その25「3人目と新たなキス」



ルナ

「風癒」



 ルナは即座に、呪文を唱えた。


 治癒術で傷を癒し、立ち上がった。


 まだ、負けるわけにはいかなかった。


 勝てないということは、分かっている。


 だが、時間を稼ぐ必要が有った。



ルナ

(この程度でやられていたら、囮として役に立ちませんからね……)



 ルナは杖を構え、再びキマイラと向かい合った。


 キマイラは前と同様に、前足で攻撃をしかけてきた。


 連続攻撃を、ルナは回避した。


 倒れる前よりも、ルナの動きは鈍くなっていた。


 それでも、死に物狂いでよけた。


 そして……。



ルナ

(尻尾!)



 キマイラが、尻をルナへと向けた。


 尻尾の攻撃を読み、ルナはバックステップした。


 尻尾はルナの、鼻先をかすめた。


 さきほど食らった攻撃を、ルナは回避してみせた。


 だからといって、事態が好転したわけでもない。


 ほんの少し、寿命が延びただけだ。


 ルナには、キマイラを倒す手段は無い。



ルナ

(さて……)


ルナ

(いったいあと、何分もちますかね……)




 ……。




 五分が経過した。



ルナ

「…………」



 ルナは、うつ伏せで倒れていた。



ルナ

「ごほっ……」



 ルナの口から、血の塊が溢れた。


 胃か、肺か、両方か。


 内臓が、損傷しているらしかった。



ルナ

(終わり……ですか……)



 もう立てなかった。


 体に力が入らなかった。


 ルナは、杖を握る力を緩めた。


 杖が右手から離れ、地面に転がった。



ルナ

(お母様……私は……)


ルナ

(あなたに救っていただいた命……上手く使えたでしょうか……?)



 死を悟ったルナは、母に想いをはせた。




 ……。




 6年前。


 ダンジョンが射出した魔獣が、市街地にまで飛来した。


 ただの魔獣では無い。


 強力な、ユニークモンスターだった。


 ルナと母親のミカコは、その現場に居た。



「うわあああああぁぁぁっ!」



 人々が、魔獣に背を向けていた。


 戦って、どうにかなる相手では無い。


 逃げるしかない。


 理においても、本能においても、それは正しい行動だと言えた。


 だが、本能に逆らった者も居た。



ミカコ

「ルナ! 走りなさい!」



 ミカコは、ルナに背を向けて言った。


 ミカコの視線は、魔獣へと向けられていた。



ルナ

「おかあさまは……?」


ミカコ

「私もすぐに行きます! さあ!」


ルナ

「っ……!」



 言われるままに、ルナは駆けた。


 魔獣が恐ろしかった。


 他に何も出来なかった。



ミカコ

「さて……」



 ミカコは魔獣の前へ歩いた。



ミカコ

「避難が終わるまでの間、少し、お付き合いを願います」



 ミカコは素手だった。


 ミカコと魔獣の戦闘が、開始された。


 その後……。


 ルナは、父のアカツキと共に、病室を訪れた。


 ベッドの傍には、ルナの姉、サンの姿が有った。


 ルナと同じ色の銀髪だが、ロングヘアのルナに対し、彼女はショートヘアだった。


 服装は、冒険者用の戦闘服だった。


 彼女は、冒険者学校の中等部に通う、冒険者だった。



ルナ

「おねえさま……」


サン

「お前が……」



 サンはルナを、睨みつけた。



サン

「お前のようなグズが居たから……お母様は……!」


サン

「一緒に居たのが、私だったら……」



 サンはそう吐き捨てた。


 八つ当たりだった。


 ルナが間違ったことをしたわけではない。


 ただ、運が悪かった。


 それだけだった。


 サンは眉間に皺を寄せながら、病室を出ていった。



ルナ

「…………」



 ルナは、ベッドに歩み寄った。


 ベッドにはミカコが横たわっていた。


 その腕には、点滴が繋がれていた。


 彼女の目は、閉じられていた。



ルナ

「おかあさま……」



 ルナはミカコに声をかけた。



ミカコ

「……………………」



 ミカコは目を閉じたまま、答えなかった。



ルナ

「おかあさま。眠っているのですか?」


アカツキ

「はっきりと言おう」



 アカツキが口を開いた。



アカツキ

「ミカコが目覚める見込みは無い」


ルナ

「え……?」


アカツキ

「治癒術をかけても、脳髄に損傷が残ったそうだ」


アカツキ

「脳死とは似て非なるものだが、治療の目処は立っていない」


アカツキ

「いつ目覚めるかは、分からん」


アカツキ

「一生目覚めんかもしれん」


アカツキ

「母に救われたその命、下らん使い方はするなよ」


ルナ

「…………………………………………」


ルナ

「はい」



 その日、ルナは誓った。


 母の名を、穢すようなことはするまいと。




 ……。




 それから6年。


 母に救われたはずの命が、潰えようとしていた。



ルナ

(これで良かったのでしょうか……?)



