その16「レッドビーと30円」




 声を聞いて、ハルカが振り返った。



ハルカ

「子供……?」


ヨータ

「聞こえねえのかよ。耳つまってんのか?」


ヨータ

「邪魔だから、消えろ」



 ヨータは、レッドビーに視線を固定したまま、うざったそうに言った。


 そして、腰のホルスターから、ナイフを引き抜いた。



ティナ

「っ……!」


ハルカ

「行きましょう」


ティナ

「けど……!」


ハルカ

「良いから」


ティナ

「…………」



 ティナたちは、駅の方へ向かった。


 走りながらも、ティナの視線は、ヨータから離れなかった。



レッドビー

「…………!」



 レッドビーの殺意は、自分を蹴ったヨータに向けられていた。



ティナ

「あっ……!」



 レッドビーが、ヨータに突進をしかけた。


 レッドビーの尻には、長い毒針が有る。


 それを使って、ヨータを串刺しにしようとした。


 ヨータは突進を、横によけた。


 大きく跳ぶのではなく、最小限の動きで、ぎりぎりに。


 そして、すれ違いざまに、右手のナイフを振った。


 ナイフは、レッドビーの首を狩った。



レッドビー

「…………」



 レッドビーの頭が、地面に落ちた。


 頭部を失ったことで、レッドビーの体も、地面に墜落した。



ティナ

(凄い……)


