その17「うっかりとクリティカルキス」





 ミナクニ家からの帰り道。


 ティナを後ろに乗せて、ヨータはスクーターを走らせていた。


 ティナはヨータに、ぎゅっと抱きついていた。


 ヨータは、ティナの体重を感じながら、考えをめぐらせた。



ヨータ

(俺が、命の恩人じゃなかったら……)


ヨータ

(ティナは、自分のパーティを抜けたかな?)



 ヨータはちらりと、自分の左手を見た。


 私服の袖から、白い義手が伸びていた。


 その手はしっかりと、スクーターのハンドルを握っていた。


 まるで、生身の手のようだった。


 見るからに、性能が良い。


 良すぎた。



ヨータ

(この義手だって、高いもんだろうに)


ヨータ

(ティナは俺のために、自分を犠牲にしてないか?)


ヨータ

(献身的すぎる)


ヨータ

(俺の方が、貰いすぎてる)


ヨータ

(それって……友情なのか?)




 ……。




 ヨータとティナは、学校の駐車場に帰還した。


 2人はスクーターからおり、向かい合った。


 そして、ヨータの方から口を開いた。



ヨータ

「明日、月曜は、ダンジョンどうする?」


ティナ

「もちろん行くよ」


ティナ

「そっちに用事が無かったらだけど」


ヨータ

「無いけどさ」


ヨータ

「中型は、土日に潜った方が良いって、言ってなかったか?」


ティナ

「その方が、効率的というだけの話さ」


ティナ

「あの時は、命題をクリアするという目標が有ったからね」


ティナ

「何もしないよりは、攻略を進めた方が良い。当然だろう?」


ヨータ

「ふーん?」


ティナ

「君だって、早くお金を貯めて、良い剣が欲しいんじゃないのかい?」


ヨータ

「まあな」


ヨータ

「接近戦の練習は?」


ティナ

「杖を折りたくない」


ヨータ

「ははは」


ヨータ

「それじゃ、また明日」


ティナ

「うん。また明日」



 ヨータは自室に戻り、休んだ。


 その翌日。


 昼休みに、ヨータは席を立った。



ヨータ

(さて……昼だが……)


ルナ

「…………」



 ヨータはルナが、自分を見ているのに気付いた。


 目が合ったので、ヨータはルナに、声をかけた。



ヨータ

「何だ?」


ルナ

「何がですか?」


ヨータ

「いや、こっち見てたから」


ルナ

「別に。偶然でしょう」


ヨータ

「そうか」



 ヨータは、教室の出口に、足を向けた。


 そのまま廊下へと、去っていった。



ルナ

「あっ……」


メイ

「素直に誘ったらどうだ?」


ルナ

「何の話ですか?」


メイ

「別に」


メイ

「私は大食いだからな」



 ヨータは廊下を、少しだけ歩いた。


 そして、隣の教室前に立った。


 ティナのクラスの教室だ。



ヨータ

(たまにはこっちから、飯にでも誘ってみるか)



 そう思い、ヨータは教室に入った。


 そして、ティナの姿を探した。


 教室には、大勢の生徒が居た。


 だが、彼女の桃色の髪は、背景に埋もれたりはしない。


 ティナの姿は、すぐに見つかった。


 ティナは机の上に、小さな弁当箱を乗せていた。


 そして、机の上には、もう1つの弁当箱が見えた。


 クラスメイトの女子が、ティナと向かい合っていた。


 ヨータは彼女に、見覚えが有った。


 小柄で、金髪のツインテール。


 ティナのパーテイメンバーだった女子だ。



ヨータ

(まあ、そうか)


ヨータ

(ぼっち飯なわけ、無いよな)


ヨータ

(……学食行くか)



 ヨータはティナに声をかけず、教室を出ようとした。


 そのとき……。



ティナ

「ヨータ?」



 ティナが、ヨータに気付いた。



ヨータ

「よっ」



 ヨータは、短く挨拶をした。


 ティナは席から立ち、ヨータに近付いてきた。


 嬉しそうに、微笑みながら。



ティナ

「どうしたんだい? 何かあったのかな?」


ヨータ

「いや。ちょっと顔見に来ただけ」


ティナ

「そうなんだ? ふふふ。珍しいね」


ヨータ

「じゃ、用も済んだし、行くわ」



 ヨータは教室を、去ろうとした。



ティナ

「あっ……」



 ティナはつい、ヨータの袖を引いてしまった。


 すると……。



ティナ

「ん……」



 2人の唇が、重なっていた。 


 ヨータはダンジョンの時の癖で、ティナにキスしてしまっていた。



ヨータ

(エナジー……って、違うだろ)



 ヨータはスキルを使おうとしたが、直前で中止した。


 そして、ティナから口を離した。



ティナ

「ふぅ……」 



 ティナが、色っぽく息を吐いた。


 ヨータは、それどころでは無かった。


 ヨータの目は、ティナよりも奥側を見ていた。



リイナ

「嫌あああああああああああぁぁぁっ!?」



 ティナのクラスメイトの女子が、絶叫した。



ヨータ

(やっちまった……)



 ヨータは、頭を抱えたい気分になった。


 叫んだ女子が、椅子から立ち上がった。


 そして険しい顔で、ヨータを指差した。



リイナ

「変態! この変態!」


ヨータ

「いや……。キスくらいで大げさだろ……」


リイナ

「大げさではありません!」


リイナ

「お、おお、お姉様の神聖な唇の純潔が……」


リイナ

「あなたのような『キス魔』に散らされてしまうなんて……」


ヨータ

(神聖て)


