その3「ジョブチェンジと保健室」
ヨータは寮を出て、校舎へと向かった。
そして、職員室の扉を開いた。
ヨータは職員室に入ると、クラス担任であるメダカの姿を探した。
ヨータの瞳は、すぐにメダカの姿を捉えた。
メダカはオフィスチェアに腰かけていた。
ヨータ
「先生」
ヨータはメダカに歩み寄り、声をかけた。
するとメダカは、ヨータに気付いた様子を見せた。
メダカ
「あっ。オニツジくん」
メダカはオフィスチェアを回転させ、ヨータに向き直った。
メダカ
「あれから大丈夫でしたか?」
ヨータ
「……何がですか?」
メダカが何を言いたいのかは、分かっていた。
だが、ヨータはあえて、とぼけるように言った。
メダカ
「天職のせいで、虐められたりとか……」
ヨータ
「それは大丈夫です」
ヨータ
「俺は、やられたらやり返すタイプなんで」
メダカ
「それって大丈夫って言えるんですか……?」
ヨータ
「そんなことより、頼みたいことが有るんですけど」
メダカ
「はい。何ですか?」
ヨータ
「『ジョブチェンジ』したいんですが」
メダカ
「えっ……!」
メダカは驚いてみせた。
ヨータは真顔だった。
メダカ
「……オニツジくん」
メダカは驚きを鎮めると、真剣な顔を作り、ヨータに話しかけた。
ヨータ
「はい」
メダカ
「オニツジくんは、ジョブチェンジが何なのか、分かっているのですか?」
ヨータ
「分かってなかったら、頼みませんよ」
メダカ
「本当ですか?」
後天職の変更、ジョブチェンジに関しては、授業で説明をする。
だが生徒の全てが、授業をマジメに聞いているとは、限らない。
聞きかじった知識で、都合の良い解釈をしているのではないか。
メダカはそれを懸念しているようだった。
メダカ
「ジョブチェンジで変えられるのは、あくまで後天職のみです」
メダカ
「授かってしまった天職は、どうやっても変えられません」
メダカ
「ちゃーんと、それが分かっているのでしょうね?」
メダカは、授業で散々言われた内容を、再びヨータに説いていった。
ヨータ
「だから、分かってますってば」
そこまで信用が無いのか。
ヨータは鬱陶しそうにしてみせた。
だが、メダカとしても、説明を雑にするわけにはいかなかった。
メダカ
「ジョブチェンジをしたら、ジョブレベルも、大幅に下がってしまいます」
メダカ
「大量のEXPが、無為に失われてしまうのです」
メダカ
「さらに言えば、ジョブチェンジには、激痛を伴います」
メダカ
「そのことも分かっているのですか?」
ヨータ
「はい」
ヨータ
(授業で習ったってのに)
メダカ
「では、どうして?」
ヨータ
「実は、この前に居たパーティを、追い出されまして」
ヨータ
「他のパーティに入れないか、頼んでみたんですが、上手くいきませんでした」
ヨータ
「それでしばらくは、ソロで活動していこうかと」
ヨータ
「で、パーティには最低1人、『トレジャーハンター』が必要なので」
ヨータ
「必然的に、俺が『トレジャーハンター』をやるということになります」
メダカ
「いけません」
メダカはきっぱりと言った。
メダカ
「1人でダンジョンに潜るなんて、無謀ですよ」
ヨータ
「そうかもしれませんけど」
ヨータ
「組みたい奴が居ないなら、仕方が無いでしょう」