ヨータ

「…………」



 ヨータは、レッドビーの死体に歩み寄った。


 そして、死体を袋に入れた。



ヨータ

「余計な荷物が増えたな……」


ティナ

「ねえ……」



 レッドビーが死んだのを見て、ティナはヨータに近付いた。



ヨータ

「ん?」



 ヨータはティナを見た。



ティナ

「その、ありがとう」


ヨータ

「別に」


ヨータ

「金になるから、やっただけだ」


ティナ

「お金に?」


ヨータ

「こいつ、レッドビーの魔石は、30円になる」


ティナ

「たった30円?」


ヨータ

「あ?」


ハルカ

「ティナ」


ハルカ

「この子に謝りなさい」


ティナ

「えっ? どうして?」


ハルカ

「良いから謝りなさい」


ティナ

「……ごめんなさい」


ヨータ

「別にどうでも良いけど……」


ハルカ

「それと、命を救ってくれて、本当にありがとう」


ヨータ

「だから、お前らのためじゃねえって」


ハルカ

「それでも、ありがとう」


ヨータ

「ん……」


ティナ

「ねえねえ。君はそんなに小さいのに、どうしてそんなに強いんだい?」


ヨータ

「別に小さくねえよ」


ティナ

「けど、ボクより小さいよ?」


ヨータ

「なら、お前がでかいんだろ」


ティナ

「ボクは大きくないよ」


ヨータ

「嘘だな。このデカ女」


ティナ

「むうう……!」


ヨータ

「もう行って良いか?」


ティナ

「ダメ。まだ質問に答えてないよ」


ヨータ

「質問? 何だっけ?」


ティナ

「どうしてそんなに強いのかって、聞いてるんだ」


ヨータ

「そりゃ、ジョブ持ちだからだろ」


ティナ

「ジョブって、加護の?」


ヨータ

「そうだ。後天職とも言うな」


ティナ

「冒険者学校に入らないと、ジョブ持ちにはなれないんじゃ?」


ヨータ

「いや。実のところ、逆なんだよな。それ」


ティナ

「…………?」


ヨータ

「ジョブの力を手に入れた奴は、冒険者にならないといけない」


ヨータ

「つまり、将来冒険者になるのが確定してるなら、ジョブの力を貰えるんだ」


ティナ

「へぇ……」


ティナ

「凄いね。もう将来のことを決めてるんだ」


ヨータ

「…………」


ヨータ

「まあな」


ヨータ

「質問にも答えたし、もう行っても良いか?」


ハルカ

「待って」


ヨータ

「何?」


ハルカ

「あなたのお名前は?」


ヨータ

「オニツジ=ヨータ」


ハルカ

「私はミナクニ=ハルカ」


ハルカ

「この子たちは、娘のティナとリカよ」


ヨータ

「……? そう?」


ハルカ

「お昼がまだでしょう? 家でいっしょに食べましょう」


ヨータ

「止めとく」


ハルカ

「遠慮しないで」


ヨータ

「お金無いから」


ハルカ

「お金なんて要らないのよ」


ヨータ

「そうなの?」


ハルカ

「ええ」


ヨータ

「それじゃ、行くよ」



 ヨータは、ハルカの後ろを歩いた。


 駅近くの駐車場に、ハルカの車が有った。


 ヨータたちはその車で、ティナの家へと向かった。


 家につくとハルカは、車を駐車場にとめた。


 4人は車をおりた。


 そして、ハルカを先頭にして、家に歩いていった。



ハルカ

「ただいまー」



 ハルカは玄関を開けると、家の中に呼びかけた。


 すると、夫のセオドアが、リビングの方から顔を出した。



セオドア

「お帰り」


ヨータ

「……こんにちは」



 ヨータは挨拶をした。


 セオドアはヨータを見ると、少し眉を顰めた。



セオドア

「ハルカ。ちょっと」



 セオドアは、ハルカを手招きした。


 そして、2人で居間に入った。


 セオドアはハルカに問いかけた。



セオドア

「あの子、服がボロボロだけど、大丈夫かい?」


セオドア

「変な家の子供なんじゃ……」


ハルカ

「あの子は、私たちを助けてくれたのよ」


ハルカ

「恩人なの。優しくしてあげて」


セオドア

「…………?」



 昼食時になった。


 ヨータはミナクニ一家と共に、食卓を囲むことになった。


 ヨータの席は、ハルカの右隣だった。



セオドア

「そうか。強いんだね。ヨータくんは」



 ヨータの左前の席で、セオドアが言った。



ヨータ

「別に」


ヨータ

「年上の、体のでかい奴には勝てないよ」


セオドア

「いっぱい食べなさい」


セオドア

「背を伸ばすには、十分に栄養をとらないとね」


ヨータ

「うん」


ヨータ

「こんな御馳走、今まで食べたことないよ」


ヨータ

「レストランみたい」


ヨータ

「本当に、お金払わなくて良いの?」


ハルカ

「良いのよ」



 ハルカはヨータを撫でた。


 そして抱きしめた。



ハルカ

「お腹いっぱい食べてね」


ヨータ

「そんなぎゅっとされると、食べらんないよ」


ハルカ

「ごめんね」



 食事が終わると、ヨータはティナたちと遊ぶことになった。


 特別なことをしたわけでは無いが、時間はあっという間に過ぎた。



ヨータ

「そろそろ帰らないと」



 午後2時になった頃、ヨータはそう言った。



リカ

「えっ? もう行っちゃうの?」


ヨータ

「門限守らないと、怒られるから」


リカ

「もんげんって何?」