 仲間を逃がすため、戦った。


 立派にやった。


 無駄死にではない。


 ……本当に?



ルナ

(私は……やっぱり……)


ルナ

「こんなところで死にたくないよぉ……」



 ルナはぽろりと、涙をこぼした。


 そして、呼んだ。



ルナ

「誰か……」


ルナ

「助けて……」




ヨータ

「おう」




 男の声が、ルナに答えた。


 聞き覚えの有る声だった。


 いつの間にか、倒れたルナの隣に、ヨータが立っていた。



キマイラ

「…………!」



 キマイラは、ヨータを警戒して、後ろに跳躍した。


 キマイラは一度の跳躍で、30メートルほどの距離を取った。


 さらにもう1度跳躍し、距離は60メートルになった。


 キマイラの口が開いた。 


 ルナに向かって、火の弾が放たれた。



ヨータ

「…………」



 ヨータは抜刀し、刀の先を、炎へと向けた。


 そして、念じた。


 ヨータの前方に、氷の壁が出現した。


 魔剣の力だった。


 炎が壁に衝突した。


 その炎は、ただの熱の塊では無い。


 打撃力を持っていた。


 氷の壁が、砕けた。


 辺りにきらきらと、氷の破片が散らばった。


 だが、壁が砕けても、奥に立つヨータたちは、無傷だった。



ヨータ

「便利だな。この剣」


リイナ

「風癒」



 ヨータの後方で、リイナが呪文を唱えた。


 リイナの回復呪文が、ルナを癒していった。


 治療が完了すると、リイナはルナに声をかけた。



リイナ

「立てますか?」


ルナ

「はい……」



 ルナは杖を持ち、自力で立ち上がった。



ルナ

「どうしてここに?」


ヨータ

「ダンジョンの、帰り道だっただけだが」


ルナ

「そう……ですか」


リイナ

「それよりアレ、どうするんですか? ユニークモンスターですよ」



 リイナは平然とした様子で、ヨータに声をかけた。


 恐怖がないわけではない。


 だが、ヨータに醜態を見せるつもりは、無かった。



キマイラ

「ゴァッ!」



 キマイラが、火の弾を連射した。


 ヨータはそれに、氷の壁で対応していった。



ヨータ

「強いのか? アレは」


リイナ

「当たり前です」


ヨータ

「そうか。お前ら……」


ヨータ

「どっちか俺と、キス出来るか?」


リイナ

「絶対無理ですけど?」


ヨータ

「絶対かよ」


リイナ

「当然です。1度したら、その後はタダとか思ってませんか。この野人は」


ヨータ

「それじゃ、アマガミは……」


ヨータ

(出来るなら、俺はパーティ追放されてねえか)


ヨータ

「まあ、なんとかするか」



 ヨータは、『エナジーキス』の行使を諦めた。


 そして、キマイラに意識を向けた。


 そのとき。



ルナ

「オニツジさん」



 ヨータの横側から、ルナが声をかけてきた。


 ヨータはルナに、顔をむけようとした。



ヨータ

「ん? む……」



 柔らかい感触が有った。


 ヨータの口が、ルナの唇で塞がれていた。



リイナ

「えぇ……」



 リイナはルナに、呆れたような顔を向けた。


 ルナはヨータから、口をはなした。



ヨータ

「アマガミ……?」



 ヨータは呆然と、ルナの瞳を見た。



ルナ

「皆の命がかかっているのです」


ルナ

「こんな状況で、駄々をこねるつもりは有りません」


ルナ

「……人工呼吸」


ルナ

「そう。人工呼吸のようなものです」


ヨータ

「そうか。それなら……」


ヨータ

「もう1回してくれ」


ルナ

「はい?」


ヨータ

「不意打ちだったんで、スキルを使い損ねた」


ヨータ

「もう1回してくれないと、スキルがかけられん」


ルナ

「~~~~~~~~~っ!」



 ルナは、戦場に似合わない、真っ赤な顔を見せた。



ヨータ

「人工呼吸なんだろ?」


リイナ

「うわぁ……最低……」



 リイナはヨータに、軽蔑の視線を向けた。



ヨータ

「……ほら。とっととするぞ」



 ヨータはルナに、手を伸ばした。


 そして、強引に唇を奪った。



ルナ

「んっ……」



 ルナは目を閉じて、ヨータに体を委ねた。



ヨータ

(『エナジーキス』)



