その8「義手とタケシの顛末」
ヨータ
(ああ。ティナか)
ヨータはティナを見た。
もう顔にすら、ろくに力が入らなかった。
目の焦点が合わない。
視界がぼやけていた。
ティナの姿も、ぼんやりとしていた。
だがヨータは、視界に映った桃色を、ティナだと疑わなかった。
自分がティナを間違えるはずが無い。
そう思っていた。
気恥ずかしさのようなものが、ヨータの心中に湧き起こってきた。
ヨータ
「なんか……」
ヨータ
「格好悪いところ、見せちまったなぁ……」
ヨータ
「はは……」
ヨータは苦笑し、倒れた。
そして、目を閉じた。
足音が、近付いてくるのを感じた。
足音がヨータに辿り着くより先に、彼は意識を失った。
……。
ヨータ
「ん……」
ヨータは目覚めた。
ベッドの上に、寝かされているようだった。
体を動かさず、天井を眺めてみる。
その天井には、見覚えが有った。
ヨータには、そこが保健室だと分かった。
ヨータ
(また保健室か……)
ヨータ
(なんか最近、縁が有るな)
ヨータ
(まあ、良い縁じゃ無いだろうが)
ヨータはゆっくりと、上体を起こした。
思ったよりも、体が上手く動かなかった。
もう傷は塞がっている。
だが、血が流れすぎたのかもしれなかった。
ヨータの上半身からは、戦闘服が脱がされていた。
グリーンのTシャツ姿になっていた。
Tシャツは、ヨータの私物では無かった。
保健室の備品だろうか。
ティナ
「ヨータ!」
ティナの声が聞こえた。
ヨータは声の方を見た。
ベッド脇の椅子に、ティナが腰かけていた。
今の彼女は、戦闘服姿だった。
ティナ
「大丈夫かい……?」
ティナは震える声で、そう尋ねてきた。
ヨータ
「ティナ……」
ヨータ
「まあ、生きてはいるな」
ティナ
「どうしてあんな事に……?」
ヨータ
「アイダ……。クラスの奴に、魔獣を押し付けられた」
ティナ
「な……!」
ティナは勢い良く、立ち上がった。
そして、ヨータに背を向けた。
ヨータ
「ティナ?」
ティナ
「殺してやる……」
怒りに満ちた声が、ティナの口から漏れた。
ヨータ
「待てよ物騒だな」
ティナ
「だって、あいつらヨータを……!」
ヨータ
「そういうのは、教師とか警察の仕事だろ?」
ティナ
「そうかもしれないけど……!」
ティナ
「ヨータは憎くないのかい……!? そんな目に遭わされたのに……!」
ヨータ
「そりゃ、ぶっ飛ばしてやりたいとは思うがな」
ヨータ
「お前がどうこうする事じゃ、ねえだろ」
ティナ
「……うん」
ティナはしょんぼりとした様子で、椅子に座りなおした。
ヨータ
「さて……それじゃあどうするかな」
ヨータは左腕を見た。
そこには何も無かった。
魔獣に噛み切られたまま、戻らなかった。
治癒術で、傷を塞ぐことは出来る。
だが、ちぎれた四肢を戻すのは、流石に難しかった。
ヨータの腕は、もう戻ってはこない。
冒険者のキャリアにおいて、致命的な負傷だった。
普通に就職するにしても、大きなハンデとなるだろう。
ヨータ
(あーあ。やっちまったなあ)
ヨータ
「これさ……」
ヨータは左肩を、動かしてみせた。
ヨータ
「ダンジョンでの、名誉の負傷だ。年金とか出ねえかな」
ティナ
「無理だと思うよ」
ティナ
「ソロで迷宮に潜るなんてことを、学校は推奨していない」
ティナ
「それで年金が欲しいだなんて、随分と、虫が良い話だと思うね」
ヨータ
「そっか」
ティナ
「ヨータ……」
ティナ
「どうして話してくれなかったんだい? 『キス魔』のこと」
ヨータ
(ああ、知ったのか)
ヨータ
「だってさ、クッソだせぇじゃん」
ティナ
「親友だろう? ボクたち」
