その21「試合後とティナの冷笑」
訓練場内は、ざわめいていた。
戦いは、キスで幕を閉じた。
そして、敗者は涙を流した。
観客は元から、噂好きの連中だ。
キスに女の涙など、かっこうの話の種だ。
騒ぎにならない筈が、無かった。
「あいつ、なんでキスしたんだ?」
「そりゃ、『キス魔』だからだろ」
「我慢出来なかったのか」
「いや。スキル」
「実際、キスした瞬間、ミユリのHPゲージが無くなったからな」
「だからって、普通キスするか?」
「物理攻撃は、『倍返し』で返されるからな」
「『キス魔』に出来る魔術攻撃は、キスしか無かったってことだろう」
「いや……けど……マウント取ってキスは……」
「犯罪じゃないのか?」
「それを言ったら、剣で斬り合うのも犯罪だけどな。普通は」
「そうだけど、キスと一緒になるか?」
「まあ、一緒にはならんさ」
「俺たちが試合中にキスしたら、普通に刑務所行きだよ」
「ただ、オニツジのアレは、攻撃手段だからな……」
「ギリギリセーフか?」
「ギリ?」
「訴訟されたらアウトかも」
「アバヨ。オニツジ」
「絵面がヤバかったな。ミユリは飛び級で、年下だしな」
「羨ましい」
「えっ?」
リイナは上体を起こした。
彼女の頬は、涙で濡れていた。
リイナ
「私の……私のファーストキスが……」
彼女は涙声で、唇を撫でた。
リイナ
「お姉様に捧げるはずだったのに……」
ティナ
「ボク?」
ヨータ
「…………」
ナミ
「オニツジくん。さすがにひどいと思うよ」
ナミがヨータを咎めた。
その表情は、真剣だった。
ヨータ
「けど……決闘だったし……」
メイ
「そうだぞ。ナミ」
メイが口を挟んだ。
ナミ
「メイちゃんは、そっち派なんだ?」
メイ
「そうだな」
メイ
「これは、お互いの合意が有る、決闘だった」
メイ
「プライドをかけた、真剣勝負ということだ」
メイ
「命を賭けた戦いと、なんら代わりは無い」
メイ
「大事に守っていた、純潔が散らされようと、仕方の無いことなんだ」
ヨータ
「……………………」
メイの言葉は、ヨータを庇っているようでいて、最高に人聞きが悪かった。
味方など居ない。
ヨータはそれを悟った。
ヨータはひたすらに、いたたまれなかった。
ヨータ
「ごめんなさい。ホントごめんなさい」
ヨータはリイナに向かい、ぺこぺこと頭を下げた。
リイナ
「う……うぅ……」
リイナの目は、ヨータを見てはいなかった。
リイナはまだ、ショックが収まらない様子だった。
許すとか、許さないだとか、そんな気持ちの状態には、辿りつけないらしい。
ただ打ちひしがれていた。
ティナ
「ミユリさん」
ティナはリイナの隣に、しゃがみ込んだ。
そして、優しく話しかけた。
さきほどは、『そんなやつ』呼ばわりした相手だ。
だが、それはそれ、これはこれだった。
ティナ
「ヨータもね、別に、悪意が有ってやったわけじゃ無いんだ」
ティナ
「どうか、許して欲しい。この通りだ」
ティナは頭を下げ、リイナの反応を待った。
リイナ
「お姉様……」
リイナ
「だったら……」
リイナ
「お姉様のキスで、あの変態のキスを、上書きしてくれませんか?」
ティナ
「……仕方ないね。おいで」
ティナはあっさりと、リイナの願いを承諾した。
リイナ
「お姉様あああああああああああああぁぁぁっ!」
リイナは感極まり、ティナに飛びついた。
そして、軽く唇を重ねた。
リイナ
「はう……」
一瞬のキスの後、リイナは脱力した。
そして、ふらりと倒れてしまった。
ティナ
「ミユリさん? 大丈夫かい?」
ヨータ
「平気だろ。ほっとけよ」
ヨータは少し、不機嫌そうに言った。
ヨータ
「っていうか、女とのキスって、気持ち悪くないのか?」
ティナ
「それは、相手によるよ」
ティナ
「ミユリさんは可愛いし、妹みたいなものだからね」
ヨータ
「そ」
ヨータは、ルナの方を向いた。
そして、声をかけた。
ヨータ
「……アマガミ」
ルナ
「何でしょうか?」
ヨータ
「その剣、やっぱ貰って良いか?」
ヨータは、ルナの手元を見た。
ルナは両手で、刀の包みを握っていた。
ルナ
「おや。必要ないのでは、無かったのですか?」
ルナは無表情で、そう問いかけてきた。
ヨータ
「……怒ってる?」
ルナ
「気のせいでは?」
ヨータ
「なら良いけど」
ヨータ
「剣くれ」
ルナ
「どうして?」
ヨータ
「飛び級ちゃんから、剣貰うつもりだったけどさ……」
ヨータ
「あんだけ泣かせて、武器まで奪うってのは、かわいそうだろ」
ルナ
「自業自得では?」
ヨータ
「そうだけど」
ヨータ
「……くれないのかよ?」
ルナ
「あげますけど」
ヨータ
「そういうわけだから、貰っとく」
ルナ
「スキル……」
ルナは呟いた。
ヨータ
「え?」
ルナ
「『キス魔』には、スキルが無かったはずでは?」
ルナ
「ですが、決闘では、スキルを用いたように思われました」
ルナ
「いったい、どういうことでしょうか?」
ヨータ
「どうって、そりゃ、天職のレベルを上げたんだよ」
ルナ
「命題を、クリアしたということですか」
ヨータ
「まあ、そうだな」
ルナ
「どうやって?」
ヨータ
「そりゃ、普通に」
ルナ
「普通に、では分かりません」
ヨータ
「だから、キスしたんだよ。そこまで言わなきゃダメか?」
ルナ
「…………………」
ルナ
「……誰と?」
ルナ
「あなたはいったい、誰とキスをしたというのですか?」
ティナ
「ボクだよ」
ティナは微笑を浮かべ、そう言った。
ルナ
「ミナクニさん……?」
ルナの視線が、ティナへと向かった。
ティナ
「ボクがヨータとキスした。それだけだ」
ルナ
「夫婦でも無いのに、彼とキスをしたというのですか」
そう言って、ルナはティナを睨んだ。
ヨータ
(夫婦? 恋人じゃなくて?)
