その7「タケシとMPK」



メイ

「私とお前なら、この国を救えるかもしれない」


メイ

「私は……そんな風に思っていた」


ヨータ

「お前ならやれるさ」


メイ

「だと良いが」


メイ

「……立てるか?」


ヨータ

「平気だよ」



 ヨータは立ちあがった。


 そして、少しふらつきながら、ベンチに戻った。



ヨータ

「…………」



 ベンチに腰かけたヨータは、食べかけだったパンを、口に入れた。


 パンの味に、血の味が混じっていた。


 口の中が少し、切れたらしかった。


ヨータ

(いってぇ……)


ヨータ

(飯時にケンカなんか、するもんじゃねえな)


メイ

「…………」



 メイもベンチに戻った。


 そして、弁当箱と箸を、手に取った。


 いつもよりもゆっくりと、メイは弁当を咀嚼した。




 ……。




 やがて、食事が終わった。


 ヨータの隣には、カラの袋が有った。


 メイは弁当箱を、既に包み終わっていた。



ヨータ

「…………」


メイ

「…………」



 2人は少しの間、沈黙を保った。


 やがて、メイが立ち上がった。


 メイは5歩、前に歩いた。


 ヨータはメイの背中を見た。


 彼女の黒いポニーテールが、風で揺れていた。


 メイはヨータを見ないまま、口を開いた。



メイ

「これで失礼させてもらう」


ヨータ

「ああ」



 メイはそのまま、屋上の出入り口へと歩いていった。


 屋上には、ヨータ1人が残された。



ヨータ

「…………」



 ヨータは少しの間、メイが去った方を見ていた。


 やがて、苦笑が漏れた。



ヨータ

「『悔しくないのか?』」


ヨータ

「『悔しくないのか?』だと?」


ヨータ

「ハハッ」



 ヨータは吐き出すように笑った。



ヨータ

「悔しいに決まってんだろ。アホか」


ヨータ

「大の男がよ、女の子に、地面に転がされてよ」


ヨータ

「悔しくないわけが、有るかよ」


ヨータ

「……それがどうした」


ヨータ

「それがどうしたって話だ」



 ヨータはベンチの背もたれに、体重を預けた。


 そして空を見た。


 普通の、青い空だ。


 普通に綺麗だった。


 青空が汚かった日など、ヨータには覚えが無い。


 空の色は、ヨータに、空虚な心地よさを与えた。


 ヨータはゆっくりと立ち上がった。



ヨータ

(さて……)


ヨータ

(教室に戻るか)



 ヨータは校舎に入り、階段を下りていった。


 廊下のゴミ箱でパンの袋を捨て、教室に入った。


 教室で、ヨータはまっすぐに、自分の席に向かった。



メイ

「オニツジ」



 椅子に腰をかけると、メイが声をかけてきた。



ヨータ

「今度は何だ?」



 メイは、透明な薬瓶を、ヨータに差し出してきた。


 中には、青い液体が入っていた。



メイ

「回復ポーションだ。飲んでおけ」



 その液体は、傷を治す回復薬のようだった。



ヨータ

「いらねえよ」



 ヨータはそっけなく断った。


 するとメイは、瓶をヨータの机に置いた。



メイ

「口を切っただろう」


ヨータ

「別に」


メイ

「嘘を言うな」


ヨータ

「軽くだっての」


ルナ

「…………?」



 ルナがヨータたちの方へ、振り向いた。


 2人が言い合っているのに、気付いたようだ。


 ナミも、それに気付いたらしく、ヨータたちに歩み寄っていった。


 そして、メイを咎めるような口調で、尋ねた。



ナミ

「ちょっと、いったい何して来たの?」


メイ

「軽く組み手だ」


ナミ

「お昼休みに?」


メイ

「腹ごなしの運動だ」


ナミ

「もう……。けど、オニツジくん、怪我したんだ?」


ヨータ

「別に」


ナミ

「珍しいね。君が怪我するなんて」


ヨータ

(そりゃ、怪我くらいするだろ)


ヨータ

(お前の中で、俺は何なんだよ?)