ヨータ
「いや。そんなことマジメに言われてもな……」
ティナ
「…………」
ヨータ
「明日には話すつもりだったさ。飯の約束もしてたしな」
ティナ
「遅いよ」
ヨータ
「悪かったな」
ヨータ
「けど、これで飯もキャンセルだな」
ティナ
「えっ?」
ヨータ
「片腕で冒険者は、さすがに辛いしな」
ヨータ
「学校やめるわ」
ティナ
「そのことだけど、やめる必要は無いよ」
ヨータ
「うん?」
ティナ
「ちょっと待っていて欲しい」
ヨータ
「うん」
ティナは椅子から立ち上がった。
そして小走りで、保健室を出て行った。
キョーコ
「可愛いねえ」
少し離れた位置のオフィスチェアで、養護教諭のキョーコが、そう口にした。
ヨータ
「え? はい」
ヨータ
「傷、先生が治してくれたんですよね? ありがとうございます」
キョーコ
「いや。治癒術をかけたのは、ミナクニのパーティメンバーだよ」
キョーコ
「私は治療に問題が無かったか、ちょっと診察をしただけさネ」
ヨータ
「そうですか。面倒をおかけしました」
キョーコ
「無茶すんなよ。まったく」
キョーコ
「死ぬんなら、学校を卒業してから死ね」
ヨータ
「えぇ……」
ヨータ
「あと、俺の装備とかって、どうなりました?」
ヨータ
「特に、腕輪が無いと困るんですけど」
キョーコ
「寮の部屋に、運んでおいた」
キョーコ
「ただ、剣と腕輪以外は、買い換えた方が良いぞ」
ヨータ
「いちおう、予備は有ります」
キョーコ
「なら良いがな」
キョーコ
「それと、事件の詳しい状況について、事情聴取をさせてもらうぞ」
ヨータ
「先生の仕事なんですか? それ」
キョーコ
「押し付けられたんだよ」
ヨータ
「なるほど」
……。
ティナ
「有ったよ。義手が」
ティナは義手を持って、保健室に戻ってきた。
それは白色で、西洋のガントレットのような見た目をしていた。
ヨータ
「でかした!」
ヨータ
「……じゃねえよ」
ティナ
「ヨータ?」
ヨータ
「人がやめる気まんまんだったのに、何してくれますのん?」
ティナ
「やめてどうするんだい?」
ティナはそう良いながら、ベッドの上に乗っかってきた。
そして、ヨータの下半身にまたがり、義手を装着させていった。
ヨータ
「さすがにアレが貰えるだろ」
ティナ
「どれが?」
ヨータ
「生活保護」
ティナ
「貰えないよ?」
ヨータ
「ナンデ?」
ティナ
「まあ、嘘だけど」
ヨータ
「嘘かよ」
ティナ
「働きもせず、一生遊んで暮らすつもりかい?」
ヨータ
「羨ましいか?」
ティナ
「全然」
ティナ
「君はきっと、ニート生活なんて、すぐに飽きてしまうよ」
ティナ
「その新たな左腕と共に、勤労に励むとしよう」
会話をしている内に、義手の装着は完了していた。
ヨータは、義手を動かそうとした。
まるで生身の腕のように、義手の指が、自在に動いた。
日常生活を送る分には、十二分な性能を持っている。
そのように見えた。
ヨータ
「信用出来るのか? こいつ」
ヨータは尋ねた。
ちゃんと動くのは分かったが、戦闘に耐えるかは別問題だ。
取り付けが終わったティナは、ベッドから下り、椅子に戻っていった。
そしてヨータに向き直り、答えた。
ティナ
「ダンジョンのレアドロップ品を、このボクが改造したものだからね」
ティナ
「生身の腕なんかより、ずっと役に立つはずさ」
ティナ
「むしろ、パワーアップしたと思ってもらって良いと思うよ」
ティナの趣味は、機械弄りだ。
特に、魔石を用いた魔導器の扱いを得意とする。
その腕前は、プロ顔負けだった。
ヨータ
「……さいですか」
ヨータ
「高かったんじゃねえのか? コレ」
