツジ

(見たら分かるけど……)


オニツジ

(慣らし運転と行きますか)



 ヨータは、腰に身に付けていた長剣を抜いた。


 そのまま歩いて、ビッグアントに向かって行った。


 ビッグアントもヨータに向かってきたが、その動きは、素早くは無かった。


 ヨータはビッグアントの真横にステップし、そのまま首をはねた。


 首を斬られれば、大抵の魔獣は死ぬ。


 あっさりと、ビッグアントは絶命した。



メダカ

「やりましたね! オニツジくん!」



 メダカは拳を顔の前でぎゅっと握り、独自のガッツポーズをとった。



ヨータ

(そりゃ、1層の敵だし)


ヨータ

「さて……」



 ヨータは左手を、魔獣の死体に向けた。



ヨータ

「『トレジャー化』」



 ヨータが口にしたのは、『スキル名』だった。


 それによって、『トレジャーハンター』の固有スキルが発動した。


 スキルを受け、魔獣の死体が輝いた。


 光が収まった時、死体は消え去っていた。


 その代わりに、後には赤い石が残されていた。


 『魔石』と呼ばれる宝石だった。


 スキルが無事に発動したのを見届けると、ヨータは左手を見た。



ヨータ

(初めてだが、ちゃんと発動したな)


ヨータ

(というか、発動しなかったら困るが)


ヨータ

(トレジャーは魔石だけ。ドロップアイテムは無し)


ヨータ

(まあ、普通だな)



 ヨータは魔石を拾い上げた。


 そして、それをウェストポーチに入れた。


 ヨータの小さなウェストポーチに対し、魔石は大きく感じられた。



ヨータ

(ザコの魔石でも、拾わないとマナー違反になる)


ヨータ

(放っとくと、ダンジョンに吸収されちゃうからな)


ヨータ

(……すぐにいっぱいになりそうだな)


ヨータ

(リュックを背負ってくるべきか? けど、機動力が落ちるよな)


ヨータ

(普通は、後衛がリュック持つんだよな)


ヨータ

(どうしたもんかな……)



 ヨータが思案していると、メダカが声をかけてきた。



メダカ

「どうですか? 新しい後天職の手応えは」


ヨータ

「……やっぱり、体が重いって感じましたね」


ヨータ

「レベルが3分の1になれば、当然ですが」


メダカ

「やっていけそうですか?」


ヨータ

「10層くらいまでなら、多分」


ヨータ

「ただ、10層の『トレジャー』だと、かなり量が無いとダメっぽいんで」


ヨータ

「早くレベルを上げて、深く潜れるようになりたいですね」



 トレジャーとは、『トレジャー化』で発生する物品の総称だ。


 『トレジャー化』では、主に魔石が出現するが、アイテムが出現することも有る。


 冒険者は、その立場に応じた量の、トレジャーの納品が求められる。


 学生であれば、そのノルマは、進学のための必須条件となっていた。


 今のヨータは高等部だ。


 中等部の頃よりも、ノルマは厳しくなっていた。



メダカ

「せっかち禁止ですよ」


メダカ

「パーティの頃と比べ、トレジャーノルマは4分の1で良いわけですから」


メダカ

「堅実にやっていけば、オニツジくんなら、きっとノルマを達成できますよ」


メダカ

「小さなことからコツコツと。千里の道も一歩からです」


メダカ

「さあ、第2層に向かいましょうか」


ヨータ

「せめて3層」


メダカ

「いけません」


ヨータ

「ちぇ~」


ヨータ

「なら、魔石持ってもらって良いですか?」


メダカ

「何が『なら』なのか分かりませんが……」


メダカ

「仕方ないですね。今日だけは特別ですよ」



 メダカはヨータから、ビッグアントの魔石を受け取った。


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