メイ

「どうした? 飲まないのか?」


ヨータ

「後でな」


メイ

「そうか」


ヨータ

(口切ったくらいでポーション飲めるかよ。もったいない)


ヨータ

(せっかくの新品のポーションだ。ノルマの足しにさせてもらうぜ)



 ヨータは薬瓶を、制服のポケットに入れた。




 ……。




 放課後になった。


 ヨータは寮に戻った。


 そして、自室で戦闘服に着替えた。


 昨日と違い、背にはリュックを背負った。


 装備を身に付けると、ヨータは駐車場へと向かった。


 駐車場に着くと、自身のスクーターに跨った。


 冒険者用のスクーターは、あまり速度が出ない代わりに、悪路に強く、頑丈だ。


 冒険者に限り、中学2年から乗ることが出来る。


 学生冒険者は、主にこのスクーターを用いた。


 ヨータのスクーターの色は、シルバー。


 彼の髪と、同じ色だった。


 ヨータはスクーターを発進させ、1人でダンジョンへ向かった。


 やがて、ヨータはダンジョン前にたどり着いた。


 そこは、昨日と同じダンジョンだった。


 ヨータは駐車場にスクーターをとめ、査定所に向かった。


 そして、メイから貰ったポーションを、納品した。


 口の中には、まだ痛みが残っていた。


 納品が終わると、ヨータはダンジョンに入って行った。


 腕輪の機能で、マップを表示させ、サクサクと7層へ向かった。




 ……。




ソードスケルトン

「…………」



 7層で、ヨータは魔獣と対峙した。


 ソードスケルトン。


 腕の骨が、剣のような形をした、骸骨の化け物だった。


 ヨータは敵の動きを観察した。


 スケルトンが、腕の骨を武器にして、斬りかかってきた。


 ヨータは、それを軽く回避すると、両手で長剣を振った。


 上から、下へ。


 剣先が、スケルトンの頭蓋骨を砕いた。


 核である頭蓋骨を損傷し、スケルトンは倒れた。



ヨータ

「『トレジャー化』」



 ヨータはスケルトンを、トレジャーに変えた。


 そして、魔石をリュックに収納した。



ヨータ

(7層でも問題は無さそうだな……)



 まだ余裕が有る。


 ヨータはそう感じていた。



ヨータ

(8層行くか)



 ヨータは腕輪を操作して、ダンジョンマップを表示させた。


 そして、下り階段へのルートを探した。



タケシ

「おい」


ヨータ

「…………」



 聞き覚えの有る声がした。


 ヨータは、声の方へと振り返った。



ヨータ

「お前か」



 ヨータは興味無さそうに、タケシを見た。


 タケシの後ろには、彼の仲間の姿も有った。



タケシ

「お前か。じゃねえよ。この『キス魔』が」


ヨータ

「人を呼ぶときは、名前で呼べよ。豚五郎」


タケシ

「誰が豚だ!?」


ヨータ

「違ったか? 俺はオニツジ=ヨータだ。はじめまして。よろしくな」


タケシ

「てめえ……」



 タケシはヨータを睨んだが、すぐに怒りの表情を収めた。


 そして言った。



タケシ

「最後のチャンスをやる」


ヨータ

「ん?」


タケシ

「今ここで土下座したら、俺のパーティに入れてやるよ」


ヨータ

「そうか」



 理不尽な要求に対し、ヨータの答えは決まっていた。



ヨータ

「お前たちこそ、土下座したら、俺のパーティに入れてやっても良いぞ」


タケシ

「チッ……」


タケシ

「……覚えとけよ」



 タケシたちは、ヨータを追い抜くようにして、ダンジョンの奥へと去って行った。



ヨータ

「…………」



 タケシの姿が見えなくなるまで、ヨータはその場で立ち止まった。



ヨータ

(殴りかかってくるくらい、するかと思ったが、考えすぎだったか)



 ヨータも先へ進むことにした。


 先へ先へと進み、12層へとたどり着いた。


 そして索敵し、スケルトンウルフを発見した。



スケルトンウルフ

「…………!」



 狼の骨の魔獣が、ヨータへと突進してきた。


 ヨータのレベルでは、少し手強い相手だ。


 ヨータは集中し、スケルトンウルフの動きを見た。


 そして、相手の突進に対し、カウンターの突きを放った。


 ヨータの剣が、スケルトンウルフの頭蓋を砕いた。


 スケルトンウルフは、その動きを止めた。



ヨータ

「……ふぅ」



 ヨータは息を吐いた。


 無傷で倒せたが、油断できる相手では無かった。



ヨータ

(ちょっとキツくなってきたか?)


ヨータ

(やっぱり、『戦士』だった頃とは違うよな)


ヨータ

(けど、ノルマを果たせないってほどじゃないかな?)



__________________________



オニツジ=ヨータ



後天職 トレジャーハンター レベル12



___________________________




ヨータ

(レベルも1上がった)


ヨータ

(EXPの入りが良いって考えると、ソロも悪いことばかりじゃない)


ヨータ

(卒業くらいは、させてもらえそうだな)


ヨータ

(『トレジャー化』)



 ヨータはスケルトンウルフを『トレジャー化』した。


 そして、出現した魔石を回収し、リュックに入れた。


 そのとき……。



ヨータ

「……!?」



 ヨータの方へ、複数人の冒険者が、走ってくるのが見えた。


 それは、タケシたちだった。


 タケシは、薄ら笑いを浮かべていた。


 嫌な予感がした。



ヨータ

(何だ……?)



