その6「掌底と追撃」




ヨータ

「レアいな」


メイ

「ああ。レアいぞ」


ヨータ

「天職診断の時は、『キス魔』のショックがでかすぎてな」


ヨータ

「あの前後のことは、あんまり記憶にねえんだ」



 メイに関してだけでは無い。


 ヨータはナミの天職のことも、記憶に無かった。


 微塵も。



メイ

「同情はするが、弛んでいるぞ」


メイ

「あの時点では、お前と私は、まだ同じパーティだった」


メイ

「仲間の天職くらい、記憶しておけ」


ヨータ

「そうかもしれんが」


ヨータ

「結果として、要らんモンを覚えずに済んだ」



 ヨータは皮肉めいた笑みを浮かべた。



メイ

「……はぁ」



 メイは、ため息をはさみ、話を続けた。



メイ

「それで、どういうことなんだ? その軟弱な闘気は」



 今の自分は、そんなにヘロヘロなのだろうか。


 ヨータはメイの言葉に苦笑しつつ、質問に答えた。



ヨータ

「実はな、ジョブチェンジをした」


メイ

「……は?」


ヨータ

「聞こえなかったか? 俺はジョブチェンジを……」


メイ

「聞こえている。耳は悪くない」


メイ

「前の聴力検査でも、まったく問題は無かった」


ヨータ

「そうか。良かったな」


メイ

「良くは無い」



 メイはヨータを睨んだ。


 彼女はあまり、他人に対して、負の感情を向けることが無い。


 こうして怒りを見せるのは、珍しいことだった。



メイ

「どうしてそんな、馬鹿げたことをした」


ヨータ

「どうして?」


ヨータ

「ノルマを達成するには、『トレジャーハンター』が必須だ」


ヨータ

「だから、ソロでやっていくなら、自分が『トレジャーハンター』になる必要が有った」


ヨータ

「おかしいか?」


ヨータ

「そんなに馬鹿げてるか? 俺がやったことは」


メイ

「馬鹿げているさ」


メイ

「そもそも、冒険者というのは、ソロでやる者では無い」


メイ

「1人でやって、上手く行くのなら、パーティなど必要が無い」


メイ

「どうしてソロでやっていこうなんて、思ったんだ……」


ヨータ

「別に、最初からそう思ってたわけじゃない」


ヨータ

「皆に頼んで回った。だけど、ダメだった」


ヨータ

「それに……。ソロでやってる奴も居るだろ」



 冒険者学校に居れば、プロの冒険者の話を、聞くことも有る。


 ソロで活躍する冒険者の話も、聞こえてくることが有った。


 中には、そこいらのパーティより活躍する者も居るらしい。



メイ

「それは特殊な例だ」


メイ

「ソロで成功できる冒険者は、みんな、ソロに適した天職を持っている」


メイ

「お前は違う。そうだろう?」



 メイは、冒険者の常識を説いた。


 ……常識だ。


 ヨータにも、その程度のことは分かっていた。



ヨータ

(スキル無しだからな。今のところ)



