その18「安い剣と高い剣」



 ヨータのクラスの教室。


 ルナたちは、パーティの3人で、1つの机を囲んでいた。


 ルナの机だ。


 3人はそこで、お弁当を食べていた。



メイ

「ごちそうさま」



 メイは手を合わせた。


 メイの前方に、空の重箱が有った。


 完食したらしい。


 一方、ルナとナミは、まだ食事中だった。


 小さな弁当箱に、箸を伸ばしていた。



ルナ

「もう少し、きちんと噛んで食べたらどうですか?」


ルナ

「品が無いですよ」



 ルナはメイを咎めた。



メイ

「噛んではいる」


メイ

「ただ、高速で咀嚼しているだけだ」


ルナ

「それが品が無いと言っているのです」


メイ

「アマガミ。そうカリカリするな」


ルナ

「別に、カリカリとかはしていませんけど」


メイ

「だったら、ご飯くらい好きに食べさせてくれ」


ルナ

「…………」



「おい、聞いたか?」


「何をだよ?」



 ルナの耳に、男子生徒の声が届いた。



「オニツジが、よそのクラスの女子と、決闘するって」


「なんで?」


「知らんけど、面白そうだから、見に行こうぜ」


「今じゃないぞ。放課後な」



ルナ

「けほっ、けほっ……」



 ルナは思わず、咳きこんでしまった。



メイ

「はしたないぞ。アマガミ」



 メイはルナを咎めた。


 そんなメイを見ながら、ナミが口を開いた。



ナミ

「決闘って、大丈夫なのかな? 『キス魔』なのに」


メイ

「さあな」


メイ

「ひょっとしたら、面白いものが見られるかもしれん」


メイ

「それにだ。アマガミ」


メイ

「アレを渡す、良い機会なんじゃないのか?」


ルナ

「…………」




 ……。




 放課後になった。


 約束の時間。


 決闘の時間だ。


 ヨータは剣を一振りと、訓練着を持って、訓練場を訪れた。


 冒険者学校の訓練場は、ただの道場や、体育館では無い。


 冒険者同士が、安全に戦うための場所だ。


 最先端の機器が、配備されている。


 壁や床は、頑丈なオリハルコン製だ。


 そこに、魔術刻印がなされていた。


 訓練場の広さは、小学校の体育館、2個分程度。


 その1室のために、高級マンション以上の予算が、かけられていた。


 訓練場に立ったヨータの目に、人だかりが映った。


 ヨータは、オリハルコンの床を踏み、人だかりの方へと歩いていった。



ティナ

「ヨータ……!」



 人だかりの中には、ティナの姿も有った。


 他にも見知った顔が、いくつか見えた。


 対戦相手であるリイナの姿も有る。


 既に、面子は揃っているようだ。



リイナ

「待っていましたよ」


ヨータ

「悪い。遅れたか?」


リイナ

「いえ。臆せずに来たようですね」


ヨータ

「まあ、別に殺し合いでも無いしな」


リイナ

「殺し合いの方が、マシだったかもしれませんよ?」



 リイナは、挑発的な笑みを浮かべた。



リイナ

「あなたは大勢の前で、敗北した姿を、さらすことになるのですから」


ヨータ

「別に、よくあることだろ」



 戦えば、どちらかは負ける。


 勝負とは、そういうものだ。


 負けるつもりは無い。


 だが、負けに慟哭出来るほど、ヨータは楽観的な人間では無い。


 戦えば、負けることも有る。


 悔しいが、そういうものだ。


 ヨータはそう思っていた。



リイナ

「そうですか」


リイナ

「『キス魔』のあなたにとっては、よくあることなのかもしれませんね」



 リイナは、笑みを崩さずに言った。



カズヤ

「ミユリ。いちいち煽るな」



 いちいち挑発的なリイナを、カズヤが窘めた。



リイナ

「う……」



 リーダーのカズヤに叱られ、リイナは笑みを引っこめた。



ヨータ

「随分と、自信が有るみたいだな」


ヨータ

「お前、負けたことが無いのか?」


リイナ

「いえ」


リイナ

「ですが、そこいらの相手には、負けるつもりはありません」


ヨータ

(そこいらの相手か。俺は)