 ヨータはスキルを発動させた。



ルナ

「……!」



 力が漲るのを感じ、ヨータは口を離した。



ルナ

「この力は……!?」



 ルナは驚きながら、自身の両手を見た。


 湧き上がる力に、戸惑っている様子だった。



リイナ

「何が起こったのでしょうか?」



 ルナの妙な様子を見て、リイナが尋ねた。



ヨータ

「別に。ただのバフだ」


ヨータ

「それじゃ、ちょっと倒してくる」



 ヨータは、キマイラに向かって駆けた。


 そして、背後のリイナに、大声で呼びかけた。



ヨータ

「飛び級ちゃん! アマガミを任せたぞ!」


リイナ

「飛び級ちゃんじゃありません! ってひゃあ!?」



 リイナの方へ、火の弾が飛んできた。


 リイナはそれを、慌てて回避した。



ヨータ

(そういえば、これで『キス魔』はレベル4だな)



 それに気付き、ヨータは腕輪を操作した。


 ステータスウィンドウを表示させた。


 ウィンドウを横目で見ながら、ヨータは駆けた。


 そこに新たなスキルが、表示されているのが見えた。



ヨータ

(なるほど。こいつは便利だ)


キマイラ

「…………!」



 キマイラは火の弾を連射して、ヨータを倒そうとした。


 だが、スキルで強化されたヨータには、まったく通用しなかった。


 ヨータは、火の弾を容易く避け、キマイラに近付いていった。


 ヨータとキマイラの距離が、10メートルを切った。


 そのとき、キマイラが羽ばたいた。


 巨体が宙を舞い、天へと上っていった。


 そして上方から、火の弾を放ってきた。



ヨータ

「意外と臆病じゃねえかよ。大物さんよ」



 ヨータは苦笑した。



ヨータ

(試運転と行くか)



 ヨータは新しいスキルを、試すことに決めた。


 スキル発動のため、ヨータは自身の手の甲に、唇をつけた。


 そして心中で、スキル名を唱えた。



ヨータ

(『テレポートキス』)



 ヨータの姿が消えた。


 そう見えた次の瞬間、彼の姿が、キマイラの頭上に出現した。


 口づけした者を、瞬間移動させる。


 それが新しく得た、ヨータの力だった。



ヨータ

「どっせぇ!」



 ヨータは右足を高く上げ、そして、振り下ろした。


 ヨータのカカトが、キマイラの頭を打った。



キマイラ

「グゥゥ!?」



 キマイラが、地面へと落下していった。


 巨体が墜落し、土埃が上がった。


 少し遅れて、ヨータも着地した。


 ヨータはキマイラの、正面に立った。


 あと少し前に出れば、剣の間合いに入る。


 そんな距離だった。



ヨータ

「さあ、接近戦だ」


キマイラ

「グルゥゥ……!」


ルナ

「しっぽに気をつけてください!」


ヨータ

「分かった!」



 ヨータは、敵の動きを観察した。


 キマイラは、ルナにしたように、前脚で襲い掛かってきた。


 1、2、3と、連続攻撃。


 そして、攻撃が終わったと思われた次の瞬間、体を回転させた。


 キマイラの尻が、ヨータの方を向いた。


 尻尾が空気を裂いた。



ルナ

「避けて!」


ヨータ

「ん?」



 ヨータは尻尾をよけなかった。



ルナ

「え……?」



 ルナは呆然とした。


 ヨータはキマイラの尻尾を、義手で掴んでいた。



ルナ

「素手で……?」



 白い金属が、ギリギリと尻尾を圧迫した。


 ヨータは蛇を、口元に引き寄せた。


 そして、頭にキスをした。



ヨータ

(『サンダーキス』)



 ヨータはスキルを発動させた。


 キマイラの全身を、電撃が襲った。



キマイラ

「ゴガアアアアアアアアァァァッ!」



 キマイラは絶叫し、崩れ落ちた。



ヨータ

「先手は貰ったぜ」



 ヨータは、尻尾から手をはなした。


 そして剣を構え、キマイラの動きに備えた。



ヨータ

「さあ、来いよ」


キマイラ

「……………………」



 キマイラは動かなかった。



ヨータ

「…………?」



 妙だ。


 ヨータは警戒心を強めた。



リイナ

「あの~!」



 敵から目をはなせないヨータに、リイナが呼びかけた。



ヨータ

「どうした!?」


リイナ

「死んでませんか~!? そいつ~!」


ヨータ

「えっ?」


ルナ

「えっ?」


ヨータ

「ははは。まさか」


キマイラ

「……………………」



 キマイラには、未だに動く様子が無かった。


 ヨータはキマイラに、手のひらを向けた。



ヨータ

「……『トレジャー化』」



 キマイラの体が輝き、消えた。


 後には魔石と、薬瓶が落ちていた。


 何をどう考えても、キマイラは死んでいた。



ルナ

「…………」


ヨータ

「よっわ」



 ヨータは呟いた。


 そして、魔石と瓶を拾った。


 キマイラの魔石は、ダンジョンコアのように大きかった。



ヨータ

(『鑑定』)



 ヨータはトレジャーを手に、2人の方へ戻っていった。



ヨータ

「あの程度なら、キスとかしなくても、良かったかもな」


ルナ

「キス、され損ですか? 私」



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