ティナ
「そうだけど。いけないかな?」
ルナに睨まれても、ティナは笑みを崩さなかった。
普段ヨータに向けている、無邪気な笑みとは違う。
その笑顔には、冷たさが有った。
ルナ
「倫理的にどうなのですか。それは」
ティナ
「どうなのですかって……。もっとはっきり言って欲しいな?」
ティナ
「少なくともボクたちは、周りの人に迷惑をかけた覚えは、無いよ」
ルナ
「……校則違反だと思いますけど」
ティナ
「ああ、うん。校則? それは悪かったね」
ティナ
「けど、ボクたちは冒険者だ」
ティナ
「フツーの高校生じゃ無い。命がけで戦ってるんだよ?」
ティナ
「ダンジョンで生き残ることの方が、カビの生えた学校のルールより、ずっと大切だと思うけど」
ルナ
「それは……」
ルナ
「オニツジさんは、優れた剣士です」
ルナ
「天職などに頼らなくても、十分にやっていけると思います」
ヨータ
(前と言ってること違わねーか?)
天職の力が無いヨータは、この先通用しない。
たしかルナに、そんな風に言われた気がする。
ヨータはそう思ったが、口を挟める雰囲気でも無かった。
ティナが冷笑を浮かべていた。
ティナ
「十分? 言っていることが分からないな」
ティナ
「どれだけ戦力が有っても、死ぬときは死ぬ」
ティナ
「それが冒険者だろう?」
ティナ
「少しでもレベルを上げ、少しでも良い装備を使う」
ティナ
「そうする事が、冒険者にとっての、最善手のはずだ」
ティナ
「それとも、君たちのレベルだと、分からないのかな?」
ティナ
「ボクたちと違って、まだ小型ダンジョンに潜ってるみたいだから」
ルナ
「…………!」
ルナ
「あなたたちは……もう中型ダンジョンに潜っているのですか?」
ティナ
「うん。そうだね」
ティナ
「ボクたちは、たった2人で、中型ダンジョンに挑んでるんだ」
ティナ
「天職の助けが無ければ、とてもやっていけないよ」
ルナ
「2人?」
ティナ
「うん。ボクとヨータの、2人っきりだ」
ルナ
「どうして?」
ティナ
「うん?」
ルナ
「どうして2人っきりなのですか」
ティナ
「どうしてって、君がヨータを、パーティから追放したからだろう?」
ティナ
「おかげでね、ボクたちは、大変だよ」
ティナ
「まあ、親友のヨータとパーティを組めたのは、幸せだけどね」
ティナ
「それでも2人だと、ちょっと無茶をしないといけなくてね」
ティナ
「君たちのせいで」
ティナ
「だから、何だっけ? 校則?」
ティナ
「そういう些細なことには、目を瞑ってもらえると、助かるなあ」
ルナ
「…………」
ティナの言った通り、冒険者は、命がけの職業だ。
生き残るためと言われれば、部外者のルナには、何も言えなかった。
ルナが黙ってしまうと、ティナは彼女の手中を見た。
そして、指差した。
ルナが持っている刀を。
ティナ
「それで、その剣、貰っていって良いのだったかな?」
ルナ
「……嫌です」
ティナ
「そう? まあ、別に良いけど」
メイ
「…………」
メイがルナの方へ、手を伸ばした。
そして、刀を掴み、強引に引き寄せた。
ルナ
「あっ……!」
ルナの手から、刀が離れた。
メイは掴んだ刀を、ティナの方へ差し出した。
メイ
「持っていけ」
ティナ
「良いのかな?」
メイ
「良いさ」
ティナ
「どうも。はい、ヨータ」
ティナはメイから刀を受け取り、ヨータに手渡した。
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