その2「パーティ探しと素早い見切り」





ルナ

「…………?」



 ルナはしばらくの間、ヨータが去った方を見続けた。


 だが、ずっとそうしているわけにも行かない。



ルナ

「あの、オオバさん」



 ルナはメイに声をかけた。


 メイの視線は、教室の出口に向けられていた。



メイ

「何だ?」



 メイは視線を下げ、ルナと目を合わせた。


 まっすぐな視線だった。


 ルナは少しだけ視線を下げた。



ルナ

「私は……」


ルナ

「確かに……捨てたと言われても、仕方が無いかもしれませんが……」


ルナ

「『お前も』……というのは? どういうことなのでしょうか?」


メイ

「あいつが孤児なのは知っているな?」


ルナ

「はい。施設出身だということは」


メイ

「あいつは、母親に捨てられている」


ルナ

「え……?」


メイ

「だから、他人に突き放されるということに、思うところが有るのだろうさ」


ルナ

「災害孤児では無かったのですね……」



 ダンジョンは、人の命を奪う。


 魔獣に親を奪われた子供も、大勢居た。


 ルナは、ヨータもそうなのだろうと思っていた。


 親に捨てられていたと言うのは、ルナには初耳だった。



ルナ

「オニツジさんを……傷つけてしまったのでしょうか……」


メイ

「お前……」



 メイは呆れを隠さずに言った。



メイ

「孤児であろうがなかろうが、パーティを追い出されて、傷つかないとでも思うのか?」


ルナ

「それは……」


ルナ

「パーティくらい、また入りなおせば良いことでしょう?」


メイ

「だったら……」


メイ

「私とナミとオニツジで、お前を追い出したとする」


メイ

「それでお前は、傷つかずにいられるのか?」


ルナ

「私には、追い出される理由なんて……!」


メイ

「天職が逆だったら?」


メイ

「オニツジが『聖者』で、お前が『キス魔』だったらどうだ?」


メイ

「それで追い出されても、お前は笑って済ませるのか?」


ルナ

「それは……」


ルナ

「おかしな天職を授かってしまったのは、その人の行いにも問題が有ったのではないですか?」


メイ

「さあな」


メイ

「私の眼に入る限りでは、あいつは立派な男だったが……」


メイ

「あいつは裏で、ロクでもないことをしていた」


メイ

「クズ野郎だった」


メイ

「そう言いたいのだな?」


ルナ

「それは……そこまでは……」


メイ

「そうか?」


ルナ

「私は……」


ルナ

「彼に謝った方が……良いのでしょうか……?」


メイ

「パーティに、オニツジを呼び戻すか?」


ルナ

「……それは出来ません」


ルナ

「そのようなことをすれば、アマガミ家の名誉に傷がつきます」


メイ

「なら、放っておけ」


ルナ

「それで良いのですか?」


メイ

「お前は、自分が正しいと思っているのだろう?」


メイ

「悪いことをしていないのに、相手が傷ついたから、頭を下げる」


メイ

「一人前の男を相手に、することでは無い」


ルナ

「…………」


メイ

「呼び戻さないのなら、あいつのことは、済んだことだ」


メイ

「それよりも、自分たちの心配をした方が、良いだろうな」


ナミ

「心配って?」


メイ

「オニツジを追い出したことで、私たちは3人になった」


メイ

「前衛が1人になって、パーティのバランスが崩れた」


メイ

「この穴を埋めなくては、これから先の戦いは、厳しくなるぞ」


ルナ

「確かに、バランスは悪くなりましたが……」


ルナ

「私たちは、天職によって強化されています」


ルナ

「総合的に見れば、このパーティは強くなったのではありませんか?」


メイ

「そうだな」


メイ

「中学レベルの戦場なら、それで足りるのだろうがな」



 中等部の学生は、あくまで見習いだ。


 1人前の冒険者では無い。


 与えられる役割も、そう厳しくは無かった。


 だが、高等部にもなれば、そうもいかない。


 今まで以上の戦果が、求められるはずだった。



ルナ

「…………」


ルナ