ヨータ

(いったい何なんだよ。ティナの口は)


リイナ

「お姉様の純潔を、返してください!」


ヨータ

「どうやって?」


ヨータ

(そもそも、さっきのが始めてでも無いんだが)


リイナ

「ここここうなったら……!」


リイナ

「決闘です!」


ヨータ

「はあ?」


リイナ

「私が勝ったら、お姉様を、私たちのパーティに返して下さい!」


ティナ

「ミユリさん。いきなり何を言っているんだい?」


ティナ

「ボクが誰とパーティを組むかなんて、ボクの自由だろう?」


リイナ

「いいえ。『キス魔』と一緒に居ることは、お姉様のためになりません」


リイナ

「現に、お姉様の唇は、あの変態に奪われてしまいました」


ティナ

「それこそ、君にあれこれ言われることでも、無いと思うけど?」


リイナ

「校則違反です!」


ティナ

「む……」


リイナ

「白昼堂々と、異性とキスをするだなんて、校則違反なんですよ」


リイナ

「……そんなことも分からないほど、あの変態に毒されてしまったのですね」


ヨータ

(校則なんて、誰もマジメに読んじゃいないと思うが)


ティナ

「分かったよ。もう校舎じゃしないよ」


リイナ

「場所は関係ありません!」


ティナ

「ぐぬ……」


ヨータ

「それじゃ、決闘するか?」


ティナ

「ヨータ……!」


ヨータ

「そうでもしなきゃ、静まらねーんだろ? お前は」


リイナ

「ええ。ええ。そうですとも」


リイナ

「あなたを討ち果たさない限り、この正義の炎が消えることは有りません」


ヨータ

(言うほど正義か?)


ヨータ

「俺が負けたら、ティナは俺のパーティから抜ける。それで……」


ヨータ

「俺が勝ったら、お前は何をしてくれるんだ?」


リイナ

「校則違反を犯したことに、目を瞑ってあげます」


ヨータ

「そりゃどうも」


ヨータ

「……それだけか?」


リイナ

「それだけで十分だと思いますけど?」


ヨータ

「そこをなんとか。もう一声」


リイナ

「……良いでしょう」


リイナ

「私が負けたら、あなたの言うことを、なんでも1つだけ聞いてあげます」


ヨータ

「ん? なんでも?」


リイナ

「はい」


ヨータ

「良いのかよ?」


リイナ

「『キス魔』ごときに、私が負けるはずがありませんから」


カズヤ

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」



 リイナのパーティリーダーの、カズヤが口を挟んだ。


 少し慌てた様子だった。



リイナ

「何ですか?」


カズヤ

「いや。お前に言ってるんじゃなくてな……」


ヨータ

「俺か?」


カズヤ

「ああ」


カズヤ

「もし勝っても、あんまり酷い命令とかは止めてくれよ」


リイナ

「負けませんけど?」


カズヤ

「……ちょっと黙っててくれ」


リイナ

「むぅ……」


ヨータ

「別に頼まれなくても、無理にキスさせたりとかはしないぜ?」


リイナ

「キス!?」


ヨータ

「しないっての。うるせえ」


ヨータ

(一瞬考えはしたがな)



 天職をレベルアップさせるには、ティナ以外の2人と、キスをする必要が有る。


 ここで回数を稼げたら、レベルアップまであと1人だ。


 新たなスキルが身につけば、戦力面では美味しい。


 だが、賭けでキスを迫るなど、悪役の所業だ。


 それが周囲にどう見られるかは、分かりきっていた。


 ただでさえ、『キス魔』になってからは、評判が悪い。


 それに、今のスキルだけでも、十分に戦えている。


 わざわざ評判を下げるようなことを、する気は無かった。



カズヤ

「そういう事だけじゃ無くてな」


カズヤ

「ミユリを引き抜くとか、退学とか、そういうことはナシにして欲しい」


ヨータ

「ああ。3人パーティだもんな。お前ら」



 迷宮の攻略には、4人パーティくらいが、丁度良いと言われている。


 もしリイナが抜ければ、カズヤたちは2人になってしまう。


 ただでさえ、ティナが抜けた穴に、苦しんでいるはずだ。


 さらに戦力が減ってしまっては、相当つらいだろう。



ヨータ

「分かったよ」



 元々ヨータは、カズヤには恨みは無い。


 からい対応をされてはいた。


 だがそれは、クラスメイトたちも変わらない。


 カズヤの対応は、まともな部類だと思っていた。


 それに、ティナを奪ってしまったことに対し、負い目も有る。


 意味も無く、苦しめるつもりはなかった。



カズヤ

「助かる」


リイナ

「負けませんてば……」


ヨータ

「勝負は今日の、放課後で良いか?」


リイナ

「ええ。それで構いませんよ」


ヨータ

「ん。それじゃ」



 ヨータは去ろうとした。



ティナ

「あっ。ヨータ」



 ティナはヨータを呼び止めた。



ティナ

「良かったら、いっしょにお昼食べない?」


ヨータ

「いや。今日は1人で食うわ」


ティナ

「そう……」


ヨータ

「んじゃ」



 ヨータは教室を出た。


 そして、学食へと歩いていった。



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