その9「ティナの仲間と見慣れた拒絶」




 ダンジョンで重傷を負った翌日。


 ヨータは、何事も無かったかのように、クラスの教室に姿を見せた。



メイ

「おはよう」


ヨータ

「おはよう」


ナミ

「おはよう」


ルナ

「…………」



 メイに挨拶を返すと、ヨータは自分の席に座った。


 すると、メイはヨータに歩み寄ってきた。



メイ

「回復ポーションは飲んだか?」


ヨータ

「ああ。飲んだよ」


メイ

「どうかな。口の中を見せてみろ」


ヨータ

「えっ。なんか恥ずかしいな」


メイ

「良いから見せろ」



 メイは遠慮無く、ヨータの顎を掴んだ。



ヨータ

「あーん……」



 ヨータは口を開いた。


 メイは、ヨータの口の中を、覗き込んだ。


 そして、虫歯の検査でもするように、じっくりと観察した。


 ヨータの口には、傷一つ無かった。


 ダンジョンで負傷したことで、彼は大規模な治療を受けた。


 口の傷も、その時に完治してしまったのだろう。



メイ

「……うん」


メイ

「ちゃんと傷は、塞がったようだな」


ヨータ

「別に元から、大したこと無かったけどな」


ヨータ

「口の傷は、外の傷より治りやすいって聞くし」


メイ

「そうか。それで……」


メイ

「今度はどうしたんだ? オニツジ」


ヨータ

「何が?」


メイ

「そのガントレットだ」



 メイの視線は、ヨータの義手に向けられていた。


 メイはそれを、義手ではなく、ガントレットだと思い込んでいるようだ。


 ヨータはあまり、防具を身に付けない。


 おまけに、ここはダンジョンでは無い。


 防具をつける必然性は、微塵も感じられなかった。


 さらに、それから感じられる闘気も、なにやらおかしい。


 どうして今日に限り、妙な装備をしているのか。


 メイは物珍しそうに、ヨータの義手を見ていた。



ヨータ

「ティナから貰った」


メイ

「貰ったって……レアアイテムじゃないのか? それは」


ヨータ

「そうみたいだな」


メイ

「そんな簡単に……」



 ヨータは左手を上げると、握って開いてを繰り返してみせた。


 とても義手には見えない。


 滑らかな動きだった。



ヨータ

「似合うだろ?」


メイ

「そうだな」


メイ

「アマガミにはあまり、見せびらかすなよ」


ヨータ

「え? ああ」


ヨータ

(別に、あいつと仲良くしたいって、気分でも無いしな)




 ……。




 午前の授業が終わった。


 昼休み。


 ヨータは会議室に呼び出された。


 そしてメダカから、タケシたちの処遇を聞かされた。



メダカ

「そういうことになりました」


ヨータ

「アッハイ」



 退学処分のうえに、警察からも取調べを受けることになるらしい。


 ヨータは、タケシたちの扱いに対して、特に不満は無かった。


 腕の恨みは有る。


 だが、法律が課する以上の罰は、望んではいない。


 特に言いたいことも無かった。



メダカ

「おそらくは、もう会うことも無いでしょう」


メダカ

「ですが念のため、逆恨みなどに注意して下さいね」


ヨータ

「はあ」


ヨータ

(なりふり構わず攻撃されたら、防ぎようが無いと思うけど)


ヨータ

(レベル12だしな。今)


ヨータ

「そのへんは、お国にちゃんとして欲しいですけどね」


メダカ

「そうですね」


メダカ

「彼らの天職などは、力が制限されることになると思います」


メダカ

「ですが、万が一ということもありますから」


ヨータ

「まあ気をつけます」



 ヨータは会議室から出た。


 そして、教室に向かった。



ティナ

「…………」


ヨータ

「おっ」



 教室前の廊下に、ティナの姿が有った。


 ティナは少し不機嫌そうに、ヨータを見た。



ティナ

「どこに行っていたんだい? 親友」


ヨータ

「昨日の件で、先生と話がな」


ティナ

「そう?」


ティナ

「ボクとの約束を、忘れてしまったのかと思ったよ」


ヨータ

「約束って何だっけ?」


ティナ

「えっ?」


ヨータ

「ははは。冗談だ」


ヨータ

「学食行こうぜ」



 ティナとは、昼食の約束をしていた。


 それを忘れるほど、ヨータは無神経では無かった。



ティナ

「いや。屋上に行こう」


ヨータ

「弁当無いが」


ティナ

「今日はボクが、2人分用意してきたよ」


ヨータ

「そうなのか。悪いな」


ティナ

「気にするなよ。友だちだろう?」


ヨータ

(普通は、友だちの弁当なんか、作らんと思うが)


ヨータ

(いや……。そういえばアマガミも、俺の弁当作ってくれたよな)


ヨータ

(知り合いの弁当作るって、案外普通なのか?)