 舐められたものだ。


 ヨータは笑みが漏れるのを、止められなかった。



ヨータ

「とりあえず、着替えてきて良いか?」


リイナ

「はい。私も」



 2人はそれぞれ、更衣室へと入っていった。


 ヨータは男子更衣室で、制服を脱いだ。


 そして、模擬戦用の、訓練着を着用した。


 訓練着は、ダイビングのウェットスーツに似ていた。


 伸び縮みして、体にぴったりと張り付いた。


 着替えが終わると、鞘から剣を抜いた。


 そして、抜き身の刃と共に、訓練場に戻った。


 ヨータは訓練場を見回したが、リイナの姿は無かった。


 ヨータよりも、着替えに時間がかかっているらしい。


 ほんの少し、待った。


 すると、女子更衣室に通じる扉から、リイナが現れた。


 当然に彼女も、訓練着姿だった。


 ヨータはリイナに声をかけた。



ヨータ

「1番? 2番?」


リイナ

「どちらでも構いませんが」


ヨータ

「それじゃ、1番だな」



 訓練場には、2つの戦闘場が有る。


 2つの模擬戦を、同時に行えるということだ。


 ヨータたちは、第1戦闘場へと歩いた。


 ヨータはその中央で、リイナと向かい合った。



リイナ

「あなた……」



 リイナはヨータの剣を見た。



リイナ

「その剣、初心者向けの量産品ですね?」


ヨータ

「そうだが?」


リイナ

「そんな安物の剣で、この私と戦うつもりなのですか?」


ヨータ

「貧乏なんでな」


リイナ

「そんな貧弱な装備で、よく今までやってこられましたね」


リイナ

「いえ。やってこられなかったから、『キス魔』なんかになってしまったのでしょうか」



 リイナは最初、不機嫌そうにしていた。


 安物の剣を見て、舐められたかと思ったのだろう。


 だが、その不機嫌さは、徐々に嘲りに変わっていった。



ヨータ

「別に、剣が良けりゃ、使い手まで強いってわけでも無いだろう」


リイナ

「優れた使い手は、剣を選ぶものです」


リイナ

「そんな貧弱な剣で、満足をしているようでは、お里が知れますよ」


ヨータ

(いちいち口悪いな。コイツ)


ヨータ

(まあ、俺のこと嫌いなんだから、当たり前か)


ヨータ

(……なんか、落ち着くな)


ヨータ

(嫌いってことは、これ以上は、下がりようが無いってことだ)


ヨータ

(こいつは俺に、手の平を返さない)


ヨータ

(だから落ち着くのかもな)



 ヨータは、リイナと対面することに、安らぎのようなものを感じていた。


 妙なものだ。


 ヨータは苦笑した。



リイナ

「なんですか? ニヤニヤして」



 ヨータの笑みを見て、リイナは疑問符を浮かべた。



ヨータ

「別に」


ヨータ

「そっちは良い剣使ってると、思ってな」



 ヨータはそう言ってから、リイナの剣を見た。


 彼女の剣は、ヨータの剣よりも、鋭く見えた。


 鍔の装飾が凝っており、素材もただの鋼鉄では無い。


 ダンジョン産の金属で出来ている。


 そこいらの安物では無いことは、明らかだった。



リイナ

「羨ましいですか?」


ヨータ

「ちょっとな」


リイナ

「言い訳の材料にされても、困りますね」


リイナ

「こちらも安物の剣を、使ってさしあげましょうか?」


ヨータ

「言い訳なんか、しねえよ」


ヨータ

「それより、俺が勝った時だが……」


リイナ

「勝ちませんが?」


ヨータ

「そういうのは、もう良いから」



 ヨータは呆れて言った。



リイナ

「……何でしょう?」


ヨータ

「その剣、俺にくれよ」


リイナ

「…………!」



 一瞬、リイナの体が強張った。


 剣を失うということは、彼女にとって、明確なリスクだった。



ヨータ

「嫌か?」


ヨータ

「人をソロに追い込もうってんだから、妥当な所だと思うがな」


リイナ

「良いでしょう」


リイナ

「私が負けたなら、この剣をあなたにさしあげます」


ヨータ

「サンキュー」


リイナ

「お礼を言われる筋合いは、ありません」


リイナ

「対等な勝負ですからね。これは」



 リイナはそう言って、ヨータの左腕を見た。


 義手を覆った訓練服が、歪に膨らんでいた。



リイナ

「あの……その腕は……」



 リイナは、ティナのパーティの、ヒーラーだった。


 ヨータが負った傷について、熟知していた。



ヨータ

「これか? ティナに貰った」



 ヨータは義手を上げた。


 そして指を、わきわきと動かしてみせた。



リイナ

「そうですか」


リイナ

「だからと言って、手加減はしませんが」


ヨータ

「して欲しくねーよ。こっちも」


リイナ

「始めましょうか」


ヨータ

「そうだな」



 2人は、剣を構えた。



ルナ

「あの……!」


ヨータ

「ん?」



 聞き慣れた声がして、ヨータは剣を下げた。


 ヨータは、声の方を見た。


 いつの間にか、訓練場に、ルナたちの姿が有った。


 ルナの手には、細長い包みが握られていた。



リイナ

「…………?」



 ヨータは歩き、ルナの方へと近付いていった。


 そして、彼女に声をかけた。



ヨータ

「何だ?」


ルナ

「その……」


ルナ

「……どうぞ」



 ルナはヨータに、布包みを差し出してきた。



ヨータ

「どうも?」



 ヨータは包みを開いた。


 その中に、刀が有った。



ヨータ

「刀……?」


ヨータ

「俺にくれるって?」


ルナ

「……はい」


ヨータ

「いや。はいじゃなくて、なんで?」


ルナ

「えっ?」


ヨータ

「お前はどういう理由で、俺にこれをくれるんだ?」


ルナ

「それは……同じパーティでしたから……」


ヨータ

「もう違うだろ」


ルナ

「あの……私は……」


メイ

「退職金だ。そう思っておけ」



 メイが見かねて、口を挟んだ。



ヨータ

「分からんが」


メイ

「お前がパーティに居た頃、お前の装備は、後回しになっていた」


メイ

「お前が初心者用の剣でも、十分に戦えたからだ」


メイ

「お前は、稼ぎ頭だったにも関わらず、パーティの共通予算から、恩恵を受けていなかった」


メイ

「その借りは、パーティを抜けても消えはしない」


メイ

「それを、利子をつけて返しに来た」


メイ

「そんな風に思っておけ」


ヨータ

「まあ、理屈は分かったが……」


ヨータ

「要らんわ。それ」


ルナ

「…………!」


メイ

「理由を聞こうか」



 ヨータはリイナに、親指を向けた。



ヨータ

「あいつを倒して、剣を貰うことになってる」


ヨータ

「それで十分。2本も要らねーわ」




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