「前衛をスカウトしましょう」


メイ

「そうすると良い」


メイ

「私1人で、お前たち2人を守るのは、少し骨が折れそうだ」




 ……。




 教室を出たヨータは、廊下の窓から空を見ていた。



ティナ

「やあ。親友」



 ヨータの耳に、女子の声が届いた。


 聞きなれた声だった。


 振り向くよりも先に、声の主が分かった。


 ヨータはゆっくりと、声の方へ振り向いた。


 長いピンク髪の女子が、廊下に立っていた。


 彼女の身長は、メイと比べて、少しだけ低い。


 だが、女子にしては、高い方だと言えた。


 少女はすらりと美しい立ち姿で、ヨータに微笑んでいた。


 知的な風貌だが、その微笑は、彼女に無邪気さを付与していた。


 ヨータにとっては、見慣れた顔だ。


 少女の名前は、ミナクニ=ティナ。


 かつて存在した大国、アメリアからの難民の子孫だ。


 半分は、アシハラ人の血も引いている。


 ハーフだった。


 ヨータとは、8歳からの付き合いだ。


 2人は幼馴染だった。



ヨータ

「ティナ……」



 ヨータは微笑を浮かべた。


 笑いたいような気分では無い。


 少し無理をして、笑顔を作っていた。



ティナ

「どうだった? 天職は」



 ティナは、ヨータの内心に気付かず、ニコニコと話しかけてきた。


 ヨータにとっては、あまり触れて欲しくない話題だった。


 付き合いは長いが、以心伝心とまではいかない。



ヨータ

「そっちは?」


ティナ

「ボクはねえ、なんと、『賢者』だって」


ヨータ

(レアクラスか。大当たりだな)


ヨータ

(俺と違って)



 友だちが、優れた天職に恵まれたのだ。


 本来であれば、祝福してあげるべきなのかもしれない。


 だが、僻んでしまった。


 ヨータは自己嫌悪しつつも、その気持ちを消すことが出来なかった。



ティナ

「ふふふ」


ティナ

「ボクくらいになると、天職にも、知性というものが滲み出してしまうんだろうね」


ティナ

「それよりヨータ。君は?」



 質問が来た。


 あまり聞かれたくなかったことだ。


 だが、いつかは知られることでもあった。



ヨータ

「俺は……」



 どうせ、はぐらかすことなど出来ない。


 ヨータはなんとかして、質問に答えようとした。



ティナ

「いや。待って。自力で当ててみせるよ」



 ヨータの言葉は、ティナの言葉に遮られた。


 ヨータは内心で、小さな勇気がしぼんでいくのを感じた。



ティナ

「むむむむむ。何だろうなあ」


ティナ

「君くらいになると、ボクなんかでは比較にならない、凄い天職を授かったに違いない」


ヨータ

「…………」


ティナ

「ずばり、君の天職は、『勇者』だ」


ティナ

「君はヒーローだからね。そうだろう?」


ヨータ

「……違う」


ティナ

「えっ。違うのかい?」



 ティナは意外そうな顔を見せた。


 心底から驚いている様子だった。



ティナ

「『勇者』でないとすると、あとは……うーん……?」


ヨータ

「もう良いか?」



 いたたまれなくなり、ヨータはそう言った。



ティナ

「えっ?」


ヨータ

「今日は用事が有るんだ」



 それは嘘では無かった。


 パーティを抜けたヨータには、やるべきことが有った。



ティナ

「……うん」


ティナ

「用事が有るなら仕方ないね」


ヨータ

「んじゃ」


ティナ

「うん。ンジャメナ」



 別れの挨拶をすると、ヨータはティナから離れていった。


 そして、学校の男子寮へと向かった。


 冒険者は、寮に入るのが普通だ。


 普通の学生よりも、仲間との交流が必要になるからだ。


 ヨータもクラスメイトたちも、皆が寮に住んでいた。


 ヨータは寮にたどり着くと、他のパーティの部屋を訪ねた。


 パーティに入れてもらえるよう、交渉をするつもりだった。


 だが……。




「悪いな。他を当たってくれ」



「『キス魔』はちょっと……」



「ごめんな」



 ことごとく、ヨータは入団を断られてしまった。



ヨータ

(ダメか……)