 別に、ソロで大活躍が出来るとは、ヨータも思っていない。


 そこまで自惚れてはいなかった。


 妥協だ。


 パーティが組めないから、ソロで妥協した。


 最低限の生活を、営んでゆく。


 そのための妥協だ。


 最良の結末で無いということは、ヨータ自身、理解はしていた。


 ルナたちと一緒に、のし上がって行く。


 それがヨータにとっての、理想の結末だった。


 だが、その道は閉ざされてしまった。


 その時点で、ヨータには、最良未満の結末しか無い。


 だったら、妥協して何が悪いのか。


 安易な選択肢を選んではいけないのか。


 ヨータはそう考えていた。



ヨータ

「仕方ないだろ。入れるパーティが無いんだから」


メイ

「……オニツジ」


メイ

「今は少し、風向きが悪いというだけの話だ」


メイ

「『キス魔』などという、字面の強さに、惑わされているだけだ」


メイ

「それはやがて、静まっただろう」


メイ

「今までずっと、正しい道を歩んできたのだから」


メイ

「お前なら、新しいパーティでも、十分にやっていけた」


メイ

「そのはずだったのに……」


メイ

「それを……『トレジャーハンター』だと……?」


メイ

「お前は優れた剣士だったのに……なんてバカなことを……」


ヨータ

「うるせえよ」



 ヨータは不機嫌さを露にした。



メイ

「…………?」


ヨータ

「『だろう』? 『はず』?」


ヨータ

「そんなこと言われても、信じられるかよ」


ヨータ

「俺はお前たちと……ずっとやっていける『はず』だった」


ヨータ

「けど、駄目だった」


ヨータ

「結局お前たちも、俺を捨てた」


ヨータ

「俺は……他人の気持ちなんて……信用できねえよ」


ヨータ

「最終的に、信じられるのは自分だけだ」


ヨータ

「自分の事は、自分でなんとかする」


ヨータ

「それの何が悪い?」


メイ

「私は……お前のことを、信じていた」


ヨータ

「信じる? 何をだよ?」


メイ

「お前は優秀だ」


メイ

「だから、これくらいのことは、軽くなんとかしてしまうだろうと」


メイ

「だが……違ったのだな」



 メイは寂しそうに俯いた。



ヨータ

「悪かったな。優秀じゃなくて」


メイ

「そうでは無い」


メイ

「私がお前を信じていたほどには、お前はお前自身を、信じてはいなかった」


メイ

「私はそれを、見誤っていた」


ヨータ

「信じてるさ」


ヨータ

「俺は、俺だけを信じてる」


メイ

「そういう意味じゃない」


ヨータ

「お前が何言ってるか、分からねえよ」


メイ

「……すまなかった」


ヨータ

「何を謝ってんだよ」


ヨータ

「お前は別に、悪い事はしてないだろ?」


メイ

「結果論だが……」


メイ

「私はもっと真剣に、アマガミを説得するべきだった。だが……」


メイ

「私は、お前がパーティを抜けることを、楽しみだとも思っていた」


ヨータ

「……どういうことだ?」


メイ

「お前は頼りになった」


メイ

「お前が居れば、どんな苦難でも乗り越えられる」


メイ

「私はいつからか、そんな風に思うようになっていた」


ヨータ

「買いかぶりだろ。それは」


メイ

「どうだろうな?」


メイ

「大事なのは、私の気持ちだ」


メイ

「お前と剣を並べて戦うことには、安らぎが有った」


メイ

「心地良かった」




メイ

「生温い」




メイ

「お前が居なくなれば、私たちを窮地が襲うかもしれない」


メイ

「それは安らぎの無い、命懸けの死地だ」


メイ

「身命を賭して戦え」


メイ

「天職も、私にそう告げていた」


メイ

「何より、戦士としての私が、危機を望んでいたんだ」


メイ

「お前が居ない戦場を、自分の力で乗り越えたかった」


メイ

「だから私は、お前が去ることに、強くは反対しなかった」


メイ

「だが……」


メイ

「おかげで、剣士としてのお前は、失われてしまった」


メイ

「私が自身のエゴを、優先したせいで……」


ヨータ

「そんなに気にすることか?」


ヨータ

「別に、ソロでも食っていけると思うぜ。俺は」


メイ

「お前……」



 メイは眉を顰め、弁当箱を置いた。


 そして、ベンチから立ち上がった。


 座ったままのヨータを、メイが見下ろす形になった。



ヨータ

「どうした急に?」


メイ

「お前も立て」


ヨータ

「良いけど」



 ヨータはベンチの空きスペースに、パンを置いた。


 そして、立ちあがった。


 それを見ると、メイはベンチから、少し離れた。


 ヨータもそれに続いた。


 開けた屋上で、ヨータはメイと、向かい合った。



ヨータ

「で?」


メイ

「私と立ち会え」


ヨータ

「武器が無いぜ」


メイ

「素手で良いだろう」



 そう言って、メイは構えた。


 伝統派カラテの構えだった。


 総合格闘技が流行し、カラテは存在感を弱めた。


 カラテは弱い。


 そう言い切る者も居る。


 だが、極められた突きは、小手先の技を踏み破る。


 そう信じる者も、少なからず居た。


 メイもその1人だった。



ヨータ

「飯、食いかけなんだがな」


メイ

「すぐに済む」


ヨータ

「そうかよ」


メイ

「かかって来い。オニツジ」


ヨータ

「お望み通りに」



 ヨータは構えずに、前に出た。


 彼は、格闘技を習得していない。


 構えの意味すらも、曖昧にしか理解していない。


 ただ愚直に、ヨータはメイに近付いた。


 そして、だらけたような姿勢から、いつの間にか突きを放っていた。


 自然体から変化するヨータの打撃に、正確に対処出来る者は、少なかった。


 ……つい先日までは。



メイ

「ふっ!」



 後の先を、取られた。


 メイの手の平が、ヨータの顎を打った。


 そのまま2撃目が、ヨータのこめかみに刺さった。



ヨータ

「ぐっ……!」



 足元が揺らぐには、十分なダメージだった。


 ヨータは体勢を崩し、無様にしりもちをついた。



メイ

「分かったか?」



 メイはヨータを見下ろし、言った。



メイ

「それが、お前が失ったものだ」


メイ

「今のお前は弱い」


メイ

「私とは勝負にならないくらい、弱い」


メイ

「あんなに強かったのに」


メイ

「……なあ、悔しくないのか? オニツジ」


ヨータ

「……別に」



 ヨータは顔を右に向けた。



ヨータ

「俺には、お前みたいな理想は無い」


ヨータ

「冒険者学校に入ったのだって、単に、学費が免除されるからだ」


ヨータ

「最低限、食って行けるだけの力が有れば、俺はそれで良い」


メイ

「……そうか」



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