ティナ
「売れば、それなりの値段には、なるだろうね」
ヨータ
「金無いぞ。俺」
ティナ
「知ってるよ」
ティナ
「出世払いで返してね」
ティナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
ヨータ
「借金は好かん」
ティナ
「利子は取らないよ」
ヨータ
「それでも好かん」
ティナ
「はぁ。仕方が無いだろう?」
ヨータ
「まあなぁ」
ヨータはベッドから、足を下ろした。
そして床を踏み、立ち上がった。
ティナも椅子から立ち、ヨータの隣に並んだ。
ヨータ
「寮に帰るか」
ティナ
「そうだね」
ヨータ
「お世話になりました~」
ヨータはキョーコに声をかけた。
キョーコ
「おう。明日は来るなよ」
ヨータ
「善処します」
ヨータは保健室を出て、寮に戻って休んだ。
……。
翌朝。
タケシたち4人は、学校の校長室に呼び出された。
木製の机の奥、校長のブスジマ=ドモンが、革張りの椅子に腰かけていた。
タケシたちは、机を挟み、ドモンの前に立っていた。
ドモンはタケシたち1人1人を、順番に見た。
そして、口を開いた。
ドモン
「お前たち……」
ドモン
「自分がどうして呼び出されたか、分かるか?」
タケシ
「……いえ。さっぱり」
ドモン
「そうか?」
タケシ
「はい」
ドモン
「……なるほど?」
ドモン
「実は、お前たちのクラスメイトである、オニツジ=ヨータから、訴えが有った」
ドモン
「お前たちのパーティが、彼に魔獣を押し付けたとな」
タケシ
「それは……」
タケシ
「何かの間違いじゃないですかね?」
ドモン
「ほう?」
タケシ
「魔獣に襲われたことで、記憶が混乱したんじゃないですか?」
ドモン
「お前たちは昨日、オニツジとトラブルを起こしたのではないのか?」
タケシ
「いえ。昨日は会わなかったですね。あいつとは」
ドモン
「そうか」
ドモンは、校長机の引き出しを開けた。
そして、そこから腕輪を取り出し、机の上に置いた。
タケシ
「それ、冒険者の腕輪ですか?」
ドモン
「いや」
ドモン
「これはダンジョンレコーダーという、レアアイテムだ」
タケシ
「…………?」
ドモン
「見ろ」
ドモンは左手で、ダンジョンレコーダーを持った。
そして、右手でレコーダーに触れた。
すると、ダンジョン内の映像が、空中に映し出された。
そして……。
映像に、タケシたちの姿が映りこんだ。
タケシたちは、視点の方へと駆けて来た。
タケシ
「どけよ!」
ヨータ
「うっ!」
視点が倒れた。
そして、スケルトンウルフの群れが、部屋に雪崩れ込んでくるのが見えた。
タケシ
「これって……」
タケシの表情は、強張っていた。
他の3人も、顔色が悪い。
自分たちが置かれた状況が、理解できた様子だった。
ドモン
「もう想像はついているんだろう?」
ドモン
「これは、先日のオニツジの視点が、映像になったものだ」
ドモン
「ダンジョンレコーダーの基本機能だ」
ドモン
「さて、お前たち、昨日はオニツジと、出会わなかったと言ったな?」
ドモン
「さきほどの発言も、もちろん録音させてもらっている」
ドモン
「お前たちのやったことは、殺人未遂だ」
ドモン
「もう言い逃れはさせんぞ」
タケシ
「っ……」
冒険者界隈は、常に人材を求めている。
多少の素行の悪さくらいは、問題にされない程度には。
だが、重犯罪者を在籍させておくほど、学校は甘くは無い。
その日、4人の生徒の姿が、冒険者学校から消えた。
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