ヨータ

(あと残ってるのは……)



 ヨータは、とある部屋の前へ移動した。


 そして、インターフォンのボタンを押した。



タケシ

「誰だ?」


ヨータ

「オニツジだ」


ヨータ

「ちょっと話が有る。良いか?」


タケシ

「入れ」



 部屋の扉が開いた。


 ヨータは中に入った。


 その部屋は、4人部屋だった。


 広い室内に、人数分のベッドと勉強机が見えた。


 キッチンすら有る。


 調理台に積もった埃を見れば、ロクに使われていないと推察出来た。


 目当ての男、アイダ=タケシは、自身のベッドに腰かけていた。


 タケシは手足ががっしりとした、短髪の男だった。


 タケシの周囲には、彼のルームメイトが集まっていた。


 ルームメイトは、パーティメンバーでもあった。


 性別が同じであれば、同じ部屋で寝泊りするのが慣例となっている。



ヨータ

(あれは……酒か)



 タケシのベッドの上に、酒瓶らしきものが見えた。


 ウィスキーだろうか。


 酒に詳しくないヨータには、分からなかった。


 タケシは退学ギリギリの不良で、問題児だった。


 潔癖で正義感の強いルナとは、よく対立した。


 そのおかげで、ヨータとの仲も、良好とは言えなかった。



タケシ

「それで?」


ヨータ

「俺をパーティに入れて欲しい」


タケシ

「……へぇ?」



 タケシはにやりと笑った。


 ヨータはタケシと、喧嘩をしたことが有った。


 その時は、ヨータが勝った。


 屈辱を、タケシは覚えているはずだった。



タケシ

「前のパーティはどうしたんだよ。アマガミのパーティはよォ?」



 タケシは笑みを崩さないまま、質問をぶつけてきた。



ヨータ

「抜けることになった。だから……」


タケシ

「おいおい。嘘は良くねえなあ」


タケシ

「抜けたんじゃなくて、追い出されたんだろう?」


ヨータ

「…………」


タケシ

「どうすっかなー。いきなり嘘つく奴を、パーティに入れんのはなぁ」


ヨータ

「頼む」


タケシ

「あのなぁ。それが人にモノを頼む態度か?」


ヨータ

「どうすれば良い?」


タケシ

「頭下げろよ」


ヨータ

「…………」



 ヨータは素直に頭を下げた。



ヨータ

「これで良いか?」


タケシ

「良くねえわ」


タケシ

「誠意が足りねえんだよ。土下座しろや。土下座」


ヨータ

「……断る」


タケシ

「あ?」



 パーティを追い出されたことで、ヨータは困っていた。


 だから、多少の譲歩はするつもりではあった。


 だが、一線を譲るつもりは無かった。



ヨータ

「俺は、お前の奴隷になるつもりは無い」



 ヨータは意志のこもった目で、タケシを睨みつけた。



タケシ

「テメェ……」



 タケシはベッドから起き上がり、ヨータに近付いた。


 そして、有無を言わさず殴りかかった。



タケシ

「らぁ!」



 冒険者が人に暴力をふるうのは、ご法度だった。


 だがタケシは、その程度のことは、気にしていないようだった。



ヨータ

「…………」



 ヨータは、タケシの拳を、手のひらで受け止めた。


 そして、ぎりぎりと、タケシの拳に握力をかけた。



タケシ

「ぐっ……!」



 タケシの顔が、痛みに歪んだ。



タケシ

「放せ……!」


ヨータ

「ほらよ」



 ヨータは言われた通り、タケシの手を放した。


 そして、タケシに背を向けた。



タケシ

「……どうする気だ?」


ヨータ

「…………」


タケシ

「他に行ってダメだったから、俺の所に来たんだろうがよ」


ヨータ

「何とかするさ」



 そう言って、ヨータは部屋を出て行った。



タケシ

「クソが。気取りやがって……」




 ……。



ヨータ

(全滅か)



 タケシの部屋を出たヨータは、1人で廊下を歩いた。


 タケシに頼るのは、最後の手段だった。


 もう他に、パーティの当ては無かった。



ヨータ

(こうなったら、1人でもやってやる)



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