ヨータ

(まあ、どうでも良いか)


ヨータ

「行くか」


ティナ

「うん」



 2人は屋上へ向かった。


 そして、ベンチに座って、ティナが作った弁当を食べることになった。



ティナ

「どう……かな?」


ヨータ

「美味いよ」


ティナ

「良かった」




 ……。




ヨータ

「そういうわけで、アイダたちは、退学になるみたいだ」



 ヨータは、タケシたちの処分について、ティナに話した。


 あまり広めるような話では、無いのかもしれない。


 だがティナは、あの現場を目撃した、当事者だった。


 それに、あれこれ言いふらすような性格でも無い。


 知る権利が有ると、ヨータは思っていた。



ティナ

「そう。仲間の連中も?」


ヨータ

「ああ。やったことがコトだからな」


ティナ

「まあ、当然だよね」



 ティナは、タケシに対する同情を、微塵も見せなかった。


 タケシたちは、直接にヨータを攻撃したわけでは無い。


 だが、助けが無ければ、ヨータは死んでいた。


 それに、ヨータは腕を失ってもいる。


 もし処分が軽ければ、ティナは学校に抗議していただろう。



ヨータ

「かもな」


ティナ

「義手の調子はどうだい?」


ヨータ

「利き手でも無いし、日常生活に使う分には、問題無いな」


ヨータ

「戦いの時に、ポロっと取れたりしないか怖いが」


ヨータ

「ソロだと、ミスのフォローが効かんしな」


ティナ

「そのことだけど、ヨータ」


ティナ

「もし良かったら、ボクたちのパーティに入らない?」


ヨータ

「……良いのか?」


ティナ

「うん。ヨータなら、きっと皆、歓迎してくれると思うよ」




リイナ

「絶対に嫌です」



 放課後。


 ティナたちのクラスの教室。


 ティナのパーティメンバー、ミユリ=リイナが、きっぱりとそう言った。


 リイナは金髪ツインテールの、小柄な少女だった。


 彼女は、ツンとした拒絶の視線を、ヨータに向けていた。



ティナ

「えっ?」


ヨータ

「だってさ。もう行って良いか」


ティナ

「ちょ……! ちょっと待ってくれたまえ!」



 去ろうとするヨータを、ティナは慌てて呼び止めた。



ヨータ

「…………」



 ヨータがしぶしぶ立ち止まったのを見ると、ティナは仲間に向き直った。



ティナ

「君たちはいったい、ヨータの何が、気に入らないって言うんだい?」


リイナ

「お姉様……」



 リイナはティナたちより、2つ年下だった。


 彼女は飛び級制度を利用した、珍しい生徒だ。


 厳格なテストを乗り越え、2年早く、高等部に進学していた。


 尊敬するティナのことを、姉呼ばわりしていた。



リイナ

「その男は『キス魔』なのですよ? 分かっているのですか?」


ティナ

「分かっているに決まっているだろう?」


ティナ

「けど、ヨータは信頼出来る人だ」


ティナ

「天職が『キス魔』でも、嫌がる人に、むりやりキスなんてしないよ?」


リイナ

「信用出来ません」


ティナ

「他の2人も、同じように考えているのかな?」


カズヤ

「別に俺は、『キス魔』ってこと自体は、どうでも良いぜ」



 赤髪の少年、ホンゴウ=カズヤが口を開いた。


 彼はティナたちの、リーダーを務めていた。



カズヤ

「俺は男だから、キスされることは無いだろうしな」


カズヤ

「…………」


カズヤ

「無いよな?」


ヨータ

「ねえよ」


カズヤ

「だよな?」


ヨータ

(多分な)