メダカ
「……オニツジくん」
メダカ
「あなたはまだ、天職を授かって初日でしょう?」
メダカ
「どうしようも無いと決め付けるのは、早計では無いですか?」
メダカ
「先生が、オニツジくんを仲間ハズレにしないよう、頼んでみます」
ヨータ
(仲間ハズレて。小学校かよ)
ヨータの口の端が、まっすぐに左右に伸びた。
トイレの面倒でも見てもらっているような、居心地の悪さが有った。
ヨータ
「歓迎されてないパーティに、無理に入れてほしくは無いですね」
メダカ
「もう少し時間を置けば……」
ヨータ
「たしかに、相手の気持ちが変わる可能性も有ります」
ヨータ
「『キス魔』の俺でも、受け入れてくれるようになるかもしれない」
ヨータ
「運が良ければね」
ヨータ
「けど、変わらないかもしれない」
ヨータ
「ダンジョン攻略の、ノルマを果たせなけりゃ、俺は留年……いや、退学です」
ヨータ
「そうなれば、免除されていた学費の、支払い義務も発生する」
ヨータ
「冒険者学校中退じゃ、ロクに働き先も無い」
ヨータ
「残りの人生を、借金を返すことだけに、費やさないといけなくなる」
ヨータ
「手遅れになって後悔するより、自分の力でなんとかしたいんですよ」
メダカ
「そうですか」
メダカ
「それでも私は、オニツジくんの選択には、反対です」
ヨータ
「権利が有るはずです」
ヨータ
「冒険者には、後天職を選ぶ権利が」
メダカ
「……中等部の頃、あなたは優秀な『戦士』でした」
メダカ
「『トレジャーハンター』になれば、あなたのキャリアは閉ざされることになるでしょう」
メダカ
「それでも構わないというのですね」
ヨータ
「はい」
メダカ
「……必要な書類を、用意させていただきます」
メダカ
「ですが、それをすぐに受理するつもりはありません」
メダカ
「明日1日、じっくりと考えてみて下さい」
メダカ
「それでも考えが変わらないようであれば、明後日の放課後、私の所に来て下さい」
ヨータ
「……はい」
先生は、最終的には、人の意思を尊重してくれる。
そう感じたので、ヨータは素直に頷いた。
そして寮に帰り、ベッドに寝転がった。
ヨータには、同性のパーティメンバーが居なかった。
だから、ヨータの部屋は、狭い一人部屋だ。
ヨータは目を開けたまま、ぼうっと天井を眺めた。
パーティを追い出されなければ、今頃は、ダンジョンに居たのかもしれない。
そう思うと、なんだか落ち着かなかった。
仲間たちと、ダンジョンに挑んできた日々。
それは危険だが、楽しくもあった。
もう、終わってしまったのだ。
喪失感は、ヨータの体から動きを奪った。
指一本動かさないまま、ヨータは呼吸だけを繰り返した。
……。
夜が明けた。
ヨータは身支度を整えると、いつものように寮を出た。
校舎へと向かい、クラスの教室に入った。
教室には、既に何名か、クラスメイトが登校してきていた。
ルナ
「…………」
教室中央の席から、ルナがヨータを見ていた。
いつもなら、挨拶をするところだ。
ヨータ
「…………」
ヨータは何も言わず、最後列の、自分の席に座った。
そして、左側の窓を見た。
ルナ
「…………」
ルナは視線を、教室前方に戻した。
ヨータ
(拗ねてるみたいか?)
ヨータ
(挨拶くらいするべきだったか?)