 まだ12層だ。


 中等部レベルの階層だ。


 タケシたちのレベルなら、苦戦するとも思えなかった。


 それならば、何のために走っているのか。



タケシ

「どけよ!」



 ヨータが結論を出す前に、タケシが体当たりを仕掛けてきた。



ヨータ

「うっ!」



 ジョブチェンジした今では、タケシの方が体力が有った。


 ヨータは体勢を崩し、地面に転がってしまった。



タケシ

「頑張れよ! 『キス魔』!」



 タケシたちは、そのまま走り去って行った。


 そして……。



スケルトンウルフ

「…………」



 スケルトンウルフが、ヨータの居る部屋に、駆け込んできた。


 12体。


 ヨータは取り囲まれた。


 体勢を立て直したヨータは、周囲を観察した。



ヨータ

(数が多すぎる……)


ヨータ

(普通にやって、集まる数じゃない)


ヨータ

(あいつら、わざとやりやがったな)


ヨータ

(嫌がらせのためだけに、わざと)


ヨータ

(狼系の魔獣は、脚が速い)


ヨータ

(今の俺のレベルじゃあ、逃げるのは無理だな)


ヨータ

(ジョブチェンジ前なら、見くびるなと言ってやるところだが)



 ヨータは覚悟を決め、剣を構えた。



ヨータ

「きやがれ」



 一方、タケシたちは、上り階段の近くにまで、移動していた。



タケシの仲間A

「良かったのか?」



 タケシの仲間が口を開いた。



タケシ

「あ?」


タケシの仲間A

「いくらなんでも、やりすぎじゃねえのかよ?」


タケシ

「やりすぎなモンかよ」


タケシ

「ああいう生意気なやつは、1回くらい、痛い目見た方が良いのさ」


タケシの仲間B

「良いけどよ、とっとと離れようぜ」


タケシ

「そうだな」



 タケシたちは足早に、ダンジョン入り口を目指した。


 そして、階段の途中で、別のパーティとすれ違った。


 その内の1人に、桃髪の少女が居た。


 ミナクニ=ティナ。


 ヨータの幼馴染だった。



ティナ

(ヨータのクラスメイト……?)



 ティナは、タケシの顔に見覚えが有った。


 評判の悪い男子グループのリーダーだ。


 ヨータと仲が悪かったはず。


 ティナはタケシに、良い印象は持たなかった。



リイナ

「おねえさま、どうかしましたか?」


ティナ

「ううん。早く先へ進もう」



 ティナたちのパーティは、階段を下りていった。




 ……。




ヨータ

「っ……!」



 ヨータは、10体目のスケルトンウルフを、叩き切った。


 残りは2体。


 だが既に、ヨータの体は、傷だらけになっていた。


 戦闘服は破れ、その隙間からは、血が流れ落ちていた。


 そして……。



ヨータ

「ぐああああぁぁっ!」



 残ったスケルトンウルフの1体が、ヨータの左腕に、食いついた。


 ヨータは右手の剣で、敵を攻撃した。


 スケルトンウルフの、背骨が砕かれた。


 だが……。


 ぼとり、と。


 ヨータの左腕が、地面に落ちた。


 魔獣の鋭い牙が、ヨータの腕を食いちぎっていた。



ヨータ

(あれが……俺の腕か……?)


ヨータ

(ああ……)


ヨータ

(脆いな……『トレジャーハンター』ってのは……)


ヨータ

(いや……)


ヨータ

(人間なんて、こんなもんか)



 ヨータは膝をついた。


 血が、流れすぎていた。


 右手は無事でも、剣を振るだけのパワーは、残っていなかった。


 ヨータは、最後の敵を見た。


 対するスケルトンウルフには、眼球は存在しない。


 2つの暗い穴が、ヨータに向けられていた。



ヨータ

(レベルがあと、2つくらい高けりゃ、こいつら倒せたかな……)


ヨータ

(急ぎすぎたかな……)


ヨータ

(先生の言うとおり、俺、せっかちだったかもな……)



 最後のスケルトンウルフが、ヨータに飛びかかった。


 そして……。



スケルトンウルフ

「…………!」



 氷の矢が、スケルトンウルフの頭蓋を砕いた。



ヨータ

「…………?」



 ヨータはぼんやりと、氷が飛んできた方を見た。



ティナ

「ヨータ……!」



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