カズヤ

「けど、そいつが戦力になるかってのは、また別の話だ」


ティナ

「ヨータは頼りになる男だ」


タロー

「もしそうだとして……」



 パーティの『トレジャーハンター』、ミヤモト=タローが言った。


 彼は黒い前髪を、目が隠れるほどに伸ばしていた。


 身長は平均的だが、すこしひょろりとしていた。



タロー

「オニツジくんが、『トレジャーハンター』っていうのはちょっとね」


タロー

「『トレジャーハンター』は、1つのパーティに1人で良い」


タロー

「そう言われてる」


タロー

「自分と役割が被るっていうのは、良い気がしないかな」


ヨータ

「満場一致だな」



 ヨータは微笑を浮かべた。



ティナ

「…………」


ヨータ

「んじゃ、帰るわ」


ティナ

「待ってくれ!」


ヨータ

「……何だよ?」


ヨータ

「無理にパーティに入れてもらっても、良いこと無いと思うぞ」


ティナ

「ボクは……」


ティナ

「君たちがそういうのなら……」


ティナ

「ボクがヨータのパーティに入るっ!」


ヨータ

「えっ?」


リイナ

「えええええええええええぇぇぇっ!?」



 リイナの叫びが、教室中に響き渡った。


 隣の教室の生徒ですら、何事かと、声の方を見た。



タロー

「耳が……」


カズヤ

「本気か?」


ティナ

「本気だよ。こんなこと、冗談で言うもんか」


カズヤ

「お前に抜けられると、ちょっと困るんだがな」


リイナ

「そうですよお姉様! 考え直して下さい!」


ティナ

「別に良いだろう?」


ティナ

「ヨータは仲間に捨てられて、たった1人でダンジョンに潜ってたんだぞ?」


ティナ

「そのせいで大怪我をした」


ティナ

「あの光景を見ただろう?」


リイナ

「それは……」



 リイナは表情を曇らせた。


 ヨータの痛ましい負傷に対して、思うところが有ったようだ。



ティナ

「君たちは、そんなヨータを見捨てようって言うんだ」


ティナ

「そんな薄情者とは、もう一緒にはやっていけないよ」


ティナ

「それに、君たちは3人も居るんだ。十分だろ」


ティナ

「さよなら!」



 ティナはヨータの腕を掴んだ。


 そして、教室の出口へと、ヨータを引っぱっていった。



ヨータ

「あっ、おい……!」



 ヨータとティナの姿が、教室から消えた。



リイナ

「あ……あぁ……」



 残されたリイナは、ティナが去った扉を見つめていた。



カズヤ

「あー。やっちまったな」



 カズヤは中指だけを使って、自分の頭をかいた。



リイナ

「やっちまった……じゃありませんよ!?」


リイナ

「早くお姉様を引き止めないと……!」


カズヤ

「仕方ねえだろ。これは」


カズヤ

「ミナクニにとって、オニツジは、かけがえのない仲間だったんだろう」


カズヤ

「俺たちは、それを敵みたいに扱っちまったからな」


カズヤ

「引き止めたくらいじゃ、戻ってこねえよ」


リイナ

「そんな……」


リイナ

「お姉様はどうして『キス魔』なんかと……」


カズヤ

「しらねーけど」


カズヤ

「ま、諦めろ」


リイナ

「嫌です!」



 リイナは大声で、カズヤに反発した。



カズヤ

「お、おう」


リイナ

「絶対に、お姉様を連れ戻してみせます!」




 ……。




 そんなリイナの誓いも知らず、ヨータとティナは、廊下をてくてくと歩いていた。



ヨータ

「良かったのかよ? あんなこと言って」



 あの3人は、ティナにとって、大事な仲間だったはずだ。


 ヨータはティナと話していて、仲間の悪口を聞いたことが無かった。


 リイナのことは、よく褒めていたように思う。


 関係は、良好だったに違いない。


 そんな彼らと、喧嘩別れのようなことをさせてしまった。


 ヨータはそれを少し、心苦しく思っていた。



ティナ

「もちろん。あれが最善さ」


ティナ

「そんなことより、ボクたちの未来のことを考えようよ」


ヨータ

「たとえば?」


ティナ

「そうだなあ……」


ティナ

「ボクの後天職は、何が良いと思う?」


ヨータ

「別に、『魔術師』のままで良いだろ?」


ティナ

「そうかな? 君とピッタリかみ合うように、最適化した方が良いと思うけど」


ティナ

「ボクが前衛職になった方が、バランスは良くなるんじゃないかな?」


ヨータ

「お前の『賢者』って天職は、たぶん、後衛向けの天職だろ?」


ティナ

「そうだね」


ヨータ

「天職と合わないような後天職にしても、意味が無いだろ」


ヨータ

「それに、2人とも低レベルになるのも、リスクが大きい」


ティナ

「そうかも」


ヨータ

(元のパーティに戻る時に、レベルが下がってたら困るしな)


ヨータ

(ジョブをコロコロ変えるなんてのは、アホのすることだ)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る