ヨータ
(元気に、『みんなおはよう』って)
ヨータ
(……いや)
ヨータ
(これで良いか)
ヨータ
(実際、拗ねてるんだろうさ。俺は)
ヨータは、教室の外を見ながら、物思いにふけった。
やがて、教室の前側から、メイが歩み寄ってきた。
メイ
「オニツジ」
ヨータ
「ん……。オオバか」
ヨータは横向きだった顔を、前方に戻した。
メイ
「大馬鹿みたいに言うな」
ヨータ
「悪いな。それで?」
メイ
「どんな感じかと思ってな」
ヨータ
「漠然としてやがるな」
メイ
「新しい仲間は見つかったのか?」
ヨータ
「いいや。まだだな」
メイ
「……そうか」
メイ
「だが、お前ならやれるさ」
メイ
「お前には、元々人望が有った」
メイ
「今は皆、ちょっと混乱しているだけなんだと思う」
メイの微笑からは、妙な自信が感じられた。
今のヨータには、それが少し、鬱陶しかった。
ヨータ
(何を根拠に言ってんだ? コイツは)
ヨータ
「そうか?」
メイ
「そうだろう」
ヨータ
「そうか」
ヨータ
「まあ、覚悟を決めてやってみるさ」
メイ
「ああ。その意気だ」
メイはヨータが、仲間を見つけられると、信じているようだった。
だが、ヨータは既に、1人でやっていくと決めていた。
……。
さらに1日が経過した。
放課後。
ヨータは職員室の、メダカの所へ向かった。
そして、ジョブチェンジのための書類に記入し、メダカに手渡した。
ヨータ
「よろしくお願いします」
メダカ
「……考えは変わりませんか」
ヨータ
「変わらないですね」
メダカ
「……そうですか」
メダカ
「私個人としては、オニツジくんのやり方には、賛成出来ません」
メダカ
「ですが、あなたという個人の、意見を退ける権利は、私には有りません」
メダカ
「書類を、受理させていただきます」
ヨータ
「どうも」
2人は、会議室へ移動した。
長机とパイプ椅子が並んだ、殺風景な部屋だった。
メダカ
「少し待っていて下さい」
ヨータを残し、メダカは退出した。
ヨータは、長机に備え付けられた椅子に座った。
少しの時間が経過した。
メダカ
「お待たせしました」
やがてメダカは、小箱を持って帰ってきた。
そして、ヨータの前に小箱を置き、開いた。
金属製の小箱の中には、透明な薬瓶が入っていた。
そして、薬瓶の中は、赤い液体で満たされていた。
メダカ
「これが、『トレジャーハンター』になるための神水です」
メダカ
「どうぞ」
メダカは、薬瓶を手に取った。
そして、ヨータに渡した。
ヨータ
「ども」
ヨータは小瓶を受け取った。
そして、蓋を引き抜くと、瓶に口をつけた。
ヨータは瓶を傾けた。
中の神水が、ヨータの口に流れ込んでいった。
ヨータは神水を、一気に飲み干した。
すると……。
ヨータ
「ぐ……!?」
ヨータの全身に、激痛が走った。
ヨータ
「ぐああああああああああぁぁぁっ!」
痛みに耐え切れず、ヨータは倒れた。
メダカ
「オニツジくん……!」
メダカは慌て、ヨータに駆け寄った。
ヨータ
「…………」
ヨータは意識を失った。
……。
気絶したことで、ヨータは夢を見た。
夢の中で、ヨータは教室に立っていた。
高等部の教室では無い。
それは、かつてヨータが通い慣れた、中等部の教室だった。
ヨータはそこで、クラスメイトたちに囲まれていた。
誰かがヨータを責めていた。
『あいつだ! あいつが俺の財布を盗ったんだ!』
『親無しの貧乏人だから……!』
ヨータ
「違う……俺は……」
ヨータ
「俺は……!」
夢はそこで途切れた。
ヨータ
「っ……!」
ヨータは目を覚ました。
そしてすぐに、今までの光景が夢だと気付いた。
ヨータ
(夢……か)
ヨータ
(ここは……)
ヨータは体を起こして、周囲を見た。
部屋の内装には、見覚えが有った。
ヨータ
(保健室だな)
ヨータは保健室のベッドに、寝かされていたようだった。
メダカ
「大丈夫ですか?」
ベッド脇の椅子に、メダカの姿が有った。
ヨータ
「先生……」
心配させてしまったようだ。
ヨータは気まずく感じ、軽い口調で言った。
ヨータ
「まあ、別になんともない感じです」
キョーコ
「そう言うな」
養護教諭のイトー=キョーコが、メダカの隣に立った。
ヨータ
「イトー先生」
キョーコ
「ジョブチェンジの経験者は、貴重だからな」
キョーコ
「私がじっくりねっとりと、診察をしてやろう」
ヨータ
「セクハラですか?」
ヨータは、意識的にジト目を作った。
キョーコ
「む……」
キョーコ
「セクハラはまずい」
ヨータ
「なんともありませんよ。俺は」
キョーコ
「自己診断でなんとかなるなら、医者は要らん」
ヨータ
「はい。要りません」
キョーコ
「生意気な」
メダカ
「オニツジくん」
メダカ
「後天職に問題が無いか、確認して下さい」
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