ヨータ

「何時までに帰って来いってルール。有るだろ?」


リカ

「うん。もんげんって言うんだ?」


ヨータ

「ああ。そういうわけで、帰るよ」


リカ

「もんげんならしょうがないね」



 ヨータは家を出た。


 ヨータを見送るため、ミナクニ一家も外へ出た。



セオドア

「荷物も有るみたいだし、車で送っていこうか?」


ヨータ

「大丈夫」


セオドア

「君が居る施設というのは、近くに有るのかな?」


ヨータ

「うん。近いよ。それじゃ」



 ヨータはティナたちに背を向けた。



ティナ

「待って」



 ティナに呼び止められ、ヨータは立ち止まった。



ヨータ

「何?」


ティナ

「また、遊びに来てくれる?」


ヨータ

「ダンジョンで忙しいんだけど」


ティナ

「…………」


ハルカ

「遊びに来てくれたら、また御馳走するわよ」


ヨータ

「……それなら、来ようかな」


ヨータ

「ダンジョンでの稼ぎより、お腹いっぱい食べられた方が、得だし」


ティナ

「約束だよ?」


ヨータ

「ああ。約束な。んじゃ」



 ヨータは駆け出した。


 ミナクニ一家から離れていった。



リカ

「またねー! おにいちゃん!」


ヨータ

「…………」



 ヨータはリカに、片手を上げて答えた。


 それから4時間ほど走って、ヨータは施設に帰った。


 門限に10分ほど遅れ、罰を受けた。




 ……。




 今。


 ミナクニ家での団欒が終わった。


 寮に帰る時間になった。


 ヨータとティナは、スクーターに跨った。


 2人を見送るため、ハルカたちが外へ出てきていた。



ヨータ

「お世話になりました」



 ヨータはハルカたちに、礼を言った。



ハルカ

「いえいえ」


リカ

「また来てくださいね。お兄さん」


ヨータ

「ああ」


セオドア

「ティナを頼んだよ」


ヨータ

「はい。きちんと送り届けますよ」


セオドア

「ティナを頼んだよ」


ヨータ

(どうして2回言うんだ?)


ティナ

「…………」


ヨータ

「頼まれました。それじゃ」



 ヨータはスクーターを、発進させた。


 2人はティナの家から、遠ざかっていった。



ヨータ

(ほんとに、良くしてくれるよな。あの人たちは)


ヨータ

(命の恩人だからか?)


ヨータ

(恩が有れば、あれくらいはしてくれるもんなんかな)


ヨータ

(けど、だったら……)


ヨータ

(恩でつながってる俺とティナは、本当に友だちなのか?)




 ……。




 時を少し遡って、同日の昼。


 ホテルのレストランで、ルナが父親と向かい合っていた。


 彼女は、白いテーブルクロスがかけられた、丸テーブルの席に、腰かけていた。



アカツキ

「無事に、天職は手に入れたか?」



 テーブルの向かい側で、ルナの父、アカツキが口を開いた。


 彼は銀の髪を短く刈っていて、目には、茶縁のメガネを装着していた。


 体には、淡いグリーンのスーツを身に付けていた。


 対するルナは、白いドレスを身にまとっていた。



ルナ

「はい」



 ルナはアカツキに答えた。



ルナ

「『聖者』の天職を授かりました」


アカツキ

「まあ、そんなところか」



 『聖者』は当たりの天職だ。


 それを授かることは、名誉と言っても良い。


 だが、ルナの話を聞いても、アカツキは表情を動かさなかった。



ルナ

「っ……」


アカツキ

「天職を活かす前衛にも恵まれたようだし、それなりに順調ということだな」


ルナ

「そのことなのですが……」


アカツキ

「なんだ?」


ルナ

「オニツジさんには、パーティから抜けていただくことになりました」


アカツキ

「理由は?」


アカツキ

「彼はパーティの、エースだったのだろう?」


ルナ

「はい。彼より素晴らしい剣士は存在しません」


ルナ

「ですが……」


ルナ

「彼の天職が、アマガミの家には、相応しくないものだったのです」


アカツキ

「どういうことだ?」


ルナ

「彼の天職は……」


ルナ

「『キス魔』……というものでして」


アカツキ

「……本当に?」


ルナ

「冗談を言ったつもりはありません」


アカツキ

「なんとも、前代未聞だな。それは」


ルナ

「……そうですね」


アカツキ

「オニツジ=ヨータは、かつて母親に捨てられたらしいな」


ルナ

「……! 御存知だったのですか?」


アカツキ

「娘とパーティを組む者の、身辺くらいは調べさせる」


アカツキ

「当然のリスク管理だ」


アカツキ

「出身の割に、素行は悪く無いようだから、放っておいたが」


アカツキ

「上辺が優秀でも、素性に恵まれなければ、そうもなるか」


アカツキ

「天職にこそ、人の貴賎が出るということかもしれんな」


ルナ

「…………」


アカツキ

「代わりの前衛は、見つかったのか?」


ルナ

「いえ」


ルナ

「彼と同レベルとなると……なかなか……」


アカツキ

「成績に影響が出ないのであれば、別に良い」


アカツキ

「アマガミの名に、泥を塗ることが無いようにな」


アカツキ

「……ミカコのためにも」


ルナ

「……はい」



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